(番外編)リィナ、笑う日
ギルドの朝は、騒がしい。
「おーい! リィナちゃん、こっち来て一緒に朝飯食べよーぜ!」
「また誘ってんのか、リース。無口な子は苦手なんじゃなかったのか?」
「ち、ちげーよ! 無口でも可愛い子は例外だ!」
「お前……」
そんな中、受付嬢ミーナは微笑ましくその様子を見守っていた。
「……ふふ、今日もモテモテね、リィナ」
無表情な少女は、少しだけ目を伏せ、テーブルの隅でパンをかじっている。
いつもと変わらないようで、しかし、何かが違っていた。
そう──
彼女は「笑える」ようになっていた。
ほんの少し、だが確かに。
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その日、リィナはひとりで依頼に出ていた。
討伐対象は下級の魔物。彼女にとっては危険の少ない内容だ。
森を抜けた先、静かな河辺で一休みすると──
ふと、風が吹いた。
木の杖が、わずかに揺れる。
リィナは、その音に耳を澄ませた。
「……蓮?」
返事はない。
けれど、彼女の表情は緩んだ。
「うん、ちゃんとできた。魔法も、倒し方も。……あんまり暴走しなかったし」
また、風がふわりと吹く。
リィナは、静かに目を閉じて呟く。
「……ねぇ、蓮。今、どこにいますか」
沈黙が流れる。
だが、風の音が、どこか心地よく返ってきた。
──《ここにいるよ。お前の隣に》
そんな気がした。
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その夜。
ギルドの食堂にて。
珍しく、リィナが仲間の輪の中にいた。
「おおっ!? 今笑った!? 笑ったよね!?」
「ホントだ……! いつも死んだ目してんのに……!」
「死んだ目って言うな」
ミーナが、くすりと笑って言った。
「リィナも変わったのよ。──きっと、大事な何かを、手に入れたから」
リィナは何も言わなかった。
ただ静かに、温かいパンを口に運び──そして微笑んだ。
小さな笑み。
けれど、それは間違いなく本物だった。
傍らには、一本の木の杖。
今はただの道具──けれど、風が吹くたび、どこか懐かしい音がする。
──喋る杖はもういない。
でも、彼の声は今でもリィナの中に生きている。
──彼女が、笑えるようになった日から。