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導かれる少女の日常

作者: 隣の黒猫

それは初夏の日


とある地方都市の少女が、不思議な体験から、普段の日常を取り戻す為に頑張った話。


※他の短編と世界観を共有しているので、宜しければ他の短編も読んで頂けると幸いです。

 でも、読まなくても問題ないようにはなっています・・・多分。

 土曜日は午前授業で終わる。

 

 そんな土曜日最後の時間割表に記載されているLHRの時間では。

 主に学校からのアンケートや学校関係であったことのお知らせ等が担任教諭から説明されるのだが。


 運動系の部活動を行っている者達にとっては、その後に訪れる地獄のような扱きに耐える為の英気を養う時間帯で。

 机に突っ伏して寝ていたり、器用に教師の目から隠れながら弁当やお菓子を食べる時間であり。


 LHRが終われば校舎という隔離施設から、普段より早い時間に開放される文化系の部活や帰宅部の者達は。

 教壇の上で、青い春を謳歌するのに精一杯の若者には今一つ必要性が理解できない、長ったらしくつまらない話をしている教師を余所に。

 この後どこへ遊びに行くか等の作戦会議に花を咲かせる時間であり。


 普段であれば、教室内のほぼ全ての生徒は、教壇に立つ教諭の話などに耳を傾けることは無い時間だったのだが。


「今から、林間学校の班決めをするわけだが・・・」


 今日ばかりは、直近に行われる学校行事の一つである林間学校の班決めをする為の時間に当てられており。


「・・・先生、君達のそういう素直な所好きだなぁ~」


 普段は担任教師である自身の話になど一切耳を貸さない生徒達が。

 学校行事に関してだけは真面目に耳を傾ける姿を見て、草臥(くたび)れた苦笑いを浮かべ。


「では・・・班決めは、先生の独断と偏見で「ふざけんな!」「横暴だ!」「職権乱用だぞ!」「教師だからって生徒を自由にできると思うな!」「草臥(くたび)れ教師!」「枯れ木野郎!」・・・誰だぁ~、今枯れ木って言ったのぉ~。先生怒らないから手を挙げなっさぁ~い」

「「「「「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」」」」

「うん・・・そうですか、そうですかぁ~・・・先生別に好きで草臥れてる訳でも枯れてる訳でも無いんだからなぁ~・・・コレでも先生30代前半なのよぉ~・・・どちらかって言うっとぉ~若手なの。校内職員を年齢順に並べるとぉ、下から数えた方が速いのよぉ。だからねぇ~若手だからねぇ~色々と仕事を頼まれちゃうのよぉ~・・・この後だってねぇ~教頭や学年主任は帰るのに、仕事頼まれてるから残るのぉ~・・・明日の日曜日もねぇ、部活の顧問だから出て来なきゃいけないのよぉ~・・・分かるかい?休みがないのよぉ~。何で「ごめん先生言い過ぎた!」「ごめんって、だから話し進めて下さい!」「いつも先生には感謝してますって!」「先生のその少し草臥れた感じ、大人って感じでイイと思います!」・・・先生、君達のそういう素直な所好きだなぁ」


 校内でも愉快な連中としてちょっと有名な担任教師とその生徒達の茶番を終えると。


「じゃぁ委員長・・・班決めして下さい。決まったら起こしてぇ」


 担任教師は教壇から降りると、教室窓際の黒板横に置かれている教員用の机に突っ伏して微動だにしなくなり。


 教室内に微かな寝息を響かせるのであった。


 そんな担任の姿を見ても、教室内の生徒達は誰一人として疑問を抱く者はなく。


「じゃぁ、班決めするけど。ウチのクラスは男18に女18の36人だから・・・えぇっと・・・男女混合で6人で6班作らなきゃいけないみたいなんで・・・取り敢えず、男女別で3人組で6班作って、後はまぁ流れで男女でくっついてくれや」


 寝息を立ている担任教師から班決めを引き継いだクラス委員の男女が教壇の前に立ち。

 男子のクラス委員が、教壇に置かれた林間学校について記載されている用紙に目を通すと。

 その用紙を隣に立つ女子のクラス委員へ渡しながら、慣れた感じで生徒達に指示を出していき。


「班が決まったら、その中で班長や副班長、保険担当、炊事担当なんかを決めて、決まったら報告に来てね」


 男子のクラス委員から受け取った用紙に目を通した女子のクラス委員が。

 黒板に林間学校の間の班内役割を書いていきながら、コレまた慣れた感じで男子クラス委員の補足をしていく。


 タダでさえ校内でも愉快な連中と言われるクラスである。


 班決めの段階になると学年内でも一、二を争う程の騒がしさになり。

 普段であれば、余りの騒がしさに他クラスの教員が怒鳴り込んで来ることも稀によくあるのだが。


 他クラスもこのクラス同様、林間学校の班決めをしているらしく。

 普段では聞こえない他クラスからの喧騒が、廊下の方から微かに聞こえてきており。


 学年全体が、それなりに騒がしい状態となっていることが窺え。

 

 教職員も土曜の最後の時間ということで、その騒がしさを容認しているようであった。


 そんな浮かれた騒がしさに包まれたクラス内で。


 居候している家で、共に同居している残念美人と噂される女子大生のその姉から譲ってもらった小難しそうな専門書を、机横のフックにぶら下げたバックから取り出し、黙々と読み耽る少女が1人。


 少女がクラス内の喧騒など何処吹く風と言いたげな、澄まし顔で1人本を読んでいると。


「ジィィィィィィィ」


 本の向こう側・・・正確には前の席から、自身の存在を主張するような声が聞こえてきたので。


「・・・・・」

「ジィィィィ」


 少女は手に持っていた本の文章から視線を外し、本越しに前の席へ視線を向ける。


「ジィィィィィィ」

「油蝉が鳴くには少し早いですね」


 すると、本を読んでいる少女の前の席に座り、ジト目を向けてくる褐色の少女と目が合い。

 本を読んでいた少女は開いていた専門書を閉じ、褐色の少女へ呆れたような表情を向けた。


「セミの鳴き真似じゃねぇよ!」 


 褐色の少女は身を乗り出しながら威勢よく、本を読んでいた少女へツッコミを入れると。


「シュンちゃん、林間学校の班決めだよ!は・ん・ぎ・め!」


 褐色肌の少女にシュンちゃんと呼ばれた少女は、暫く無表情で褐色肌の少女を見詰めた後。


 静かに、ゆっくりと、微かに口角を上げ。


「そのようですね。私は最後に空いているところに入りますからお構いなく」

「おいコラ!此処に!此処に1人!アナタの仲間になりたそうにしている者が、アナタを見ていますよぉ~!」


 シュンちゃんと呼ばれた少女・・・八意 春命(やごころ しゅんめい)は。


 本気かどうか分からない涙目を浮かべながら、自身の存在を身体全体で主張する褐色肌の少女に向かって。


「冗談ですよ沙織さん。それにしても、嘘泣きが上手ですね沙織さんは」


 静かな笑みを浮かべるが。


「いやコレ、ガチだよ・・・」


 春命に沙織と呼ばれた褐色肌の少女・・・泉 沙織(いずみ さおり)は。


「シュンちゃんガチメに言いそうなキャラじゃん。稀にドSになるし」


 春命の机に突っ伏し、非難がましく言いなが、拗ねたように唇を尖らせてジト目を向け。


「私は自分自身がサディスティックな傾向にはないと思っていますが」

「いやぁ~割りかしサドいよシュンちゃんは。特に桜さんに対しては」

「桜さんは大人の癖にイイ加減だからです。私は桜さんにちゃんとしてくださいと言っているだけです」


 春命は机に突っ伏しながら見上げてくるそんな沙織に、心外だと言いたげな表情を浮かべて返した。


「まぁいいや。今はシュンちゃんがドSかどうかの話じゃなくてだね」

「沙織さんが始めた話ですが?」

「じゃぁなくて!・・・ほれ、ほれ、シュンちゃん!今私に言うことがあるんじゃないかい?言ってみ、言ってみ?」

「私が沙織さんに・・・ですか?」

「そう!シュンちゃんが私に!」

「沙織さんが私にじゃなく?」

「シュンちゃんが私に!」

「先程沙織さんが自分で言ってましたよね?」

「ちゃんと!ちゃんと言ってないもん!」


 春命は、沙織がどんな言葉を自分に望んでいるのかは理解していたのだが・・・。


 ー確かに・・・私は少しサディスティックな所があるのかもしれませんね・・・。


 沙織が望む言葉を素直に口に出すのが、少し癪に感じてしまい。


「ハァ~・・・沙織さん」

「ハイハイなんでしょう。春命さん」


 期待を含んだ笑みを浮かべている幼馴染の表情をジト目で見詰め。


「私と・・・」

「私と?!」

「・・・班・・・」

「班?班がなんだって?!」


 春命はそこまで言うと・・・一瞬だけ意地悪な笑みを浮かべた後。


「班が別々になってもお友達ですよ」


 沙織に向かってキレイな笑みを向け、それを言い放つと。


「違うだろぉ!!一緒の班になろうだろぉ~!!」


 沙織はヤンキーの如く巻き舌で、間髪入れずにツッコミを入れ。


「ではそれで」

「クッソォ~!素直にお願いしなさいよ、このサディス子ちゃんがぁ~」

「私は別にサディスティックではありませんが?」


 2人は近日行われる林間学校において同班となった。





「あと1人はどうします?」

「委員長で良いんじゃない?パッと見、他の子達のグループは出来てるみたいだし。委員長は空いてる班に入るつもりみたいだしね」


 春命と沙織が茶番を行っている間にも、クラスの中では男女別のグループが出来上がっていたようで。

 沙織が周囲を見渡すと、男女別の3人組が互いにどの異性グループと組むか窺っている様子で。


 特に男子グループが、春命と沙織のグループを気にかけている様子が顕著に見て取れた。


「では、委員長に声を掛けてきます」

「うん、宜しくね」


 そんな男子達の視線に気付いている沙織だったが。

 

