敵対者:黒杖の魔導士
「魔導士のくせに、喋る杖に頼るとはな」
声がしたのは、日が沈みかけた町外れの林だった。
魔導士ギルドからの帰り道、ふと立ち止まったリィナの前に、黒いローブの男が現れた。
仮面。長身。片手には禍々しい黒杖。
「貴様、誰だ……?」
俺が警戒を強めた瞬間、男の仮面の下から、低く冷ややかな声が漏れた。
「ゼノ・グレイヴ。魔導協会の監査官だ」
「魔導協会……? まさか、ギルドの奴らが通報を──」
「いや。貴様らの存在そのものが、監視対象だ」
ゼノの黒杖から、煙のように魔素が立ちのぼる。
「喋る杖──その存在は既に異端。回収対象であり、研究対象でもある」
リィナが一歩、俺を守るように前へ出た。
「レンは……わたしの杖です。渡しません」
「ほう。所有者意識とは珍しい。だが、理解できんな」
ゼノは軽く黒杖を掲げた。
「魔導具は道具。人に仕える存在に過ぎん。……感情など要らん」
「……聞き捨てならねぇな」
俺は、杖として小さく震えた。
「オレはな、道具なんて自覚、一度だって持ったことねぇぞ」
「それが異常だ。だから処分される。──始めようか。観察対象の戦闘データ、貰うぞ」
次の瞬間、ゼノの黒杖が紫光を放ち、空間がゆがんだ。
「空間干渉術!? リィナ、構えろ!」
リィナが即座に双杖を展開。俺も魔力制御を補助する。
「行くよ、レン!」
「任せとけ!」
──魔法交錯。
ゼノが放った魔法は、時間遅延フィールド。攻撃を止めるのではなく、相手の行動を遅らせる術式だ。
「速さが……鈍る……っ」
リィナの動きがコンマ数秒、遅れはじめる。
「クソ、性格悪ぃ魔法選びやがって!」
だが、俺も負けていない。制御術式を二重展開、リィナの魔力を加速。
「感覚だけで動け、リィナ!」
「──わかった!」
リィナが両手の杖を旋回させる。
「『氷結連環・追撃式』!」
双杖から放たれた氷の輪が、ゼノの足元を凍らせる。
「……冷却か。小賢しい」
ゼノが空間転移を発動、凍結を脱する。だが、視線の中で、わずかに驚きが滲んだ。
「……連詠、か。あの少女……術式安定度が高すぎる。まさか、この杖が──」
「気づくのが遅ぇな。オレはな、リィナと組んでんだ。ただの杖じゃねぇ」
俺の全身に魔力が巡る。
「いけるぞ、リィナ。連詠・共鳴、ぶっ放せ!」
「──うん!」
二人の声が重なる。
「『氷双陣・鏡打』!」
フィールドが砕け、ゼノの時間干渉が破られる。
冷気の刃が渦巻き、ゼノのローブを切り裂いた。
「……ふむ。なるほど。データは、十分に取れた」
その言葉と共に、ゼノの体が光に包まれた。
「空間脱出!? 逃がすか──!」
「やめとけ、リィナ。こっちは情報が足りねぇ。追っても潰される」
リィナが歯を噛んで、俺を見つめる。
「レン、わたし……」
「大丈夫だ。今回の勝負、向こうは様子見だった。だけどな──」
俺は、リィナの手に静かに語りかけた。
「次は本気で来る。だから、こっちも本気で備えねぇとな」
風が止んだ夜の空に、まだ魔素の名残が漂っていた。
──嵐の前の静けさだった。