表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

第6話「過去と希望」

私は、地下アイドルLUMINAのセンター、白咲香織。


昔よく一緒に遊んでいた男の子に、男の子だと勘違いされたのが悔しくて──


それがきっかけで、小中学生の頃はモデルをしていた。


でも、成長するにつれて需要は減り、仕事も激減。


ちょうどその頃、両親が離婚して、私と妹・弟の3人は母に引き取られた。


そんなある日、当時所属していたモデル事務所の社長が言った。


「知り合いが地下アイドルの事務所を始めるんだけど、やってみないか? 興味があったら連絡してほしい」


迷いはあったけれど、新しいことを始めたい気持ちが勝った。


アイドルなんて自分にできるのか、わからなかったけど……勇気を出して電話をかけた。


初めて事務所に足を運んだ日、社長の隣には一人の女の子がいた。


「この子は黒瀬あんじゅ。香織ちゃんと同い年で、グループのリーダーをやってもらおうと思ってる」


「香織ちゃん、よろしくね。黒瀬あんじゅです!」


──これが、あんじゅとの出会いだった。


そのあと、秋庭るい、風花ほのか、南雲つむぎが加入。


最初は、観客が数人しかいないような、底辺地下アイドルだった。


それでも、がむしゃらにレッスンして、必死で歌って、笑って、時には泣いた。


気づけば、仲間と過ごす日々が宝物のようになっていた。


そんなある日、ライブ後の特典会で、彼に出会った。


「こんにちは。今日はありがとう……初めましてですね、僕は奏です」


(あのとき、ずっと私を見てくれてた子……奏くん、なんだか懐かしい雰囲気を持ってる)


「こんにちは! 来てくれてありがとう、奏くん!」


「香織さんの歌、すごく良かったです。今日、友達に誘われて来たんですが……一目惚れしました」


(えっ……そんなこと、初めて言われた……)


「嬉しいなあ。そんなふうに言ってもらえると、すごく励みになるよ!」


「これからも応援します。無理しないでくださいね」


(やさしい……また来てくれたら嬉しいな)


「ありがとう、奏くん。あなたの応援が何よりの力になるよ。次のライブも、待ってるね」


──そして次のライブにも、彼は来てくれた。


「こんにちは、香織さん! また来ちゃいました。あの日のパフォーマンスが忘れられなくて……。それに、“待ってるね”って言ってくれたのが、すごく嬉しくて」


(パフォーマンスを褒めてくれて嬉しい。私は努力を見てもらえたんだ……)


彼は、ライブのたびに来てくれた。


気づけば2年が経ち、LUMINAのファンも少しずつ増えていった。


でも、それも束の間だった。


ある日のレッスン中、マネージャーの加賀さんが血相を変えてスタジオに飛び込んできた。


「香織ちゃん……お母さんが倒れたって!」


職場で過労による貧血で倒れ、救急車で運ばれたと聞いて、私はレッスンを抜けて病院へ向かった。


病室の前には、母の職場の同僚と、泣きじゃくる妹と弟の姿があった。


「君が香織ちゃんか。お母さん、自慢してたよ。しっかりした娘だって」


「ご迷惑をおかけして、すみません……」


「先生の話では、3〜4日ほど入院になるみたいだよ。じゃあ、俺は職場に戻るね」


男性が去り、私は千鶴と良助と3人で面会時間ギリギリまで病室にいた。


面会時間が終わり、


「さて、千鶴、良助。帰るよ」


「えっ、お母さんは?」と良助が不安そうに尋ねる。


「お母さんはね、少し病気で。しばらく帰れないの」


「じゃあ、俺も帰らない!」と泣き出してしまう良助を、必死になだめながら、家に連れて帰った。


──数日間母の代わりに、妹と弟の世話をしなければならなくなった。


母の入院中、私はレッスンと家事と面会を両立する日々に追われた。


そのうち、自分でも気づかないうちに心が削れていった。


(お母さん……お仕事しながら、一人でこなしてたの…もう、お母さんに無理はさせられない。)

何度も、悩んで、苦しんで。そして、私は決めた。


──アイドル、辞めよう。


そう思った翌日。私は、リハーサルスタジオの鏡の前で、ポニーテールを結び直しながら、ふとため息をついた。


「……やめよう。アイドル、やめよう」


その言葉は、誰にも聞かれなかったけれど、自分の中に確かに落ちた。


休憩中、あんじゅが声をかけてくれた。


「香織、顔色悪くない? ちゃんと寝てる?」


「うん、大丈夫。ちょっと考えごとしちゃってて……」


──私がいなくなったら、センターはどうなる? グループは?