 春命は、自身に向けられる異性からの視線になど興味も向けず。


 沙織は、そんな教壇へ向かって歩く春命の小さな背中に向かって苦笑いを浮かべる。





「委員長。まだ班が決まっていなければ、私と泉さんの班に入って頂けませんか?」


 春命は、教壇に立つ女子のクラス委員に声を掛けると。


「八意さん。・・・うん、良いよ」


 春命に声を掛けられた女子クラス委員は、教壇から教室内を見渡し。

 自分を除いた女子が3人組を作り終えていることを確認すると、春命の誘いに笑顔で頷き。


「ただ、男子グループとは坂本(さかもと)君が入るグループと組むことになるけど良いかな?クラス委員は同じ班にいるようにってなってるみたいだから」


 そう言い終えると、共に教壇に立っている男子クラス委員へ視線を向けた。


 春命は女子のクラス委員の言葉を聞くと。

 沙織の方へ振り返り、意見を聞くような視線を向け。


 沙織は人差し指と親指で小さな丸を作り、了解の意思を春命へ送り。


「構いません」

「じゃぁ宜しくね、八意さん。泉さん呼んできて貰えるかな?班内の係決めしましょ」

「分かりました。泉さんを呼んできますので少しお待ち下さい」

「うん」


 春命は沙織を呼びに教壇から離れると。

 その春命の姿に、教室内の男子達は落胆の表情を浮かべた。





 春命が沙織を引き連れ教壇に戻ると。


 そこには男子クラス委員である坂本の他に、2人の男子が既に集まっており。


 坂本を囲み、『でかした坂もっちゃん。褒美をとらすぞ』『お前がクラス委員なのを感謝する日が来るとはな』などと小声で言いながら、春命と沙織へチラチラと浮ついた視線を向け。


「宜しく新井さん」

「うん。宜しくね泉さん」


 沙織は、そんな男子達の視線に気付きつつも。

 敢えて無視し、女子クラス委員である新井(あらい)と挨拶を交わし。


「ヨロシク、泉、八意」

「よろしくな泉、八意さん!」

「よろしく、泉さん、八意さん!」


 男子クラス委員の坂本も新井に続き、沙織と春命に挨拶を交すと。

 他男子2人も、待ってましたと言いたげな勢いで、沙織と春命に声を掛け。


「宜しくね、坂本君、鈴木君、樋村君」

「宜しくお願いします」


 沙織が愛想良さげな笑みを浮かべながら、男子達と軽く挨拶を交わした後。

 

 春命は無表情で小さく頭を下げるのであった。





 班内で互いに挨拶を交わした後、春命達は班内の係決めを行う。


「一応、コレには『クラス委員には極力班長になってもらうように』って書いてあるんだけど」


 坂本が、教壇に置かれた教員用の林間学校の資料を手に持ち、教員席で寝息を立てている担任へ視線を向けながら同じ班になった春命達にそれを告げ。


「坂もっちゃんが良いなら・・・俺らは構わねぇけど」


 鈴木が樋村へ意思を確認するように横目を向け。

 樋村に異存がない事を確認すると。


「新井達はどう?」


 樋村が坂本と同じ女子のクラス委員である新井の意思を確認するように声を掛ける・・・が。


 彼の視線を新井を気に掛けながらも、春命を気にしている様子であるが・・・それがバレないよう、懸命に取り繕っており。

 

 鈴木も樋村同様、沙織を気にしているのを気取られないように努力はしているようだったが。


 誰が見ても無駄な努力という言葉を体現していた。


「私は別に良いけど。泉さんと八意さんは?」


 樋村から話を振られた新井は、そんな様子の鈴木と樋村の姿に内心呆れつつ。

 自身が班長、又は副班長になるのを受け入れつつも、春命と沙織へ意見を問う。


「私は別に、どうしても班長になりたいとか無いし。シュンちゃんは?」

「私もありません。クラス委員が班長をするのが教員方の都合が良いというのであれば、そうしたら良いかと」


 新井から意見を聞かれた春命と沙織がそう答えると。


「じぁ、私か坂本君が班長と副班長をやるけど・・・坂本君?どちらが班長をやるか・・・」

「あぁ・・・勝負だ。悪いが今回も勝たせてもらうぜ」

「あら。戦績は今のところ同率でしょ?前回の勝負は私が負けただけよ。それなのに、まるで自分が勝ち越してるみたいな言い方はやめてもらえるかしら?」

「そいつは済まなかったな。だけど、今回の勝負できっちり勝ち越して、さっきのセリフにケチつけれねぇようにしてやるよ」


 このクラスが校内でも愉快なクラスと言われる要因になっている理由の一つが。


「おぉい、堂本!委員長バトルだ!」

「よしゃぁ!!」


 何かあれば勝負を始める、クラス委員委員長である新井と副委員長である坂本。


 そして・・・。


「今はホームルーム中だし、他の連中も林間学校の係決めをしなきゃならねぇから、あまり時間が掛かる勝負は出来ねぇ・・・だから今回は、このトランプでHiGH&LOWの一発勝負だ!」


 クラス内で委員長バトルと銘打たれた2人の勝負を仕切る堂本。


 この3人と。


「今回はどっちが勝つかなぁ」

「俺は坂本に賭ける」

「じゃぁ俺は新井にペットボトルコーラ賭けるわ」

「委員長頑張って!」

「ハイローかぁ、運勝負だから勝敗が見えんなぁ」

「昨日坂本のヤツ、犬のウンコふんでたぜ」

「じゃぁツイてないのは坂本の方か・・・」

「イヤ待て。運が付くって言うし・・・この勝負、もしかしたら・・・」

「新井ちゃんはこの前駄菓子屋で買ったジャイアント◯プリコにカ◯すけが描かれてたのよ。今の新井ちゃんはノッてるわ」

「でもでも、そこで運を使い切ってるかも」


 何故かこのクラスに集められた学年中のお祭り好き達によるものであった。





「委員長バトル・・・レディ~GO!!!」


 トランプの用意を終え、勝負の準備を整えた堂本の無駄に気合が入った掛け声によって始る委員長バトルを前に。


 クラスが、やいのやいのと騒がしく盛り上がりを迎える中。


「・・・早く係を決めて下さい」


 唯一春命だけが、こんな騒ぎの中でも寝息を立てている担任教師へジト目を向けながら、ボソリと呟く。









「アッハッハッハ!相変わらす愉快なクラスねぇ。それで、春ちゃんは何の係になったの?」


 何やかんやと騒がしくなったLHRが終わり。

 春命が沙織と共に下校している時。

 アドレス登録数の少ない春命の携帯電話が鳴り。


 少ない登録者数の中で1番利用頻度ー主に連絡を送ってくる頻度ーが高い者からの呼び出しによって。


「私はゴミ係で、シュンちゃんは炊飯係ですよ」

「へぇ~・・・春ちゃんが炊飯係ねぇ・・・向こうでは何作るの?」


 春命は沙織と共に、自身を携帯電話で呼び出した人物とファミレスで昼食を取っていた。


「カレーライスを作るそうです。・・・それと春ちゃんじゃなく、春命です」

「まぁ無難よね。・・・でも春ちゃん、お料理できる?家で作ってる姿見たことないけど」

「普段は義恭さんが作ってくれますし・・・手伝おうとすると遠回しに断られますから・・・料理をしたことはないですね。桜さんはどうなんですか?私も桜さんが家で料理をしている姿は見たことがありませんが」

「・・・私?」


 春命を揶揄(からか)うように話していた、亜麻色の長髪を持つ桜ー神威 桜(かむい  さくら)ーと呼ばれた女性は。


 少し不機嫌そうなオーラを醸し出す春命からの挑発に。

 ニカッと見せた歯を光らせ、男前な笑み浮かべると。


「目玉焼きならバッチリよ!」


 サムズアップを春命に突き付け。

 そんな男前な桜の言動に、春命は無言でジト目を向ける。


「いやだって、さっき春ちゃんも言ってたけど。義恭、私達が台所に立とうとすると邪魔してくるじゃない?何ていうかぁさ・・・『俺の領域に無断で入るな』的な・・・面倒くさい感じでさ」

