第3話「七夕の願いと声集め」
香織の生誕祭の企画がまとまった俺は、ヒロにLINEを送った。
──
俺:「香織の生誕祭、やる内容まとまった!」
俺:「明日、渋谷で会えない?」
ヒロ:「おけ。ハチ公前でいい?」
俺:「19時集合で」
ヒロ:「飲み代は任せた」
俺:「お前ほんとそればっかw」
──
翌日、渋谷の居酒屋でヒロと合流した。
「ファンの“声”を集めた動画を作りたいんだ。香織に、これからもステージに立ちたいって思ってもらえるような――そんな動画を」
少し驚いた顔を見せたヒロだったが、すぐに頷いた。
「いいじゃん、それ。俺がカメラ回すよ。で、奏が声かけていく感じで」
「え、俺が声かけるの? そういうのはヒロがやった方が……」
「何言ってんだよお前。人見知りなのは知ってるけど、これはお前の企画だろ。俺がやっても意味ねーんだよ。お前が言うからこそ、意味があるんだよ」
「……わかったよ。じゃあ、明日の現場から少しずつ声かけていこう」
「任せろ。全力で香織ちゃんに届けようぜ」
翌日、俺たちは少し早めに現場へ向かい、メッセージカードと動画企画への協力を呼びかけることにした。
(……俺とヒロ、なんか現場で浮いてないか? ちゃんと話、聞いてもらえるかな……)
その不安は、見事に的中した。
声をかけても目を逸らされたり、足早に立ち去られたり。ひそひそ話の視線も、ひりひりと痛い。
なかなか協力を得られないまま、時間だけが無情に過ぎていく。
そんなとき、会場近くで話している二人組のファンが目に入った。
(……もう、やるしかない)
意を決して、俺は声をかけた。
「す、すみません!!」
そのうちのひとりが、パッと顔を上げて、まっすぐこっちを見た。
「はい! あ、えっ、もしかして香織推しの奏さん? それに、あんじゅ推しのヒロさんじゃないですか?」
「えっ、なんで俺たちのこと知ってるんですか?」
「だって、いつもチェキ券めっちゃ持ってるし、最前列にいたら目立ちますよ。
それにヒロさん、地下界隈じゃちょっとした有名人ですから!」
(……マジかよ、ヒロ。ってことは、俺たち浮いてたんじゃなくて……普通に見られてたのか)
「おい奏、そんなことより……」
「あ、すみません! 香織の生誕祭で、ファンのメッセージカードを集めてて……。あと、“声”を集めた動画も作ってるんです。撮影に協力してくれる人を探してて……」
すると、そのファンは目を輝かせて言った。
「いいんですか!?お二人と話してみたいと思ってたんです!素敵な企画ですね。俺、他のオタともつながりあるんで、声かけておきますよ」
「助かります!お名前は……?」
「風花ほのか推しのトモって言います。よろしくお願いします!」
あまりにもスムーズに話が進んで、俺は一瞬言葉を失った。
そんな俺の肩を、ヒロが軽く叩く。
「心強いな、奏。お願いしようぜ」
「トモくん、LINE交換してもいいですか? 連絡取りたいし」
「もちろんです!」
トモのおかげで現場の空気は一気にやわらぎ、メッセージカードの回収も順調に進んだ。
動画撮影への協力者も集まり始め、俺たちのプロジェクトは静かに動き出した。
生誕祭準備の真っ只中、迎えた7月7日――LUMINAの七夕イベント当日。
バタバタしていた俺にとって、この日は一瞬だけ心を緩める癒しの時間だった。
物販列の横には、笹と色とりどりの短冊が飾られていた。
「るなと付き合えますように」
「あんじゅちゃんと仲良くなれますように」
「目指せ武道館!」
オタクたちの願いが、真剣な筆跡で並んでいる。
俺も、ふと足を止めて短冊を1枚取り、願いを込めた。
――「香織が、ずっと俺のアイドルでいてくれますように」
会場が暗転し、ライブ本番が始まる。
浴衣姿のLUMINAのメンバーたちがステージに登場する。
香織は、メンバーカラーの白い浴衣を身にまとっていた。
まるで月の光を纏ったかのようで、思わず見惚れてしまう。
ライブは熱気に包まれ、最高の盛り上がりのまま終演。
その余韻の中で、特典会が始まった。
香織の列に並んでいる間、俺のスマートウォッチが「心拍数上昇」の警告を出してくる。
(……いや、ほんとやばい。浴衣フェチの俺にこれは無理)
ようやく順番が来る。
「奏くん!」
いつものように明るく呼んでくれるその声に、心が揺れる。
「よ、よう……」
「浴衣、どうかな?」
「……すごく、似合ってるよ」
正直すぎる感想しか出てこない。
「感想それだけ? 奏くんってそういうとこ可愛いよね。すぐ照れるし」
「はぁー……?」
「ていうか、奏くんが書いてくれた短冊、読んだよ」
「……えっ!?」
「“香織がずっと俺のアイドルでいてくれますように”って。嬉しかった」
「なんでわかったの? 名前……書かなかったのに」
「わかるよ。……何年の付き合いだと思ってるの? ありがとう。
奏くんにそう思ってもらえるだけで、本当に嬉しいよ」
そう言って微笑んだ香織の目が、ふと、ほんの一瞬だけ伏せられる。
その瞳の奥に宿った小さな影が、なぜか胸の奥に引っかかったまま――七夕イベントは幕を閉じた。
イベント後、ヒロとファミレスに入って、動画編集を進めつつ今後の話をする。
「今日のイベントも最高だったな、奏〜。あんじゅの浴衣、見た? エロすぎた」
「お前ほんと……ファミレスで“エロい”とか言うなよ。香織の生誕祭の話しようぜ」
「つまんねぇの。お前だって浴衣見て興奮して、スマートウォッチ鳴らしてたじゃん」
「……なんで知ってんだよ」
「列すぐ隣だったからな。バッチリ見てた」
ヒロは笑いながらコーラを注いで戻ってきた。
「でもさ、トモのおかげでカードも動画も集まってきたろ?」
「うん、形にはなってきた。けど……なんか、まだ物足りない」
「十分感動できる出来になってると思うけどな」
そのとき、俺のスマホにLUMINAのYouTubeチャンネルから通知が届いた。
「……あ、LUMINA、大型フェスに出るんだ。すげぇ。あんじゅって進行うまいよな〜」
「それだよ……ヒロ!!」
「ん? どれ?」
「……ああして、こうして……」
「…………あーーー! なるほど! 天才だな、俺の奏は。わかった、任せろ」
「マジで? いいの?」
「俺しかいないだろ、そういう役。立場的にも、距離感的にもな」
その瞬間、ふたりの間にバチッと火花が散るような感覚が走った。
香織の生誕祭。
準備は、いよいよクライマックスへと進んでいく――。