そんなこと、誰にも言えるわけがなかった。


夜。妹と弟を寝かしつけたあと、私は近所の公園のブランコに一人座った。


LUMINAの曲を口ずさみながら、ただ、風に身を任せていた。


「……香織?」


振り向くと、そこには奏くんが立っていた。


浴衣姿の彼は、少し驚いたように、でもどこか安心したように微笑んでいた。


気づけば、誰にも言えなかった気持ちを、奏くんにだけ話していた。


(なんで奏くんに……でも、不思議と苦しくなかった)


まるで、ずっと背負っていた荷物を、そっと降ろせたみたいだった。心がふっと軽くなった。


そして、少し黙っていた奏くんが、静かに口を開いた。


「……香織が決めたことなら、もちろん尊重するよ。でも、正直言うと……まだ、ステージに立ってる香織を見ていたいんだ」


その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。


「香織みたいなアイドル、他にいない。いや、俺にとっては……香織がいない人生なんて、考えられないんだ」


まっすぐに、迷いのない瞳でそう言われて、私は何も言えなくなってしまった。


(そんなに……そんなに私のことを思ってくれてたんだ)


嬉しかった。信じられないくらい、心が揺れた。


でも、それでも私は――


(……ごめん。決めたことなの)


その数日後、私の生誕祭が発表された。


――「LUMINA・香織の生誕祭、8月17日に開催決定!!」


(これが最後の生誕祭になるかもしれない)


そう思って、衣装にもこだわり、アンコールで歌う曲は、自分で作詞作曲した。


LUMINAのメンバー、そしてファンに向けた、感謝と祈りの歌。


リハーサル中、あんじゅたちの様子がどこかよそよそしくて──


「なに話してたの?」


「ん? 香織、今日なんか用事あるって言ってたよね〜」と、るいが笑って誤魔化した。


(……なんだろう?)


そして、生誕祭当日。


「香織〜! フラスタ、めっちゃ届いてるよ!」


「えっ……すごい……!」


見れば、私宛のフラワースタンドがずらりと並んでいた。


中には奏くんの名前が書かれたものもあった。


(……ありがとう、奏くん)


ついに、生誕祭は本番を迎えた。


ライブは、今までで一番いいパフォーマンスができた。


緊張もあったはずなのに、体が自然に動いていた。


振り返れば、不安や迷い、涙もあった日々──でも今、私はちゃんと笑えている。


「アイドルって、こんなに楽しかったんだ……」


気づけば、そんな想いが胸をいっぱいにしていた。


──辞めたくない。


そんな強い気持ちが、心の奥からこみあげてくる。


その瞬間、アンコールの時間がやってきた。


マイクを握り直し、深呼吸をひとつ。


「それでは、これが最後の曲です。聴いてください──」


そう言いかけたとき、あんじゅがマイクを持ってステージに出てきた。


「ちょっと待った! 香織に、私たち、そしてファンのみんなからプレゼントがあるの!」


「モニターを見て!」


ステージ背後のスクリーンに、映像が流れはじめた。


──メンバーからのサプライズメッセージ。


練習中の様子、思い出の写真、ひとつひとつの言葉にこめられた想い。


そして続く、ファンたちからの動画メッセージ。


笑顔で語る人、涙ぐみながら言葉を届けてくれる人──どの声も温かくて、まっすぐだった。


(こんなに……私は、愛されていたんだ……)