「あぁ・・・ありますね、そんな感じが」

「え、なに?あんな形で料理とかするんすか?意外ッス・・・はぁ、結構乙女度高いッスねヨッシーさんは」

「乙女度って言うより、かぁちゃん度かな?一緒に生活してるとね、義恭のことをおっさん臭いって思うより、心配性のかぁちゃんかって言葉が出てくるのよ・・・あんな形なのに」

「かぁちゃんっすか・・・お母さんじゃなく」

「そ!かぁちゃん」


 桜は、そんな春命の視線を受け、慌てたように言い訳をすると。


 春命が、この場に居ない巨大な体躯を持った自身の保護者である男性の家での姿を思い起こし、桜の言葉に頷き。


 2人の話を聞いていた沙織も、自身が知る中でも1番屈強という言葉が似合う男性の、自分が知らない思い掛けない姿を聞かされ、面白そうに笑みを浮かべた。


「・・・でも、林間学校かぁ・・・懐かしいわねぇ・・・予定はどうなってるの?」

「一日目は、バスで宿泊施設がある県まで移動し、そのまま県内の史跡や博物館を巡った後、山林内の宿泊施設までバスで移動して、宿泊施設で一泊。二日目は、宿泊施設から登山を兼ねたハイキングです。予定ではハイキングの途中でお弁当を食べ、夕方前には宿泊施設に戻り。宿泊施設の敷地内に自分達でテントを立て、炊飯し、テントで一泊。三日目に一箇所史跡を巡った後、帰宅、という流れですね」

「うぅん・・・中々ハードな感じに聞こえるけど・・・こんなもんだたかしらねぇ」


 春命から林間学校の内容を聞いた桜は、その内容に少し微妙な表情を浮かべ。


「桜さんの林間学校はどうだったんすか?」


 そんな桜に沙織が質問すると。


「え?!私?あぁ・・・ほら、私の地元は他県だし、あんま参考にならないわよ」


 何かを誤魔化すような苦笑いを浮かべ、沙織の質問を流してしまい。


「おまたせ致しましたぁ」


 桜の反応に違和感を覚えながらも。


 注文していた料理が運ばれてきたので、突っ込むタイミングを逸した沙織は。


 少し桜の反応を不思議に思いつつも、ウェイトレスが運んできた自分が注文した料理と共に、その思いを腹の中に収めたのであった。





 春命と沙織は、桜と共にフェミレスで昼食を食べると。

 ドリンクバーの肴に、再び近日春命達の学校で行われる林間学校の事や愉快なクラスの話で盛り上がり。


 結構な時間をファミレスで過ごしていたが。

 

 桜の携帯が鳴ったのを切っ掛けに、その時間が終りを迎えた。


 桜の携帯にはメールが届いており。

 

 メールの内容を確認した桜は、少しイタズラっぽい笑みを浮かべると。


 春命と沙織を連れ、自身が運転する車で自宅ー居候先である義恭の家ーへと帰るのであった。


 そして・・・。


「おう、お帰り、春・・・それと桜」

「ただいま帰りました義恭さん」

「私をついでみたいに言うな」


 帰り着いた自宅の庭には、ヒグマのような大きな男が、足元に色々な道具を置いて、3人の帰宅を待っていたのであった。


「沙織ちゃんも久しぶりだね。いらっしゃい」

「お久しぶりッス、ヨッシーさん。お邪魔します」


 春命と桜、沙織は、庭に駐めた車から降りると。

 見るからに近寄りがたい程に厳つい大男に軽口を叩きながら挨拶を交わし。


「庭にこんな大荷物広げて何やってんスか?」


 沙織は、そんな自身の父親と同じ年頃の義恭へ小走りで駆けていき。

 彼の厳つさに臆すること無く傍に寄ると、彼の足元に広がる道具を物珍しそうに覗き見る。


「あぁ・・・さっき桜から連絡もらってな」


 義恭はそんな沙織や彼女の後に続いてやって来た春命と桜へ、渋さを感じさせる笑みを浮かべると。

 

 腰を屈め、足元の荷物を解きながら。


「お前ら今度、林間学校でキャンプするんだろ?外で飯作って、テント張るって桜から聞いてな」


 荷物の中からテントや飯盒(はんごう)、組み立て式のファイアーピット等を取り出し、地面に広げていき。


「春は、キャンプに連れてった事なかったし。炊事係なんだろ?料理とか教えたことも無かったからな・・・」


 そこまで言うと。


 口下手な義恭は、『わかるだろ?』と言いたげな雰囲気を醸し出しながら、黙って荷物を広げる事に専念する。


「・・・自分達で作るのはカレーとの事です。カレーなら家庭科の時間で作ったことがあります」


 春命は、そう言いながら義恭の隣に立つと。


 まるで飼い猫が主に寄り添うように、義恭と同じようにちょこんと腰を屈めて、彼の手元を覗き見る。


「炊飯器で米を炊くのと、飯盒で炊くのじゃ、やりようが違う。それに、まぁ、教師連中が近くに居るだろうから大丈夫だろうけど・・・こういう場合での火の取り扱いってのも覚えておいた方がいい・・・テントも自分達で張るんだろ?言葉で教えられても、実際やるとじゃ色々と違うもんだ。林間学校でどんなタイプのテントを張るか分からないが、一度『こういうもん』だってのを知っておけば、応用は利く」

「義恭は、2人が心配だから予行練習を兼ねて、キャンプをする上での注意喚起がしたいんだよねぇ・・・過保護さん?」


 そして、いつの間にか義恭を挟んで反対側で、春命同様に彼に寄り添うように屈んでいた桜が。

 義恭を横から覗き見ながら、揶揄うような笑みを浮かべていた。


「・・・・・・・キャンプをする上で火は重要だ。だが、取り扱いを間違えれば、一生消えないキズを作る事にもなる。2人が係じゃなくても、火の扱いは覚えておけ」


 義恭はそんな桜のおちょくりを無視し、道具の準備を終え立ち上がると。

 自分の横で見上げてくる春命と、広げた道具の向こう側で、春命同様に見上げてくる沙織に穏やかな笑みを向け。


「2人共!今日は来たるべき林間学校に備え、我が家の庭でキャンプをするわよ!」


 義恭に無視された桜は、立ち上がりかけに彼の横腹にパンチを放った後。

 片手を高らかに掲げながら、春命と沙織に威勢よく言い放つ。


 そんな桜の姿に。


「なにそれ楽しそう!」

「当然楽しいわよ!」

「・・・それは。桜さんがしたかっただけでは?」

「えぇ、そうよ!本当言えば、私だって春ちゃんと沙織ちゃんと一緒に林間学校に行きたい!でもイケない!イケないのよ!だって私は大学生だから!だったらせめて、2人と家の庭でキャンプしても良いじゃない!」


 沙織は、ワクワクしたように瞳を輝かせ。

 春命は、少し呆れたようなジト目を向け。 

 

 義恭は、殴られた横腹を擦りつつ。


「沙織ちゃん。君がよければ今日は泊まっていくと良い。泊まっていくなら、親御さんには俺から連絡をいれるから」


 楽しそうに笑みを浮かべ桜のお馬鹿な演説を聞いていた沙織へ声を掛けると。


 両親の事を耳にした瞬間、一瞬だけ沙織の笑みに陰りが生まれたが。


「大丈夫よ!義恭に任せとけば問題ないわ!」


 その事に気付いて・・・いないであろう桜の。

 なんとも呑気で愉快なテンションからの言葉に。


「じゃぁそうします!よろしくッス、ヨッシーさん」


 沙織は先程まで見せていた、何処か他所向きな笑みではなく、満面の笑顔で、元気に応えた。





 春命と桜が居候している義恭の自宅は、都市開発が盛んな市内から少し離れた場所にあり。

 様々な木々からなる雑木林が茂る小高い丘の中腹に、時代を感じさせる2階建ての木造建築からなる家で。


 家の庭は非常に広く、母屋である木造家屋から少し離れた場所には。

 義恭の仕事をする上での事務所兼倉庫であるコンテナハウスが置かれており。

 コンテナハウスの横には、義恭が趣味で乗っているマニュアル車と大型バイクが保管されている車庫が建てられ。


 コンテナハウスの前には、義恭が仕事で使用しているワンボックスカーと、ちょっとした足として使用する中型バイクに、桜が通学で使用している軽自動車や原付きバイクが置かれ。

 

