喋る杖は不審者扱い
ギルドでの初依頼から一週間。
リィナは毎日、地道に依頼をこなしている。といっても、俺の助けがあるからこそ、安定して魔法が使えるわけで、つまり俺も毎日働いてるってことだ。
……いや、違うな。
働かされてる、だな。
「レン、次の依頼……準備して」
「ちょっとは休ませろ。俺、もと高校生だぞ。ブラック労働反対!」
「でも、今のあなたは……杖」
「悲しいけど、完全にそのとおりなんだよなあ……」
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それにしても──最近、視線が妙に増えた気がする。
「……なあ、リィナ。俺、なんか悪いことしたか?」
「してないと思う」
「だよな。喋ったくらいで変な空気になんの、納得いかねえ」
周囲の視線は、明らかに俺──つまり喋る杖に向けられていた。
ギルドの休憩スペースで、ある魔導士がひそひそ声を漏らす。
「あの杖、また喋ったぞ……」
「いや、普通に喋るっていうか、会話してるし……」
「魔導具にあんな自我、あるか? 危険じゃないのか?」
はい、来た。不審者認定。
ミーナさんがその場に現れなかったら、俺たちは完全に通報案件だった。
「ちょっと、あんたたち。レンくんはちゃんと登録されたギルド員よ? 差別みたいなこと言うの、やめて」
「で、でもミーナさん……魔導具が意思持つなんて、前代未聞じゃ」
「前代未聞って言葉で排除するの、あんたらの悪い癖よ。レンくんが、リィナちゃんを支えてるの、見たでしょ」
言ってから、ミーナさんはこっちを見て、ちょっと困ったように笑った。
「……まあ、たしかにうるさいけどね」
「おい!」
「ふふ」
リィナ、お前もちょっと笑ったな!? 今の『ふ』は笑ったろ!
でもまあ──この程度の視線、どうということはない。
問題は、このあとだった。
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「……A級魔導士?」
「そう。上層から連絡が来たの。喋る魔導具の検査のため、調査員を派遣すると」
ミーナが深刻そうな顔で俺たちに言った。
「来るのは、ゼノ・グレイヴって人。今ギルド内でも有名な……」
「……黒杖の魔導士?」
リィナがぽつりと口にした名前に、俺の中で何かが引っかかった。
ゼノ──黒い杖を操り、他の魔導具を使役することに異様な執着を持つ魔導士。
「……俺、名前だけ知ってる。あいつ、魔導具の意思は不要って主義のやつだ」
「最悪だわね。レンくんとは完全に対立する考えよ」
ミーナは腕を組んで唸った。
「でも、命令だから。検査は避けられないわ。リィナちゃん、できるだけ……」
「私、断る」
リィナの声が強くなった。感情が、ほんの少しにじむ。
「レンを検査なんて、させない」
俺の芯が、少し熱を帯びた。
「……ありがとうな」
「……でも、どうすればいいかは、わからない」
「そこは俺の出番だ。とびきり軽口と知識で、切り抜けてやるよ」
「うるさい」
「それ、最近よく言うよな」
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数日後。
ゼノ・グレイヴがギルドに現れた。
黒いローブ、仮面で素顔を隠し、その背に浮かぶのは──漆黒の杖。生き物のようにうごめくそれは、見る者に不快感を与える何かを放っていた。
「……お初に。ゼノ・グレイヴです」
仮面の奥の声は、静かで冷たい。
「君が喋る杖か」
「よお、噂よりずいぶん陰気だな。もっと威圧的に来るかと思ったぜ」
「……なるほど。口が立つ。自我も強い。排除すべき対象だな」
「おいこら、初対面でなんて物騒な評価だよ」
「魔導具は、道具であるべきだ。意思を持ち、主人を選ぶなど、傲慢の極み」
ゼノはそう言いながら、リィナを一瞥した。
「君、彼に使われていることを自覚しているのか?」
「使ってない。……一緒に戦ってる」
「ふむ……ならば、確かめようか。杖のない状態で、どこまで戦えるか」
その瞬間──黒杖が浮かび上がり、空間を割って魔力の刃を放った。
「っ……レン!」
「離れるな、リィナ!」
俺が魔力を展開し、即席の防御障壁を生成する。ギリギリ間に合った。
「やっぱり、手荒な歓迎が来たな……」
「おかしい、ここギルドの中……!」
「実戦検査ってことで誤魔化す気だ。止める気ねえぞ、あいつ」
リィナが再詠唱に入る。俺は即座に補助に回る。
「レン、今のは……?」
「空間断裂系。黒杖の禁術だ。簡単には防げねえ」
「……でも、やる」
リィナの手が震えた。
けど──目は、真っ直ぐ前を見据えていた。
「行くぞ、リィナ。俺が、お前の魔力を導く!」
詠唱開始。補助魔法発動。
「──『氷鎖陣・連環』!」
魔力が暴れず、きれいな形で収束する。
氷の鎖が黒杖に絡みつき、ゼノの術式を中断させた。
「……ほう。なるほど、これが共鳴か」
ゼノは興味深げに一歩引いた。
「……今はこれでいい。観察対象として、登録しておく」
そう言い残し、黒いローブの背が遠ざかる。
──と、去り際にぽつりとつぶやいた。
「君の杖、名前は?」
「レン、です」
「ふふ……いずれ、黒杖がその名を塗り潰す時が来る」
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「……なんだあいつ。超怖い」
ギルドの廊下に戻りながら、俺はぶつぶつ言った。
「てか、あの黒杖。見てるだけで気持ち悪いわ」
「レンの方が、いい」
「……お。そういうのはもっと堂々と言ってくれていいぞ」
「うるさい」
「はいはい、でも──ありがとよ、リィナ」
俺たちの絆は確かに、少しずつ深まっている。
そして、この世界の『魔導具に宿る意思』を巡る戦いが、始まりつつあった。