ぽろぽろと涙がこぼれて、止まらなかった。


この場所が、自分にとってどれだけ大切だったのか、今さらのように気づいてしまった。


アイドルを辞めようとしていた自分が、情けなかった。


誰かを笑顔にしたくて始めたはずなのに、私は勝手にひとりで限界を決めていた。


──映像の最後。


画面に映ったのは、奏くんだった。


「香織……君の歌や姿に、俺は本当に救われました。ありがとう。


今日だけじゃない。これからも、ずっと応援させてください」


その瞬間、客席が白いスローガンと大閃光の光で埋め尽くされた。


誰かが用意してくれたその景色に、言葉をなくす。


ケーキが運ばれ、メンバーやファンと一緒に、ろうそくの火を吹き消す。


「……ありがとう。本当に、ありがとう」


震える声で、でも確かな想いで、私は心から感謝を伝えた。


マイクを再び握り直す。


ステージの中心へと、ゆっくり歩いていく。


ラストのアンコール曲が始まる。


タイトルは──「ここにいた証」


それは、ステージに立ち続けた私の足跡であり、


そして、支えてくれたすべての人たちへの贈り物だった。


---


ここにいた証を 音に変えて届けたい

笑ってた日も 泣いてた日も

全部が宝物だから


今 歌うよ 君の心の中に

ちゃんと残るように──♪


---


スポットライトが優しく香織を照らす。


彼女の歌声が、客席を、会場を、空気ごと包み込んでいく。


その瞬間、香織は確かに「ここにいた」。


大きな歓声と、深い余韻とともに──


生誕祭は、幕を閉じた。


そして特典会。


白いタキシード姿で、私の前に立ったファンの人。


少し緊張したような笑みを浮かべて、でもどこか懐かしい空気をまとっていた。


「よ、香織」


その声に、胸の奥がぎゅっとなった。


誰かと思えば――奏くんだった。


一瞬、言葉が出なかった。でも、気づいたら口が動いていた。


「……かなくん……?」


彼の名前を呼んだ瞬間、あの夏の日々が、一気に胸によみがえってきた。


無精ひげに眼鏡姿が当たり前だった奏くん。


でも今日は、ひげもそり、眼鏡も外し、コンタクトで来てくれていた。


あの頃の、やわらかく笑う“かなくん”の面影が、そこにあった。


(まさか……ずっと気づけなかった)


こんなことが、本当にあるだろうか。


昔好きだった男の子が、今――


ファンとして、支えてくれていたなんて。


胸が熱くなった。嬉しさ、驚き、恥ずかしさ、いろんな感情が一気に押し寄せてきて、


その時の私は、ただもう――ごまかすので精一杯だった。


特典会が終わり、メンバーたちと一緒に事務所へ戻る道すがら。


香織は、夜風に当たりながらぽつりとつぶやいた。


「……みんな、本当にありがとう。あんな素敵な動画、すごく嬉しかった」


すると、横を歩いていたるながふっと笑って、いたずらっぽく言った。


「実はね、それ、私たちじゃなくて奏っちの企画なんだって! ねー、あんじゅ」


「えっ……?」と香織が思わず聞き返すと、今度はあんじゅがやさしく笑って補足した。


「うん。奏くんの友達のヒロくんがね、私のオタクなの。で、そのヒロくんを通して動画の企画

を相談してきてくれて……。それだけじゃないよ。メッセージカードも、フラスタも、ケーキも、スローガンも、大閃光も。ぜんぶ奏くんが準備したんだって」


香織は思わず足を止めた。


胸の奥が熱くなり、じんわりとこみ上げてくるものを、言葉にできなかった。


(奏くん……私のために、そんなにも……)


知らないところで、こんなに想ってくれていたなんて。


「……愛が、大きすぎるよ……」


その言葉は思わずこぼれて、香織の唇から夜空にふわりと溶けていった。


生誕祭の余韻がまだ心に残る中、LUMINAの活動はしばらくオフ。


妹の千鶴と弟の良助は、それぞれ友達の家に遊びに行っていて、久しぶりに家にいるのは母と私だけだった。


少し早めの夕食の後、湯飲みにお茶を注ぎながら、私はそっと切り出した。


「……お母さんに、話したいことがあるの」


「え? なにかあったの?」


母は少し驚いたように手を止め、私の顔をまっすぐに見つめる。


「実はね、お母さんが入院したとき……千鶴と良助の世話、すごく大変だった。


そのとき、自分がどれだけお母さんに甘えてたか、ようやく気づいたの」


言葉を探しながら、私は続ける。


「それで……アイドルを辞めて、これからはお母さんを支えようって、一度は思ったんだ。でも――この間の生誕祭で、ファンのみんなから、メンバーから、たくさんのエールをもらって……。もう一度、アイドルを続けたいって思えたの。ごめんね、お母さん」