 それらを内包し守るように、家の敷地内は2m程の垣根で囲われていた。


 母屋である木造家屋の前に広がる庭も広く。


 義恭が縁側に手を加えDIYしたウッドデッキの側では。

 春命と沙織が、義恭の指導の元、ファイアーピットを中心にテントを張り、飯盒炊飯の準備を整えていた。


「かんぱぁ~い!ホレホレ愛花、かけつけ一杯よ!」

「アンタ・・・あの子達働かせて、自分だけ酒盛りって・・・」

「いいのよぉ~、義恭が見てるんだからぁ~」

「桜が言い出しっぺだったんじゃないの?・・・まったく」

「アッハッハッハァ!ウチの可愛い子達が楽しげにはしゃいでいる姿を眺めながら飲む酒は格別ねぇ~」


 桜は、そんな春命と沙織の姿を酒の肴に、ウッドデッキに置かれた机の上に空の缶ビールを転がしながら。

 新たに開けた缶ビールを、自身が呼びつけ、先程到着した宮本 愛花(みやもと あいか)に差し出しつつ。

 アルコールで赤くさせた顔で、楽しげに高笑いを上げていた。


 そんな桜にお呼ばれして額戸家を訪れた愛花は。


 いつから飲んでいたのか・・・と。


 パンパンに膨れた大きなビニール袋を、前傾姿勢になりながら両腕にぶら下げつつ。

 ウッドデッキで既に出来上がっている桜の姿にジト目を向け、呆れてしまう。


「いらっしゃい宮本さん」

「あ、お邪魔します、額戸さん。桜からバーベキューするからって、お呼ばれされたんですが・・・」

「バーベキュー?」

「へぇ?」

「?」

「アッハッハッハッハッハァ!」

「「・・・・・・・・・」」


 そんな両手一杯に荷物をぶら下げて現れた愛花に。


 義恭は、彼女が此処にいる理由が分からず、少し不思議に思いながらも。

 桜や春命だけでなく、沙織とも友好のある愛花の訪問を拒む理由もないので、向かい入れるように声を掛けるのだったが。

 愛花の返答に予定のない単語が含まれていた事で、一瞬だけ思考がフリーズしてしまい。


 義恭のその様子に、愛花も何かしらの不穏な雰囲気を感じ取り、義恭と似たような状態になるが。


 2人は直ぐさま通常運転を始めた思考で状況を飲み込むと。


「・・・そうか。あぁ、うん・・・バーベキューもするか」

「あ、あの。よかったらコレ、使ってください。桜から連絡貰った時に、一緒に買い出しメモも送られてきて、買ってきた物なんで」

「わざわざ済まない。後で精算させてもらう・・・後、あのバカにはお灸を据えてやらんとな」

「ホント・・・アレは一度痛い目見た方が良いですよ・・・割とガチで」


 2人は馬鹿笑いしている桜に、冷たい視線を向けるのであった。





 日が傾き始めた頃。


 額戸家の庭には、ファイアーピットを囲うように折りたたみできるアウトドアチェアが5脚置かれ。

 側には5人程が余裕を持って寝転べるテントが立ち。

 バーベキューコンロがファイヤーピットを挟んでテントの反対側に設けられおり。


「カレー、少し足りなかったかもですね」

「バーベキューもしてるし、丁度いいぐらいよ」

「義恭さん、如何ですか?・・・カレーのお味は」

「うん?あぁ・・・まぁ、市販のルー使ってるしな」

「ちょっと義恭!春ちゃんはそういう事聞いてんじゃないのよ!」

「あぁ?え、あぁ・・・こういう煮込み料理系は、食材の大きさを揃えて切ることで、火の通りが均一になり、味の染み込みも良くなって、食べやすくなる。このカレーはそれが出来てるから・・・」

「不器用か!何でそんな面倒臭い言い回しになんのよ!もっと簡単に素直に言いなさいよ!」

「あ、あぁ、うん。美味いぞ・・・美味い。良く出来てる」

「・・・ありがとうございます」

「ヨッシーさん・・・マトモな大人に見えるのに、残念な感じが拭えないッス」

「桜も残念な所があるからねぇ・・・似た者同士なんでしょ。残念な大人に囲まれて、春命ちゃんが苦労するわ・・・」

「ちょっと愛花!義恭が残念なのはそうだけど!「おい、誰が残念か」私は学業優秀、質実剛健、容姿端麗、純情可憐と、誰がどう見ても立派な春ちゃんの美人お姉さんでしょ!」

「桜さんは、私の姉ではありませんし。私は春ちゃんじゃなく、春命です」

「いやぁ~桜さんのそういう事を臆面もなくガチで言える所、そこに痺れる、憧れるッス」

「アンタのそういう所が残念なのよ。構内の一部では、アンタのこと残念通り越して、がっかりって言われてんのよ?がっかり美人って」

「が・・・がっかりって・・・誰よそんな事言ってんの!ブチのめしてやる!」

「俺・・・残念なのか・・・」


 バーベキューコンロを囲って、春命と沙織が作ったカレーを食べつつ。

 義恭が焼いているバーベキューを前に、桜と愛花、春命、沙織達が、顔に笑顔を浮かべ、時には姦しく、騒がしく。

 

 日が完全に沈むまで楽しい時間を過ごした。





 太陽が完全に沈み。

 空に月と星の優しい輝きが見られる頃。


 お腹も膨れた姦し女子達は、ファイアーピットを囲むように置かれたアウトドアチェアに座り。


「このお茶、美味しいわね」

「裏庭で義恭が育ててるの。それを取ってきて入れたのよ」

「・・・勝手に取ってきたりしてませんよね?あのハーブ、大切にお世話してたみたいでが」

「大丈夫よ・・・ホンノスコシダケダシバレナイワ」

「アッハッハ・・・それにしても、ホントに蚊が寄って来ないもんスね」

「炎や煙に蚊を遠ざける効果があると、義恭さんが言ってました。ただ、テントで寝る時はちゃんと虫よけはするようにと」


 ファイアーピットで沸かしたお湯で作ったハーブティーを片手に、まったりとした時間を過ごしていた。


「あぁ・・・なんかもう。林間学校行かなくても良い気がしてきたよ、あたし。ヨッシーさんに、色々教えてもらえたし。これで明日裏山を散策したら、これはもう林間学校と言ってもいのではないだろうか」

「そうですね・・・行かなくても十二分に学びがあったと感じます。林間学校へいっても、今日以上の学びがあるとも思えませんし」

「コラコラコラコラ、若人共。何を言ってるかなぁ・・・良いかい、こういう行事は大切にせにゃならよ。多くの同年代とキャッキャウフフ、ワイワイガヤガヤしながらやるのも、また乙なもんなんだよ?」

「まぁ・・・春命ちゃんは内向的な所があるから、そう言うのも分かるけど。沙織ちゃんは、学校行事とか楽しみにしてそうなイメージがあったから、さっきの言葉・・・本気で言ってそうで、少し予想外かな」

「チッチッチッ、甘いよ愛花。春ちゃんは生粋陰キャだけどね。さおりんは隠れ陰キャなのだよ」

「アッハッハ。自分隠れ陰キャっす」

「それも拗らせ気味の隠れ陰キャ」

「いやぁ~自分拗らせてますねぇ~」

「本当なら春ちゃんより林間学校に行きたくない筈よ」

「正直、行かなくていいならガチで行きたくねぇッス」

「もし春ちゃんが行かなかったら、この子行かないわよ」

「行かない」

「いや、そんな本気トーンで言わなくても・・・」

「面倒臭い子なのよ」

「面倒臭くてすんませぇ~ん」

「何なんだお前らは」


 そんなやり取りをしている3人を横目に、春命は静かに炎を見詰めながら、桜が入れたハーブティーを飲んでいると。


 春命と桜の間に置かれていた空席の少し大きめのアウトドアチェアに、バーベキューの片付けを終えた義恭が座り。

 ファイアーピットの横に置かれたポットへと手を伸ばし、自身の空のコップに、桜が入れたハーブティーを入れ。


 それを口にすると。


「・・・・・・・・・」


 黙って、隣のアウトドアチェアに座っている桜へ手を伸ばし。


「イッた!」


 彼女の頭を一度叩き。


 再びハーブティーを口へと含み。

 一心地ついたように静かに深く息を吐いた。





 市街地から離れた場所にある春命と桜が居候している義恭の自宅は、近隣からも離れた場所に立ち。

 市街地からの街明かりが届かず夜は暗く、街の喧騒からも離れとても静かであり。

 

 家の敷地内と言え、母屋である木造家屋の明かりがなければ、開けた森の中に居るのと変わりなく。


 今は母屋に誰も居ない為、家に明かりが灯っておらず。


 春命と沙織、桜、愛花、そして義恭達は。

 目の前のファイアーピットで燃えている炎の明かりと、空の月と星明かりだけの、薄暗い静かな空間に囲まれていた。


 平時であれば、そんな空間に長居したいと思うことなないだろう。


 特に子供や女性なら、恐怖すら感じることだろうが。


 先程まで行っていたバーベキューや、キャンプをしているといった平時とは違う特別な行いと。

 共に炎を囲っている友人達の存在に、その中でも一際大きな存在感を放つ巨大な体躯を持つ人物のお陰で、怖さを感じることは無かった。


・・・のだが。


「それで・・・林間学校ってどこに行くんだ?」


 彼女達に安心感を与えていた大きな存在感から放たれた小さな疑問が。

 

