第10話「人気投票」
「ゴホッ、ゴホッ……」
「香織ちゃん、大丈夫?」
「るい……お見舞い、ありがとう」
「親友でしょ。そんなの当たり前だよ」
今、LUMINAは大型フェスに向けたセンター&立ち位置を決める人気投票の真っ最中。
……そんなタイミングで、私はまさかの夏風邪を引いてしまった。
明らかに不利。
推しが出ない現場に来るオタクなんて、ほとんどいないのに。
「ねえ、香織ちゃん、聞いてる?」
「ん? なに?」
「いやだから、奏っちがさ……」
「え、どうしたの? 奏くんが? ゴホゴホッ」
「風邪引いてるのに、大声出しちゃダメ〜!」
「いやさ、奏っち。香織ちゃんいないのに、ライブ毎回来てるんだよ」
「えっ、奏くんが……?」
「こないだ全員握手会もあったんだけど……」
そう――とある握手会の日。
「うわぁ、香織ちゃんいないのに参加って……まさか浮気?」
「ははっ、まさか〜」
(でも……奏っち、目が笑ってなかった)
「人気投票、今香織休んでるだろ? 俺1人が頑張ってもどうにもならないのかもしれないけど……。香織の悲しい顔、もう見たくないんだ」
るいの言葉が、頭の中で繰り返された。
(そんなこと……言ってくれる人、他にいないよ……)
胸の奥が、熱くなる。
嬉しいのか、苦しいのか、自分でもわからなかった。
「……って話なんだけど、香織ちゃん、顔すごい赤いけど大丈夫?」
「な、なんでもないよ。熱ぶり返したかな」
「えっ、じゃあ私、帰ったほうが――」
「……まだ、一緒にいて」
この気持ちを、一人で抱えるのは、少しだけ辛かった。
「そういえばさ、キャンプイベントの時からちょっと元気なかったけど、何かあったの?」
るいは口が堅いし、いつも親身に話を聞いてくれる。……話してみようかな。
「実はね……」
「……そっか、そんなことがあったんだ。ほのかって天然だから悪気はないと思うけど……でも、自分のオタク取られるって、そりゃあいい気はしないよね」
「うん……」
「でもさ、奏っちは相当一途だと思うけどね」
「……それでも、たった1人のオタクのことで、私……練習でダンス間違えちゃったの」
「香織ちゃんらしくないね。もしかして……香織ちゃん、奏っちのこと――」
「――はい終了! ごめん、やっぱり熱ぶり返したみたい。もう寝るね!」
(……この反応。やっぱり、そうなんだ)
次のLUMINAの現場。
「みんな、お待たせ! 心配かけてごめんなさい。無事に復活しました!」
(……よかったな、香織)
この日は、香織推しのファンがずらっと列を作っていた。
「久しぶり、香織!」
「奏くん。るいから聞いたよ。私がいない間も、現場来てくれてたんだって?」
「……自己満かもしれないけど、俺、センターの香織が見たいからさ」
「ありがとう……でも、無理はしないでね?」
「おう」
その笑顔を見た瞬間、
“この人のために頑張りたい”という想いが、改めて胸に灯った。
――その数日後。
CD追加発注のメールが現場に間に合わず、当日は在庫分のみの販売に。
1人2枚までという制限もかけられた。
昼休みにそのお知らせを見た俺は、思わずつぶやいた。
「マジか……ただでさえ、香織は出遅れてんのに……」
その時――
「どうしたんだ、一ノ瀬くん。いつものポーカーフェイスはどこいった?」
「田中社長! それに中村副社長も!」
「プライベートで、ちょっといろいろありまして……」
「彼女のことかい? 一ノ瀬くんにはいつも助けられてるから、なんでも言ってくれ」
俺は“オタクじゃない人にも伝わるように”事情を説明した。
「なるほどな。よし、我々も今日の現場、一ノ瀬くんと一緒に行こう」
「えっ!? マジで!?」
「我々もね、KEYSっていうグループを推してるんだ。今日は現場がなくてな」
(え……まさかの、オタク仲間!?)
――終演後の全員握手会。
「今日、会社の社長と副社長を連れてきた」
「えっ……ちょっと緊張する……!」
「いつも一ノ瀬くんに助けられてるよ。数年前は抜け殻みたいだったけど、君と出会ってから彼は変わった。ありがとう。これからもよろしく頼むよ」
(社長、優しい……!)
ライブ後、会場前。
「いやぁ、LUMINAすごかったな。一ノ瀬くんの推し、香織ちゃんだっけ? センターにふさわしいよ」
「私はつむぎちゃん推しかな。……はい、投票券」
「社長はつむぎちゃんですか…僕はるいちゃんです。僕の投票券ね」
「またLUMINAの現場、誘ってな。今度はKEYSの現場にも行こう!」
(KEYS……昔推してたけど、色々あって離れた。でも、社長の誘いだし……行ってみるか)
9月14日――投票締切まで、あと1週間。
俺たちはヒロ、トモと一緒にマックで談笑していた。
「奏、会社の社長と副社長を現場に連れてきたってウケるよな」
「いやほんと、あの二人頼りになるけど……まさかの地下オタクとは」
「しかも推しはKEYSって……奏が前に推してたグループじゃん」
「うん……色々あってさ。まあ、こないだ助けてもらったし、今度行くつもり」
「ところで、今回の人気投票どう?」
「香織、正直出遅れたから厳しいかもな。復帰後の追い上げはすごいけど……
でも、ほのかのオタクって、人数少ないのに一人あたりのCDの買い方がえぐいんだよ」
トモが得意げに言った。
「そうなんすよ。ガチ恋勢が多いんで、CDの買い方も“愛”が重いんです!」
(……そりゃ、香織も苦戦するわけだ)
「とにかく、あと1週間。ラストスパート頑張ろう!」
販売所から「20枚!」「30枚!」「40枚!」と競りのような声が飛び交う。
――香織の悲しむ顔は、もう見たくない。
俺もその熱気の中に飛び込んでいく。
「香織のCD、100枚ください」
――そして、ライブ後のチェキ会。
「奏くん、今日もありがとう」
「今日も香織は可愛いよ。その笑顔、守るから。残り1週間、全力でいくぞ」
「……無理はしないでね」
オタクは推しのために無理する生き物だけど、
推しにそう言われるのは悪くない。
この言葉が、また原動力になる。
9月21日――投票締切当日。
会場は、いつも以上にLUMINAのファンで溢れていた。
「香織のCD、300枚ください」
俺の人気投票は、これで終わった。
あとは、結果を待つだけだ。
9月28日。人気投票の発表日が、ついにやってきた。
香織は、センターの座を守れるのか――。




