杖よ、もう喋るな
「……リィナ、聞こえるか」
夜の遺跡に、か細く、それでいて確かに届く声が響いた。
レン──風蓮杖は、リィナの腕の中で静かに光を落としていた。
魔導核の共鳴は、限界に達していた。
世界を崩すほどの力を封じ込め、暴走を抑えてきた内部構造が、もはや限界だった。
「もうすぐ……俺の核が壊れる。完全に」
「じゃあ……」
「俺は、喋る杖じゃなくなる。魔導具としても終わりだ」
リィナは、黙って首を横に振った。
だが、レンは続ける。
「お前なら……できる。俺がいなくても、魔法を、自分の力で──」
「……やめて」
「リィナ──最後の詠唱、頼めるか?」
レンの声が、震えた。
「これは俺からの、お願いだ。お前の魔力で、俺の核を封印してくれ」
リィナは、唇を噛んだ。
涙が一滴、杖に落ちる。
「……最後に、一つだけ、お願いしていいですか」
「なんだよ」
「名前、呼んでください。……本当の」
レンは、かすかに笑った。
「風間。俺の名前は……風間 蓮だ。人間だった頃の名前だよ」
リィナは目を閉じた。
その声を心に刻む。
「……蓮──大好きでした」
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詠唱が始まる。
静かに、しかし力強く。
「《封印術式・終段──因果の環、断絶の結界》」
「《蓮……風間 蓮……ありがとう。さようなら》」
最後の光が、遺跡を包み込む。
風蓮杖は、光と共にその形を失い、空気へと還っていった。
音も、気配も、何も残らない。
ただ、リィナの手の中には──一本の、何の変哲もない木の杖があった。
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数日後。
ギルドの訓練場。
リィナは、杖を構え、ひとり呪文を紡いでいた。
だが、その詠唱は──迷いなく、確かなものだった。
「《風の槍・展開》」
魔力は乱れず、精密に形を成す。
「……やれるんだ。私、一人でも」
そう呟いた瞬間、木の杖の奥から──ふっと風が鳴いた。
「……?」
一瞬、確かに、聞こえた気がした。
──《ったく、お前はもうちょい泣いていいんだぞ》
リィナは、目を伏せて、そして笑った。
「……うるさいです、もう」
エピローグの空には、風が吹いていた。
それは、どこか優しい声に似ていた。