しばらく沈黙が流れたあと、母はふっと微笑んだ。


「……最近、香織、元気なかったでしょ? 母さん、自分のせいで香織がアイドルを辞めちゃうんじゃないかって……ずっと心配だったのよ」


そう言って、母は私の手を優しく包む。


「ごめんね、入院して……香織に、たくさん気を遣わせちゃった。

でもね、母さんは――香織がアイドルとして輝いてるのが、ほんとうに自慢なの。

職場でも、どれだけ自慢してると思ってるの?」


「え……あ、あの人……」


(そういえば、お母さんが入院してたときに一緒にいてくれた同僚の男性が、“自慢の娘だって聞いてたよ”って言ってたな……)


「もう、恥ずかしいよ……」


そう言いながらも、心の奥がじんわり温かくなる。


母は笑って、でも真剣なまなざしで言った。


「母さんも、これからはもっと健康に気をつける。千鶴と良助のことは任せて。香織は――あなたは、あの場所で輝き続けなさい」


その言葉に、私は小さくうなずいた。


「……ありがとう、お母さん」


その夜、私は布団にくるまりながら、ずっと天井を見つめていた。


生誕祭のステージと、母の言葉が、頭の中で何度もリフレインしていた。


アイドルとして、まだまだやりたいことがある。


もう、迷わない――


その後LUMINAのLINEグループから通知があった。


──

るな:「明日新宿の神社でお祭りやってるらしいよ、みんなでいかない?」


あんじゅ:「賛成」


ほのか:「人がいっぱいいるところ怖い」


つむぎ:「了解」


香織:「了解」


るな:明日花園神社の前に18時ね。

──


集合し、出店などを見に行っていたら、私は人混みでメンバーたちとはぐれてしまった。


境内のベンチで、ひとり座っていると──


「……香織?」


名前を呼ばれ、はっと顔を上げる。


そこに立っていたのは──奏くんだった。


「えっ、奏くん……? こんな偶然、あるんだね」


「うん、会社の同僚に誘われて来てたんだ。まさか、香織がいるとは」


私は一度視線を落とし、そっと言った。


「……奏くん、私の生誕祭のために、色々してくれてありがとう。


メッセージカードも、フラスタも、ケーキも……」


少し間を置いて、ほんの少し声を震わせながら続けた。


「……特に、アンコール前のビデオ。あれは、反則だよ」


彼は少し目を丸くしたあと、はにかんだように笑った。


「香織が、もう一度前を向けたなら、それでよかった」


私は笑った。でもその笑顔の奥に、正直な想いがあふれそうで、ぎゅっと息を飲んだ。


「……あんなの見せられたら、辞められるわけないじゃん」


静かに、けれどしっかりと、彼に伝えた。


「もう一度、ちゃんとアイドルやりたいって、初めて自分の意志で思えたの。


奏くんが、背中を押してくれたからだよ」


言葉を重ねるたびに、自分の中にあった曖昧な感情が、はっきりと輪郭を持ちはじめる。


(……気づいてしまった)


私は、奏くんに惹かれていた。


ファンとして、じゃない。


私を見てくれて、支えてくれて、励ましてくれた「ひとりの人」として──


そう。私は彼を、人として、好きになっていた。


少し先を歩きながら、屋台の灯りに照らされる彼の背中が、あたたかくて、まぶしく見えた。


私はこの気持ちを胸に、またステージに立ちたい。


あの日歌った「ここにいた証」は、ただの過去形じゃない。


今も、そしてこれからも、私はここにいると、歌い続けたい。


──あなたの心に、ちゃんと残せるように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