杖の記憶、目覚め始める
「……誰かを、待っていた気がする」
朝焼けの光を浴びながら、リィナの肩に乗ったまま、俺はぼんやりと呟いた。
「レン?」
「いや、独り言だ。……最近、夢を見んだよ。妙にリアルな、変な夢」
夢の中。
そこにはいつも白い髪の少年がいた。
俺のことを風蓮杖と呼び、「思い出せ」と言ってくる。
けど──記憶の霧は、まだ晴れない。
リィナは黙っていたが、彼女の指先がそっと俺を撫でた。
少しずつ、こういう人の温度に慣れてきた自分に気づく。
杖だけど。
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その日は、ギルドの調査依頼で再び遺跡に赴くことになった。
「ここ……なんか変な魔素、流れてる」
「うん。気づいたか。オレも、ここ来た瞬間からザワついてる」
古い魔導具が埋まっていたという遺跡。
だが内部は封印結界が乱れ、魔力が漂いまくっていた。
奥に進むほどに、空気がピリピリする。
──そして。
「……おかしい、ここ……」
突然、リィナの周囲に魔力の渦が巻き起こった。
「リィナ、詠唱を止め──! ……くっ、制御が暴走してる!」
リィナの体から吹き出すように、青白い魔素が噴き出す。
彼女自身が驚いていた。これは自分の意志ではないと。
「レン、どうしたら……!」
「オレが術式に介入する。手を、もっと強く握ってろ!」
俺はリィナの魔力回路に直接干渉し、魔素の流れを逆流させた。
「……っ、く……!」
リィナが苦しそうに目を閉じた、そのとき。
俺の中で何かが弾けた。
《目覚めよ──風蓮杖》
耳の奥に響いたその声と同時に、景色が歪む。
──精神世界。
そこに現れたのは、あの少年だった。
白い髪、青い瞳。中性的な顔立ちの、透明にも見える存在。
「お前……誰だ?」
「私は、かつてお前と契約した精霊。名をフィルス=ユグドという」
「契約……?」
「忘れたか。お前はかつて風蓮杖として、古代の賢者に仕えた。だが魔法文明の崩壊と共に、記憶を封じられたのだ」
「古代の……賢者?」
「そう。そして今──お前は、新たな器に選ばれた少女と再び歩んでいる」
フィルスの目がリィナを映し出す。
「彼女の魔力は、かつての封印術と共鳴している。……だから、お前の記憶も揺れ始めたのだ」
「オレは……人間だった。だけど、杖にもなった。そして、また目覚めた。お前が……それを導いたってわけか」
「そうだ。だが、お前が完全に風蓮杖として目覚めるには……もう一段階の覚悟が要る」
フィルスが手をかざすと、魔法陣が浮かび上がった。
「これは一時的な進化形態。形状変化を開放しろ。お前ならできる」
「……やってやるよ。リィナを守るためなら、何だってな」
意識が現実に戻る。
視界の中で、暴走魔力の中心に立つリィナの姿。
俺は叫ぶ。
「形状変化、発動──!」
杖の本体が熱を帯び、木製のフォルムが変形していく。
──双杖モード。
左右に枝分かれし、詠唱と制御の役割が分離した形状。
「リィナ、両手で構えろ!」
「う、うん!」
左右の手にそれぞれ杖を握ったリィナ。
俺は言った。
「いくぞ。新術式、連詠構築開始──!」
「『凍結封陣・双連環』!」
その瞬間、暴走していた魔力の流れが一気に安定する。
青い氷の環が二重に広がり、遺跡の結界を抑え込んだ。
静寂。
リィナが肩で息をする。
「……止まった……暴走が、止まった……」
「よくやった、リィナ。マジでよくやった」
リィナが、ぽつりと。
「……ありがとう、レン」
その声が、いつもより少しだけ──柔らかかった。
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帰り道。
「レン……夢の話、してくれる?」
「ん?」
「あなたが見た、白い髪の少年のこと」
俺はしばらく黙ってから言った。
「フィルスって名前らしい。オレの中にいた精霊。……どうやら、俺がただの杖じゃないって証明、始まったばっかりみたいだ」
リィナは何も言わなかったが、手に持った俺の柄を、少し強く握った。
俺は、それだけで十分だった。
まだ思い出せないことばかり。けど、ここから始まる。
俺とリィナの物語は──まだ、先がある。