 彼女達にほんの少しの恐怖を感じさせる切っ掛けを与えてしまう。





「〇〇県の山間部にある宿泊施設です」

「県外に出るの?こっちの学校は県内でやらないんだぁ・・・」

「桜さんは違ったんですか?」

「ほら、私の地元、コチじゃないし。ウチの地元の公立校は県内で済ませてたみたいだよ・・・ヨクシランケド。愛花、アンタここ地元だったでしょ?同じ場所だったりする?」

「え?あぁ・・・そうね。私も林間学校は〇〇県に行ったわね。ただ、春命ちゃん達と同じ宿泊施設かは、ちょっと分からないけど」

「どこ行ったか覚えてないの?」

「覚えてるわよ。ただ、いちいち使用した施設の名前なんて覚えないでしょ?桜は林間学校で使った宿泊施設の名前覚えてんの?」

「覚えてるわけないでしょ」

「何で偉そうに覚えてない事をそこまで胸張って言えるのよ。でも、まぁ・・・この地域の公立校ならだいたい同じ場所じゃないかな。ハイキングで〇〇県の自然保護区行くんでしょ?私も・・・行ったしね・・・」


 義恭の疑問に答えた春命の言葉に、桜達が話を膨らませていき。

 静かだった空間に、再び姦しさが舞い戻ってくるかと思いきや。


 愛花が話の途中で何かを思い出したように渋い表情を浮かべ、話の語尾を言い淀む。


「何、愛花?アンタ林間学校で何かあったの?まぁ、あれよねぇ~、同年代同士での集団お泊りイベントだもんねぇ。テンション上がっちゃう子達も居るでしょうし。コレを機に、色や恋に浮かれちゃう子も居るでしょう。そんな中、林間学校で黒歴史を作ったとしても、それは仕方のないことよ。若さ故の過ち・・・もう自分を許してあげなさい」


 桜は、そんな愛花の態度に直感のようなモノが働き。

 

 彼女が林間学校で『何か』をやらかしたのだと思い、おちょくるような笑みを浮かべ、からかい混じりの軽口を放つが。


「何勝手に人の過去に黒歴史作ってんのよ。違うわよ・・・ただちょっと、変な噂を思い出しただけよ」


 愛花は、そんな桜へ向けジト目を向けながら。

 手に持っていたハーブティーが入ったコップを口へと運び。

 これで話は終いだといった態度を見せたのだが。


「変な噂ッスか?どんな噂なんスか?」


 だがそれを、好奇心旺盛なお年頃女子である沙織が逃すこともなく。


「そうだ、そうだ。変な噂って何なのよ。言いなさいよ、気になるでしょ?」


 追撃とばかりに、沙織に便乗してた桜が、愛花へ話をするように騒ぎ立てると。


「はぁ~・・・・」


 愛花は2人からの騒がしい促しに、辟易した表情を浮かべつつ。


「あそこの自然保護区は、ちゃんと整備されてるし、色々な動植物が見れるから観光客とか多くて、すごい有名でしょ?」

「まぁそうね。歌にもなってるくらいだし・・・♪夏がくぅ~れば思い出すぅ~♪ってなもんで」

「桜さんめっちゃ歌声綺麗ッス!」

「フッフゥ~」

「そのドヤ顔を止めろ。殴りたくなる」

「ちょっとイラッと来ますね」

「アレ、アレレェ~・・・義恭も春ちゃんもちょっと私に厳しくなくなくない?」

「・・・話を続けても宜しいかしら?」


 愛花は、春命達と同年代だった頃、通っていた学校で流れていた噂話を語った。





 この地域の学校で行われる林間学校では毎年、その自然保護区のある県へ行くことになていた。


 昔から毎年の事でもあり、行く場所も同じなので。

 この地域に住む者なら、一度はその自然保護区や宿泊施設に泊まる経験する訳で。


 現在この地域に住まう子供達の親やその親、そのまた親の世代も同様の経験者となり。

 

 この地域に昔から住まう親の世代にとても、子供達の林間学校イベントは。

 子供と学校での話題を共有できる貴重なイベント事の一つでもあった。


 そんな林間学校イベントには昔から『ある噂』が囁かれていた。


 その噂とは・・・。


 林間学校に参加した者の中から数年に一度、『神隠し』に遭う者が現れる・・・と、言ったものであった。









 神隠しの噂は昔から囁かれていたモノであり。

 以前、この噂を聞きつけた大学の教授が真偽を調べたらしく。


 その者が調べた限りでは真偽不明として、調査を終えたとの事だった。


『真偽不明』


 真実か、偽りか、定かではないと言うこと。


 大学教授が調べを始めると、確かに林間学校に参加した者の中から数年に1人は行方不明者が出ている事が判明した。


 だが、コレが『神隠し』であるかと言われると頭を捻った。


 全国の行方不明者数は年間でおおよそ8万人。

 その中からこの地域で限定しても、特に不自然な偏りもなく。

 

 更に、子供の頃この地域に住み、林間学校に参加して、その自然保護区へ行ったことがある者と条件付きをしても。


 許容できる範囲であり。

 特別この地域だから行方不明者が多い訳でもない。


 では、何故そのような『神隠し』なる噂が、この地域に流れているのか?


 その噂がいつ頃から流れ出したのかを遡り。

 噂の発信源を調査してみると。


 遡ること大正初期。

 10代前半の少女が。


 今はまだ保護区として指定されていないその地域で、不自然に姿を消した事件が起きた事が判明した。





 それは唐突な事だったという。


 当時、姿を消した少女と両親は、自然しかないその地域に住んでいた農民で。

 

 両親と共に野良仕事をしていた時。

 ふと、両親2人が少女から目を離した瞬間。

 そこに居た筈の少女が、忽然と姿を消したと言う。


 同じ畑にいた筈なのに。

 先程まで鍬を手に、畑を耕していた筈なのに。


 畑には鍬が、今振り下ろされ、土に突き立てたれたように刺さたまま。

 

 その持ち手の姿だけが見えなくなったかのように。


 少女の姿が消えていた。


 少女の両親は、最初は少女の悪戯かと思い、笑って少女に出てくるように呼び掛けたが。

 

 いつまで呼んでも姿を見せず。


 少女が姿を消したと理解した両親は、直ぐに捜索の届け出を出し、警察や村の者達と共に、少女の行方を探したと言う。


 だが、1日が過ぎ、2日が過ぎ・・・1週間、1ヶ月が過ぎても見つけることが出来ず。


 この事件は神隠しとして、当時の新聞にも取り上げられる事になった。


 この神隠し事件が、多く者達の目に触れられるようになった事で。


 決して裕福ではなかった農民の両親は。


 いつしか口減らしの為に自身の娘を殺したのだと、外部から心無い言葉を浴びせられるようになり。


 少女の両親は、大切な娘を失った悲しみと、根拠のない無責任な悪意に心を痛め、衰弱していき。


 姿を消した少女の両親が、少女を大切にしていた事を知っていた村の者達は、そんな両親を励まし、支えていたのだが。


 両親は、精神を病み・・・2人は少女の下へ行くかのように、寄り添って心中してしまう。


 ここまでなら、少女の姿が消えた理由意外、何処にでもありそうな、子供を失った親の悲しいお話で終わるのだが。


 この話が『神隠し』と紐付けられる理由が。


 両親の死後5年が経った頃。

 突然両親の前から姿を消した少女が見つかったからに他ならない。


 見つかった少女は、当時のままの姿・・・とは言えず。

 

 それなりに歳を取っただろう成長した姿で。

 姿を消した地域でなく、この地域ー春命達が住む場所ーで発見されたのだが。


 発見された少女には昔の記憶がなかった。


 だが少女の顔は、成長しているとは言え、それを差し引いても、姿を消した少女の顔と瓜二つ。

 

 更には姿を消した少女が幼い頃、とある事故で作ってしまった特異な身体的な特徴を持っており。

 

 姿を消した少女を知る者達は、見つかった少女は間違いなく、あの両親の娘であると、断言できる程であったのだが。

 

 発見された少女を昔から知る者も現れ。


 発見された少女は、昔からこの地ー春命達が住まう地ーで、幼い頃急逝した両親ー発見された少女のーが残した家に住み、1人逞しく生きている子であると証言する。


 姿を消した少女を知る者は、間違いなく心中したあの両親の娘であると言い。


 発見された少女を知る者は、それは他人の空似と言う。


 そんな中、当人の少女自身は・・・双方の言葉を、肯定も否定もぜず。


 少し悲しげな笑みを浮かべるだけだったと言う。





 大学教授は『この話』が、神隠しの噂の元になったのだろうと考えたが。


 だが、こんな事件一が、この地で今も続く『神隠し』の噂になるのだろうか?


