魔導士ギルドへ
「……これが、ギルドか」
俺は、リィナの背中から目を細め──いや、感覚的に目を細めた気がした。
目はない。表情もない。俺は杖だからな。
だけど、初めて見たこの光景は、なかなかのインパクトだった。
「ファンタジー世界テンプレその一、魔導士ギルド。お出ましか」
石造りの荘厳な建物。掲示板には「討伐依頼」や「素材調達」の文字が並ぶ。ローブを羽織った魔導士たちがひしめく中、小柄な少女──リィナは明らかに浮いていた。
というか、周囲の視線が痛い。
(あの子、子どもじゃない?)
(杖も持ってなかったのに急に?)
(しかも無表情……喋らないし)
……はいはい、偏見。ここは異世界でもそういうのあるのね。
リィナは何も言わず、受付に向かった。
そこには──やたらと快活そうな女性がいた。金髪ポニテ、しっかりした口調、そして目の奥に、おせっかい気質がにじんでる。
「はい、初登録ですねー! お名前と、適性魔力の測定……あら?」
彼女──ミーナさんというらしい──は、リィナの無表情に一瞬戸惑ったが、すぐにニッコリと笑って対応した。
「あなた、適性……とんでもなく高いわね」
「……そう、なんですか?」
「ええ。通常の三倍はあるわよ。逆に、よく暴走しないで来たわね……って、あら?」
彼女の視線が、リィナの手元──つまり、俺に向けられた。
「……喋る杖?」
やべ。
「よお、受付のお姉さん。俺がレン。こいつの相棒ってことでよろしくな?」
「……へえ。これはまた……面白いわね」
ミーナは驚きもせず、にやりと笑った。
「こっちの世界でも、たまにいるのよ。意思を持つ魔導具。でも、ちゃんと、会話できるのは珍しいわ」
「俺の性能はちょっと違うからな。ハイスペックで、かっこよくて──」
「調子乗りすぎです」
リィナ、即座にツッコミ。おお、感情が増してきてるじゃないか。
「ふふ、いいコンビね。試験は簡単よ。Cランク依頼をひとつ、完了させるだけ。リィナちゃんと、レンくんね。行ってらっしゃい!」
「任された!」
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依頼は「下層森の魔物・スライム退治」
俺とリィナにとっては、初のバトルとしての実践だ。
「油断はすんなよ、リィナ。スライムは見た目より厄介だ。分裂するし、粘着質で逃げ足も早い」
「……うん」
「あと、物理攻撃が効きにくいから、魔法の狙いをちゃんと定めろ」
「……うん」
「って聞いてるか? もうちょっと反応くれ。やる気出るだろ、俺が」
「……でも、ちゃんと戦えるって、証明しないと」
リィナの瞳が、ぎゅっと細まる。彼女なりの決意が見える。
……くそ、こいつほんとに、健気すぎる。
「よし、来るぞ! 3体、スライム確認!」
「詠唱、開始」
魔力の流れを、俺が補助する。構文の最適化、詠唱の省略、座標指定……全部任せろ。リィナは魔力出力に集中しろ。
「──『氷槍』」
彼女の手から、氷の槍が3本、放たれる。
正確に、3体のスライムを一撃で貫いた。
「おおっ!? 一撃で!? マジかよ、超成長してるじゃねぇか!」
「……レンのおかげ」
「いや、これはお前の実力だろ。俺はちょっと手伝ってるだけだっての」
リィナが、ふっと笑った。ほんのわずか、でも確実に。
「……うれしい?」
「そりゃ、嬉しいに決まってんだろ。俺たち、ちゃんとやれてるって証拠だぜ?」
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ギルドに帰還。
リィナの報告に、ざわめきが走った。
「あの子、成功したのか……」
「しかもCランク単独で……」
「……まさか、あの喋る杖が?」
周囲の目が変わった。警戒と驚き、そして少しの興味。
リィナはそれを無表情で受け止め、俺にだけ小さくささやいた。
「……仲間って……こういう感じ?」
「そうだな。まあ、まだ仮みたいなもんだけど……」
でも。
たしかに、リィナの瞳は前よりずっと、人のいる場所に馴染んでいた。
「こいつ、感情薄いけど……ちょっと嬉しそうにしてるじゃねーか?」
そうつぶやいた俺に、リィナがぽそりと言った。
「……うるさい」
「うるさくねーし。お前が照れた顔、俺しか見てないからな?」
「……うるさい」
2回目はちょっと怒ってた。でも、なんか……温度がある。
そう、俺たちは今──バディになりつつあるんだ。