模擬戦、燃える学び舎
ギルドでの依頼をこなす合間、リィナは、訓練校という場所に通うことになった。
……なんでかって?
「ギルドの魔導士には、基本魔術の素養と集団行動の訓練が義務なの」
ミーナさんが事務的にそう言い放った。
「リィナちゃん、実力は申し分ないけど、ちゃんと人と関わる練習もしなきゃね?」
「……人と関わる、必要?」
「必要です!」
即答だった。まあ確かに、リィナの無表情無口スタイルは、集団行動とかから最も遠い。
というわけで、杖の俺も一緒にお勉強である。
「……高校卒業して、杖になって、また学生……人生ってどこまでも予測不能だなあ……」
「うるさい」
はいはい。
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訓練校はギルド付属の教育施設で、15歳前後の新人魔導士たちが通っていた。
リィナは最初から「喋る杖の少女」として噂になっていたせいで、注目の的だった。
いや、正確には、変な目で見られてるってやつだ。
「おい見たか、あれが例の子……」
「なんか、杖に話しかけてる……本物かよ」
「しかも喋ってるぞ、あの杖!?」
うん、慣れた。むしろ俺は自己紹介したいくらいだ。
「はーい、こんにちは。俺が話題の喋る杖、風間レンです」
「レン、やめて」
「うっす」
でも、この訓練校での一週間で、分かったことが一つある。
──リィナ、戦闘になるとめちゃくちゃ強い。
模擬戦形式の実技訓練では、圧倒的だった。
対戦相手が初級詠唱を唱え終わる前に、リィナの氷結魔法が走る。
それも、暴走なしの精密操作。魔力制御の精度がどんどん上がっている。
「レン、次。中距離詠唱」
「了解。術式構築、展開開始」
「……『氷鎖刃・連突』」
撃ち出された氷の鎖が、瞬時に分裂し、標的の全周囲を包囲する。
訓練校の教官が口をぽかんと開けていたのは、たぶん気のせいじゃない。
──でも。
「なにあれ、感情ゼロで魔法撃ってる……」
「やっぱ異常じゃない? 喋る杖に頼りすぎ」
「人間じゃないみたい……」
そんな声も、俺の耳にはしっかり届いていた。
「……リィナ」
「わかってる。大丈夫」
言葉に出さない。でも、背中がちょっとだけ、強張ってた。
強いけど浮いてる。正確無比だけど、周囲となじまない。
そんな存在に対する視線は、いつだって残酷だ。
……俺も、似たような視線を日本で何度も浴びたから、わかる。
だからこそ、言った。
「リィナ。お前が冷たいんじゃねえ。お前が怖いんでもない──お前が真剣だから、他のやつが勝手に怯えてんだよ」
「……勝手に?」
「そう。お前はちゃんとやってる。俺は知ってる」
「……うん」
ほんの少しだけ、彼女の声がやわらかくなった。
そう、こうして少しずつ少しずつ──リィナは変わっていく。
表情はまだ固いけど、目が前よりずっと澄んでる。
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その日の模擬戦の最後。
訓練校で最も腕が立つという少年、カルド=レーンがリィナの対戦相手に指名された。
金髪で身のこなしの速い彼は、開始前から挑発気味だった。
「よぉ、喋る杖の娘さんよ。戦うのはお前か? それとも、その杖か?」
「……どっちも」
「へえ。おもしれえな。なら──俺が黙らせてやるよ、その杖ごと!」
開始の合図と同時に、カルドは、瞬間加速の魔法を使って距離を詰めた。
「詠唱なんて悠長なマネしてらんねえよなあ!」
「遅い」
リィナの指先が、静かに光った。
「……『氷結壁・反響』」
カウンター魔法だ。加速魔法の衝撃を利用して、反対方向にカルドを吹き飛ばした。
「ぐっ……!」
さらに畳みかける。
「レン、支援術式」
「任せろ。エリア制御展開!」
術式展開と同時に、床一面に氷結陣が走る。
カルドの足が凍りつく。
「っち……マジで、やべえな……!」
その瞬間、審判役の教官が笛を吹いた。
「そこまで! 模擬戦終了!」
リィナの勝利だった。
教官がぽつりとつぶやく。
「……この歳でここまでの完成度とは……本物だな、彼女」
周囲の空気が、少しだけ変わった。
驚きと、畏れと──それでも、称賛の色が混じっていた。
俺はこっそりリィナに言った。
「なあ、少しは見直されたんじゃね?」
「……そうだと、いい」
その横顔は、ほんの少し──ごくごく僅かに、緩んでいた気がした。
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模擬戦後、訓練校の一室。
リィナが静かに座っていたとき、ふいに俺の内部がざわついた。
(……誰か……いた?)
意識の深層が、揺れる。
声のようなものが、かすかに聞こえた気がした。
《……風蓮杖……目覚めの刻……近し……》
「レン?」
「……いや、なんでもない。気のせい、かも」
けれどその夜──夢の中で、俺は白髪の少年と出会う。
ぼんやりと浮かぶ青い瞳が、俺を見つめていた。
《……まだ、お前は思い出していない。けれど、繋がりは残っている……》
精霊──いや、誰かが、俺の中で眠っている。
その存在が、次第に輪郭を取り戻しつつあることを──俺は、はっきりと感じていた。