 何か他に、近年で切っ掛けになるような事がなければ、『神隠し』の噂など流れないだろうと考えた大学教授は。


 調べていくうちに不可思議な『事故』を見つけた。





 それは、この地域の公立校が林間学校で自然保護区へ訪れた際に発生した『遭難事故』であった。


 事故内容を端的に述べると。


 林間学校で自然保護区を訪れていた学生の1人が、ハイキング中に遭難し、行方不明となり。

 

 2日後、遺体で発見される・・・と、いった『事故』である。


 ハイキング中の遭難事故などよくある話・・・とまでは言わないが。

 

 決してないとは言えない事柄であり。

 神隠しや行方不明とはまた毛色が違う話だったので。

 大学教授は『事故』について調べるまでしていなかった。


 残されている『事故』記録や当時の地方新聞にも。


 県内の女子学生が、林間学校で訪れていた自然保護区で遭難し、後日遺体で発見される。


 この程度しか情報が無かったから。


 大学教授も、この『事故』は『神隠し』の噂に関係ない事柄だろうと思っていた・・・のだが。


 調べ物の途中、行き詰まりを感じた大学教授が、気分転換に何の気無しに手を伸ばし、偶然手にしたオカルト雑誌に掲載されていた内容が目に止まり。


 自然保護区で発生した『遭難事故』が、只の『事故』では無い可能性に気付く。


 大学教授が手に取ったオカルト雑誌は、自然保護区で女子学生の『遭難事故』が発生した当時の物であり。

 オカルト雑誌には、その『遭難事故』は『神隠し』であったと特集されている記事が掲載されたいた。


 掲載された記事によれば。


 当時、遭難した女子学生は、学校の林間学校で自然保護区を訪れており。

 自然保護区のハイキングコースをクラス単位の集団で歩いていたと言う。

 

 その時、女子学生の周囲には、クラスメイトは当然として、仲の良い友人と共に並んで、ハイキングコースを歩いていたという。


 だが・・・。


 女子学生の友人が、彼女を視界から外した瞬間。

 隣を歩いていた女子学生の姿が消えてなくなった。


 女子学生の友人は、女子学生が忽然と姿を消した事が理解できず。

 ハイキングの足を止め、不思議そうに周囲を見渡していたと言う。


 そんな彼女の後に続くクラスメイトは不審に思い、不思議そうに周囲を見渡す女子学生の友人に声を掛け。


 女子学生が姿を消した事が、ハイキングの先頭を行く担任教師の耳に届き。


 そこで初めて『遭難事故』が発覚した。


 掲載されていた記事には、女子学生の友人から直接取材したという内容が記載されており。


『ほんの一瞬。視界の端で揺れた木々に視線が向いて・・・なんでも無かったので〇〇ちゃんへ視線を戻したら・・・そこには誰も居なくて・・・。先に行ったような足音もなかったし・・・。少し先を歩いてたクラスメイトも。少し後ろを歩いていたクラスメイトも、〇〇ちゃんの事、見てなかったって言うし・・・私が・・・〇〇ちゃんから目を離したから・・・』


 女子学生の友人からはコレ以上の話は聞けなかったらしく。


 オカルト雑誌には他に、発見された遺体には不自然なことが多くあると記載されていた。

 

 遭難2日目に発見された女子学生の遺体は・・・。

 

 死んだのが遭難した日と仮定しても、余りにも腐乱が進んでおり、原形を留めていない程に食い荒らされていたという。


 更には、身に着けていた衣類の傷み具合からも、長時間森を彷徨い歩いていた事が知れ。


 軽く見積もっても半年以上前の遺体であろう事が窺え。


 記事には最後に、これらの事実を鑑みても、この出来事は『遭難事故』ではなく、『神隠し』であろう・・・と、記載されていた。





 大学教授はこの『遭難事故』で何が起きたのかを調べる為、今も生きている当時林間学校に参加していた人を探し出し、話を聞くが。


 一様に口を閉ざすか。

 知らぬ、存ぜぬ、分からぬと、話すのを嫌がっている様であった。


 当時の学校関係者が緘口令でも出し、いまだにそれを守っているのだろうか。


 だが、人の口には戸が立てられぬとも言う。


 当事者である学校関係者で無くとも、『遭難事故』を知って、あのオカルト雑誌を読んだ者であれば。

 林間学校で起きた出来事を『神隠し』として、吹聴することはできる。


 そして、長い時間を掛け。


 この地に代々生活している者達によって、これらの出来事が『林間学校の神隠し』として根付かせ。


 今も噂として語られているのだろう。









「ってな内容の本を図書館で見つけまして。著者名確認したら先生だったんでビックリ!」


 春命と沙織の林間学校のリハーサルを終えた週明け。

 

 桜は、あの夜愛花から聞て、皆でちょっと怖い思いをした『林間学校の神隠し』の話がどうにも気になてしまい。

 

 大学の図書館でこの地の郷土史料を探していたのだが。


「また随分と懐かしいものを引っ張り出してきたものだね。その本は、この大学に赴任が決まった時、この土地にどんな歴史があるのかを知る為、色々調べてね・・・その時に執筆したものだよ」


 自分の知り合いに『林間学校の神隠し』の話しに詳しい人間が居ると知り。


「いやぁ、自分で調べるのは正直面倒臭かったんで、なんか知ってたら教えて下さいよ、先生」


 面倒な調べ物をしなくて済むと、意気揚々と研究棟の一室へと訪れたのだが。


 古めかしいキセルを吹かす、桜から『先生』と呼ばれた中年の女性は。


「その本に書いた以上の内容は知らないよ。私はタダの民俗学の学者だ。刑事でも探偵でも稗田礼二郎でもないんだよ」

「稗田さんに礼二郎なんて親族居ませんよ?」

「いや・・・あぁ、うん・・・そうかい」


 疲れたように少し肩を落としながら、机に置かれた煙草盆にキセルの焼けた葉を捨て。


「桜君。これは老婆心からの忠告だ・・・『そういうモノ』には、深入りは禁物だよ。民俗学などと言うアングラを飯の種にしている者が言う事でないだろうけどね。昔から語られるモノには、語られるだけの理由があるんだよ。そしてその理由は、大半が些細なものだが。中には知らなくても良いモノもある。この業界に長く居るとね、これ以上先に進むかどうかの線引と言うか・・・嗅覚が働くようになるんだ。そして私は、その本において、記載通りの終わらせ方をして、それ以上踏み込まなかった」

「・・・嗅覚が働いたって事ですか?」

「どうかな・・・昔のことなんで忘れたよ。どうでもいい事は忘れることにしているからね。だが、そのように終わらせて、忘れているということは・・・私にとってはどうでもいいことだったのだろうね」


 先生はキセルに新しい葉を入れると。

 火を点け、キセルを咥えて深く吸い込み。


 プハァ~・・・。


 桜に向かってわざとらしく大きく煙を吐いてみせ。


「桜君。深入りした本人が痛い目に遭うのは自業自得だが。必ずしも本人だけが痛い目を見るとは限らないんだよ」


 シニカルな笑みを浮かべた。


「・・・じゃぁ、帰ります」


 桜は暫く考えるように虚空を見詰めた後。


 手の持っていた教授の本を彼女の机に置くと、先生に背を向けて部屋を出ようと歩き出す。


 そんな彼女の後ろ姿に、教授は一心地付いたように静かに息を吐きだしてから。


「桜君?」

「・・・なんです、先生」


 呼び止め。


「先日のゼミのレポート・・・今週末までだぞ」

「!?」

「提出期限は延びないぞ」

「分かってますよ!じゃぁ失礼します!!」


 ドスドスと音を立てて去って行く桜に向かって、悪戯な笑みを浮かべた。








 早朝の少し肌寒い中。


「ファ~・・・忘れ物とか無い?酔い止め持った?」


 家の庭に駐車されているワンボックスカーの前では、半袖、短パン姿の桜が、欠伸を噛み殺しながら眠そうな表情を浮かべ、これから数日家を空ける事になる春命の見送りをしている。


「持ちました。それに、私、車には酔いません」

「でっかい観光バスに乗るんでしょ?普段通学に使ってる市バスとも違うし。クラスメイトとワイワイしながらだと、不意に酔ったりしちゃうから、持っといた方が良いわ。転ばぬ先の杖ってやつよ」

「はぁ・・・分かりました」

「それに・・・春ちゃんが酔わなくても。沙織ちゃんが必要になるかもしれないでしょ?あの子、こういう準備は苦手だろうからね。その分春ちゃんがフォローしてあげないとね?」

「はい」

「暖かくなってきてるけど、山や森の中は、朝と夜は冷えるからね。嵩張るかもだけど温かい上着は持たないと」

「大丈夫です、持ってます。昨夜一緒に確認したじゃないですか」

「山は天候が変わりやすいからね。雨具は折りたたみの傘じゃなく、カッパだから。ハイキング中に手が塞がるような物を持ってちゃダメなんだからね」

「分かってます。カッパも厚手の手袋も持ちました」

「それから「おい!」・・・なによ、義恭」

「時間。沙織ちゃんも拾ってかなきゃいけないんだから、もう出ないと。・・・心配し過ぎだ。春だって何から何まで準備してやらないとならない子供じゃない」

「だって!春ちゃん、私達と離れて外でお泊りするの初めてなのよ!」

「学校行事だぞ。別に泊まり先で1人って訳じゃないだろう。周りにはクラスメイトも居るし、沙織ちゃんだって居る。引率の教師も居るし、ハイキングやキャンプには専門のガイドだって付くんだ。ったく・・・ほら行くぞ春。車乗って」

