奪われた少女
静寂が、街を包んでいた。
月の光がギルドの屋根を照らし、夜警の魔灯だけがぼんやりと辺りを照らしていた。
その時──闇の中に、揺らめく黒い影が現れた。
「目標、確保に入る」
仮面をつけた魔導士たちが、無音でギルドの裏手から侵入する。
彼らは魔導協会直属の特殊部隊。異端回収班──標的はただひとり。
リィナ・フェイルノート。
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「くっ──!」
レンの声と同時に、部屋の結界が破られた。
「リィナッ!」
襲撃の魔力に反応して、レンの魔力が自動発動するが──遅かった。
結界解除と同時に、遮断魔法が部屋を包む。
その一瞬の隙に、リィナは連れ去られた。
「レン……っ」
少女のか細い声が、霧のように夜へ消えていく。
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翌朝。
レンは、ただの杖として床に転がっていた。
(……魔力が……遮断されてる……)
リィナとの接続が切られたことで、彼の自律機能は完全に停止寸前。
身体を動かすことすら叶わず、彼はただ、自分の無力を噛みしめていた。
だが──
「……いや、諦めんな。俺は……また、動けるはずだ」
己の核──魔導核の深層に潜るように、意識を沈める。
(俺は風蓮杖。リィナと共に、進化した魔導具……!)
記憶の中から、フィルス=ユグドの声が響く。
「魔力が尽きたなら、魔素を使えばいい。世界そのものに流れる、根源の糸を──」
レンの内部に、薄く青白い光が灯る。
(……やれるか? いや──やるしかねぇ)
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その頃。
リィナは、魔導協会の隔離施設の中にいた。
無力化された魔導室。冷たい壁。
足枷、魔力封印の首輪。そして──
「君は鍵だ」
正面に立つのは、あの男──ゼノ・グレイヴ。
「お前……まだ、懲りてないのか」
リィナは淡々と睨み返す。
「お前たちが何を望もうと、私は彼と一緒にいる。それだけだ」
「彼? 杖のことか。滑稽だな」
ゼノは嘲笑する。
「魔導具は道具だ。意思があっても、命令には従う。それが理だ」
「……違う」
リィナはきっぱりと言い返す。
「彼は……レンは、ただの杖なんかじゃない」
ゼノの表情が、わずかに歪む。
その瞬間、施設全体が揺れた。
「──っ!?」
魔力の奔流が、天井から地下までを貫く。
結界が、外側から破られていく。
「なっ、これは……!」
それは、世界の魔素を吸い上げ、錬成された強制発動。
杖であるはずのレンが、自らの意志で周囲の魔素を操り、構築した魔術回路。
その中心に、一本の杖が浮かび上がる。
「よぉ、リィナ」
声が聞こえた。
「待たせたな。魔力ゼロでも動く方法、ようやく掴んだぜ」
リィナの目が潤む。
「……レン……!」