少女の過去、杖の覚醒
あの日──リィナは空を見ていた。
高い、灰色の天蓋のような空。何も語らず、ただ冷たく広がっている空。
「あなたは、捨て子です」
貴族の女中がそう言い放ったとき、リィナはまだ六歳だった。
理由は明白だった。異常なほどの魔力反応。周囲のものを意図せず浮かせ、爆ぜ燃やした。
制御できずに震える小さな手を、大人たちは恐怖の目で見た。
「この子が暴れれば、領地がひとつ吹き飛ぶかもしれない」
それは冗談でも比喩でもなかった。
そして、屋敷から追い出される形で、リィナは山奥の施設に送られた。
「研究対象」として。
「処理保留」として。
だが──今の彼女は違う。
「私は……魔法を使える」
リィナは自分の足で立ち、杖──レンを握りしめる。
「私の魔力は……暴走じゃない。もう、違う」
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森の中でのゼノ・グレイヴとの交戦は、辛くも撃退に成功した。
だが、追っ手が今後も来ることは確定した。
ギルドに戻った夜。
ミーナが怒鳴るように言った。
「協会が正式に通達を出したわ! リィナ、あなたとその杖は特異指定よ。保護か回収かは、対応部隊次第」
リィナはただ静かにうなずいた。
「でも……私は、逃げません」
レンも同じように告げる。
「こっちから証明してやるよ。道具じゃねぇってな」
ミーナはため息をつきながらも、頷いた。
「……逃げないなら、覚悟しなさい」
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数日後。訓練場の夜。
リィナとレンは、再び共鳴練習を行っていた。
「もっとだ。もっと深く、魔力を重ねてみろ」
「うん……でも、何かが──胸の奥が、ざわつく」
そのときだった。
レンの意識の奥に、白く光る空間が広がった。
(……まただ。記憶の断片)
そこに立つのは──白髪の少年。
透明で、少しだけ笑っている。
「君は、選ばれた。鍵と共に」
「……お前は、誰だ」
「……名前はもういらないよ。でも、君は風蓮杖として目覚める必要がある」
レンの身体に、熱が走った。
杖の装飾が淡く輝き、形状が変化する。
(……来たか。これが、俺の進化──)
次の瞬間、杖は分裂した。双杖モード。
浮遊し、魔力が自律的に回転を始める。
「レン……!?」
リィナが見上げる。
「いや──今はもう、ただの杖じゃない」
レンの声が、確信をもって響く。
「俺は風蓮杖。お前の相棒だ、リィナ」
その夜、訓練場に新しい魔法陣が刻まれる。
連詠、共鳴、多重詠唱。すべてはこの瞬間から、次の戦いへの覚醒へとつながっていく。
そして──
リィナは思う。
(あのとき、見捨てられた私が……今、誰かと共にある)