「はい。じゃぁ桜さん行って来ます」

「お腹出して寝ちゃダメだからね。体調が少しでも悪いって感じたら、我慢しないで直ぐに先生方に言うのよ。寂しかったら何時でも電話してね」

「・・・はい」


 桜は、義恭の家に居候するようになってから、毎日妹のように可愛がっている春命が。

 学校行事とは言え、自身の手が届かない場所に赴き、更には数日家を空けることに不安で堪らず。

 林間学校へ行く数日前からこんな調子で春命の心配をしており。


 春命も、初めは自身を心配してくれている桜に対し。

 決して表に出すことはないが。

 気恥ずかしさと大切に思われている嬉しさを内心で噛み締めていた・・・のだが。


 出発前夜の昨夜から、過干渉とも言える桜の態度に。

 春命は正直辟易とした気持ちを抱いていた。


 でも・・・。


「春ちゃん・・・いっぱい楽しんできてね」


 それでも、いつも自分を大切に思ってくれる桜の存在に。


「学校行事です。楽しんでくるモノなのでしょうか・・・でも・・・はい。楽しんできます」


 春命は、少し素直になろうと思えた。





 林間学校の出発が普段の登校時間より早く。

 平時の登校に利用しているバスがダイヤ的に使えず。

 

 義恭が運転するワンボックスカーで、春命と沙織は学校まで送り届けられる。


 学校に到着すると、学校前の道路には、観光バスが数台ークラスの数ー停まっており。

 校門前には、春命と沙織のように家族に車で送り届けられた学生の姿がチラホラ見え。

 校庭には、これから林間学校へ行くであろうジャージ姿で大きなリュックを背負った学生の集団や先生方の姿が見て取れた。


 義恭が運転する車は、邪魔にならないように学校から少し離れた路肩に停まり。


「じゃぁ、春、沙織ちゃん。行ってらっしゃい」

「送って頂きありがとうございます、ヨッシーさん!いてきまぁッス」

「行って来ます、義恭さん」


 春命と沙織が車から降り。


「あぁ、春。コレ、持ってけ」

「・・・なんでしょう?」


 リュックを背に学校へ向かう春命を引き止めると。

 革紐を通された銀色の指輪を渡される。


「旅の御守だ。首に掛けとけ」

「はい。ありがとうございます、義恭さん」

「じゃぁ、戻ったら連絡くれ。迎えに来るから」

「はい」





 校庭に集まった林間学校参加者の学生や先生方は、長話を嫌う校長の手短な話を聞いた後。

 教師連中からの注意や、今回林間学校に同伴するカメラマンやガイドさん方の紹介を受け終わると。


 1組から順に観光バスへと乗り込み、目的地の〇〇県へと出発した。





「シュンちゃん、その指輪は?」

「義恭さんから出発前に、旅の御守と渡されました」


 春命と沙織は、観光バスの中程の席に2人並んで座り。

 騒がしい程のクラスの喧騒の中にいながらも、マイペースに自分達だけの空間を作っていた。


「随分とシンプルなシルバーリングだねぇ」

「コレは・・・市販品では無いかもですね」

「分かるんかい?」

「市販の物なら、貴金属の含有率を示す刻印がありますが、コレにはそれがありません」

「表に・・・黒い鳥?が小さく掘られてるねぇ」

「そうですね。猛禽類でしょうか」


 2人は義恭が春命に渡した指輪を不思議そうに眺める。


 年齢的にはアクセサリーの1つや2つ持っていても不思議ではないのだが。

 2人はどうにもその点には無頓着で、今までアクセサリー等に興味を持ったことが無かったので。


 余計に義恭が与えた指輪に興味津々であった。


「この鳥・・・なんか変だね・・・あぁ、足が3本あるんだ。足が3本の鳥って居るの?」

「居ませんよ。これは恐らく八咫烏が刻印されているんでしょう」

「やたがらす?」

「日本の神話に出てくるカラスです。足を3本持つ太陽の化身だとか。それと・・・」

「へぇ~・・・」

「・・・興味を無くしましたね?」

「え?!あぁ・・・難しそうな話になりそうなんでぇ・・・」

「・・・・・・」


 だが、これ以上指輪に関心を向けると、春命から難しい説明が始まりそうな気配を感じ取った沙織は。


「あ、シュンちゃん飴ちゃん食べるかい?」


 前に席の背にある網に入れていた小さなポーチを手に取り。

 ポーチの中から飴玉を取り出し、春命に差し出す。


 そんな沙織の態度に春命はジト目を向けつつ。


「・・・頂きます」


 沙織から差し出された飴玉を受け取り。

 包装を解くと飴玉を口に中に入れ、モキュモキュと舐めながら。


 指輪の革紐を首に掛け、指輪を襟元から服の中へと入れやった。





 林間学校1日目は、〇〇県の史跡や博物館を巡り、その県の郷土史料や民謡の語り部の話を聞くなどしてから。

 

 宿泊施設のある、自然保護区近くの山林へと向かい。


「うぅ~気持ち悪いぃぃぃ・・・」

「沙織さん。お水、飲んでください」

「大丈夫?」


 春命は、辿り着いた宿泊施設の割り当てられた部屋で。


 車酔いでグロッキー状態の沙織の面倒を、同じ班の女子であり、クラス委員の新井と共に世話して。


 林間学校の1日目を終えた。





 普段使っている枕と違うせいで眠りが浅かったのか。

 近くに聞こえるゴソゴソとした音で目を覚ますと。


「あ・・・ごめん起こしちゃった?」

「・・・・沙織さん・・・今何時ですか?」

「うん?今は朝の5時過ぎだよ」

「・・・・・・」


 眠気で思考が鈍っている所為か。


「なんで沙織さんが・・・そんな早い時間に、家にいるんですぅ?」


 春命は、開ききってない目を擦りながら布団から起き上がり、拙い口調でそう告げる。


「・・・ッフ。シュンちゃん、今は林間学校に来ていて、お家じゃないんだよ?」


 沙織は、そんな春命の寝ぼけた台詞に小さく吹き出すと。

 彼女の寝癖がついた猫っ気の髪を梳かすように頭を撫でながら、優しく語り掛け。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・冗談です」


 沙織からの行為を心地良く受けていた春命の思考が、次第に加速していき。


 普段の思考速度を取り戻した春命は。

 自身の頭を撫でる沙織の手から逃げるように立ち上がり。


「知ってます。冗談ですから」


 部屋の隅に置かれた自身のリュックの下へ行くと、洗面用具を取り出して。

 

 恥ずかしさを誤魔化すように部屋を出ていった。


「もぉ~・・・可愛いなぁシュンちゃんわぁ」


 そんな春命の姿をニタニタ顔で見送った沙織は。

 春命の後を追うように、自分も洗面用具をリュックから取り出して、部屋を出ていき。


 2人が出ていった部屋には、新井の寝息だけが響いていた。





 身支度を整えた春命と沙織は、いまだ眠りの中にいる新井を置いて、宿泊施設の外へと出ていく。


 そんな2人の後ろから。


「お前らぁ何処へ行こと言うのかなぁ?」


 2人のクラス担任が、タバコを吹かし、ボサボサの髪を掻きながら、面倒臭そうな口振りで声を掛けた。


「せんせぇ。タバコ吸ってていいんですかぁ?」

「フゥゥ~・・・大自然のぉ綺麗な空気に中で吸うタバコはぁ、格別でなぁ」

「目が覚めてしまったんで少し散歩でもと思ったのですが、許可が必要でしたか?」

「そうねぇ。黙ってぇいなくなられて、もしもの事があればぁ、俺が怒られちゃうからねぇ。許可は必要だぁ」

「じゃぁ許可ください。タバコ吸ってたの他の先生に言いませんから」

「おいおい、泉。そいつは強請ってんだぞ。イケないなぁ、人の弱みにつけ込むなんてぇ。先生悲しぃなぁ~」

「では、戻ります。申し訳ございませんでした」

「こらこら、八意。簡単に諦めるのは先生は感心しなぁいぃ。先生はいい先生だから。生徒の自主性は、俺に迷惑が掛からない範囲であればぁ尊重したい先生なんだぁ」

「じゃぁどうしろってんですか」

「うん?許可を取ったらいいんじゃないかぁ、泉ぃ」

「・・・先生。これから少し散歩をしてきても宜しでしょうか?」

「うん。そうだなぁ・・・施設の敷地内から決して出ない。このタバコの箱が空になるまでには戻ること。これが条件かなぁ。もし、施設っから出たり。タバコの箱が空になっても戻ってこなかったらぁ、厳罰を与えまぁす」

「ホント!ありがとう先生!」

「待って下さい沙織さん。先生、そのタバコの箱には後何本残っていますか?」

「うん?さぁてねぇ・・・後何本かなぁ。それでは行ってらっしゃい、お二人さん」


 2人のクラス担任はタバコの箱から新しくタバコを取り出すと、此れ見よがしに火をつけて、深く一服した。


 春命と沙織はそんなクラス担任の姿に暫くへジト目を向けた後、2人並んで宿泊施設の早朝散策へと歩き出した。





 早朝の散歩。


 朝早い自然中はとても空気が清く感じる。


 木々や草花は朝霧に濡れているからか、陽の光を反射して光り輝いて見えたりもして、とても美しく。


 林に中に響く鳥の鳴き声と、施設の近くに流れている川の音が心地良く聞こえた。


「なんか凄い落ち着くね?」

「そうですね。ウチの周囲も自然に囲まれていますが、なんだか此処は違う気がします」

「えぇ~と・・・イベント効果ってヤツじゃない?」

「イベント効果?」

「林間学校っていうイベントで来てるから、同じ自然の中でも別の物に感じる・・・的な?」

「沙織さん。イベント効果の理由を聞いたのではありません。因みにイベント効果は、主に生産活動を活性化させる経済的な波及効果を生むものを言いますから。今の状況には当てはまりませんよ」

「お、おう・・・そうか」

「どちらかと言えば、この状況はコンテクスト効果や状況依存効果に近いかもしれませんね。例えば、同じ食べ物でも、場所や雰囲気が変わると味が違って感じられることがあります。これは、周囲の環境や状況が私たちの知覚や感覚に影響を与えるためです。そう考えると私の「シュンちゃん!」・・・どうしました沙織さん?」

「飴ちゃん食べるかい?」

「・・・・・・・頂きます」


 そんな自然の中を、凸凹コンビは肩を並べ、飴を舐めながら穏やかな気分で散策し。


 30分程だろうか。


 散策を終え戻ってきた2人の前に、空になったタバコの箱を此れ見よがしに見せつけるクラス担任が立ちはだかり。


「厳罰を与える。食堂へ行き、朝食の配膳を手伝うようにぃ」


 そう告げて、2人を食堂へと連れて行くのであった。


「クッソ・・・」

「これは・・・嵌められましたね」

「コラコラ君達ぃ。クソとかハメたとかぁ、年若い少女が口にしてはぁイケないよ。慎みをもちなっさぁい」

「先生。私達を手伝わせる為にワザと行かせましたね?」

「え?!そうなの先生!」

「ハッハッハァ、何を根拠にぃ」

「私達の前で吸ったタバコが最後の一本だったのでしょう?タバコの箱は既に空だから、後はどれだけ早く戻ってこさせて、私達に手伝わせるか。あぁ言いえば、私達がタバコの本数を気にして早く戻って来ると考えて言ったんですよね」

「え?!ズルい!先生はズルい大人だ!」

「いいかい、泉ぃ。大人とはぁズルいものなんだぁ。そして、そんな大人のズルさを身を以て学び、君達ぃ少年少女は大人へとなっていくのだぁよ」

「成長したら勝手に大人になってくでしょ!」

「チッチッチッ、それは違うぞぉ泉ぃ。歳を重ねれば勝手に大人になれる訳じゃぁないんだぁよぉ」

「・・・・・・・・・」


 そして春命と沙織は、林間学校2日目の朝にして大人への階段を一段上がったのであった。





 朝食を終えた学生達は、各々が動きやすい格好に身支度を整えると。

 LHRで決まった班別に集まり、宿泊施設前の開けた場所に集合する。


「ではこれから、ハイキングを行うわけですが・・・」


 各クラス担任が点呼を取り、学生が全員集まったのを確認すると。

 学年主任の教師が、これから行うハイキングについてのツラツラと長ったらしい説明を行い。


 登山を兼ねたハイキングが始まった。


 基本的には一本道のハイキングコースを決まった班で少し間隔を空けて練り歩くだけである。


 自らの意思でハイキングコースから外れない限り、迷いようはなく。

 

 仮に、ヤンチャな生徒がお巫山戯でハイキングコースから外れても。


 誰かの視界に必ず入っているし、クラス担任や随伴している数名のガイドが、定期的に学生の確認に動いているので、ヤンチャなお巫山戯が直ぐに確認されるように配慮されていた。


「お、いい風景じゃん。写真取ろうぜ」

「なんで山登りなんかせにゃならんのだ」

「やべぇ、もう腹減ってきた」

「それでよぉ、アイツ昨日の夜、皆に布団に埋められてんのに・・・」

「おい、写真取るなら、それとなく八意入るように撮ってくれよ・・・後で買うから」

「ちょっと、後ろツッカエてるでしょ!早く行きなさいよ」


 そうやって大人達に見守られ、作られた安全の中にいる自覚もない若い学生達は。

 思い思いに、騒がしく、笑い、楽しく、時に雄大な自然に圧倒されながら、ハイキングを行っていた。


「あ、見てみてシュンちゃん!可愛い鳥がいる!」

「・・・見えませんよ。私は沙織さん程目が良いわけではありません」

「使う八意さん?」

「双眼鏡・・・委員長の私物ですか?」

「まぁね。お父さんが登山好きで、林間学校でハイキングするって言ったら持たせてくれたのよ」

「お借りします。・・・沙織さん、まだ鳥はいますか?」

「うん、いるよ。ほらあそこ」

「・・・・・・・・・あぁ・・・アレはホオアカですね」

「分かるの、八意さん」

「はい・・・双眼鏡ありがとうございます。委員長もどうぞ。正面10時方向に居ます」

「ありがとう・・・え、10時方向?」

「あっちです」

「あ、ホントだ・・・あれ、雀じゃないの?」

「ホオアカはスズメ目ですから、広義的には委員長のおっしゃる通り雀ですね。この保護区ではホオアカの鳴き声を『ヨッピの吊り橋落ちたー』と聞きなしするそうです」

「聞きなし?」

「そのように聞こえるという意味です」

「なんか、縁起でもないわね」

「この後、その吊り橋を渡ります」

「・・・・・・・縁起でもないわね」

「それにしてもシュンちゃんはなんでも知ってるねぇ」

「何でもは知りません。ただ、義恭さんが折角行くなら、此処にいる動植物を事前に知っておくと楽しめるぞと」

「・・・・なんで?」

「義恭さんが言うには。事前に知る事はパズルのピース集めみたいなもので。集めたピースを現地で当てはめていくのが面白いとの事でした」

「へぇ・・・ヨッシーさんって、見た目によらずロマンチストだ」

「ロマンチストとは少し違う気がしますが。私が知らないことを色々教えてくれる人です」

「そのヨッシーさんって、誰?」

「シュンちゃんのお父さん的な?大男だよ」

「父ではありません。私がお世話になっている方です」

「へぇ~・・・」


 そんな普通の学生らしい会話をしながら。

 春命達は自然保護区のハイキングを楽しんでいた。





 春命は初め、林間学校など面倒だと思っていた。


 基本、1人机の上で本を読んでいる事を好む彼女である。


 体を動かくのもあまり好きではない。


 それに、義恭や桜と離れて過ごすことに不安もあった。


 でも、そんな春命でも楽しめるようにと。

 義恭はハイキングの楽しみ方の一つを教え。


 その楽しみ方は春命の性格にマッチして。

 体を動かくのを好まない彼女でも、十分にハイキングを楽しめるように導いていた。


 実際、あまり変わることがない彼女の表情には。

 苦手な運動をしているにも関わらず。

 終始薄っすらだが、笑みが浮かびっぱなしであった。


 春命はそれを自覚できる程、いまだ大人ではないが。


 彼女の側には。

 彼女を理解し。

 彼女を大切し。

 彼女を心配し。

 彼女を思う。


 そんな大人達に、見守られ、穏やかに、健やかに、居られたからこそ。


 春命は純粋に、林間学校に来てよかったと、思えているのであった。





 思えていた・・・。





「?・・・沙織さん?・・・皆さん?」





 今、この瞬間までは。





 ー此処は・・・。


 足元を見れば、先程まで歩いていた、整えられた遊歩道ではなく、腐葉土や湿った土の獣道に立っている。


 周囲の風景は、先程まで歩いていた自然保護区のハイキングコースのようにも思えるが・・・。


 今先程まで歩いていた森林より、緑が濃くなっている気がする。


「・・・誰も居ない」


 視界には、人影一つ見ることが出来ない。


 木々の隙間から差し込む陽は強く、林の木々を照らし、草花を色鮮やかに輝かせ。

 山の方から吹く風は、草花を揺らし、穏やかな音色を奏でており。

 草花が奏でる音色を盛り上げるように、鳥達の鳴き声が響き渡る。


「・・・綺麗な場所・・・」


 先程まで歩いていた自然保護区も美しく感じたが。

 それは人の手によって作られているようにも感じられた。


 だが、今立っている場所は・・・。

 守られたモノではない、力強さを感じる場所であった。


 そんな自然の中で。


「・・・はぁ~・・・落ち着け春命・・・落ち着くんです春命・・・」 


 自分に何が起きているのかを理解する為、焦りそうになる気分を落ち着けるように、ワザと声を出し自分に話し掛け。


「この場所に現れる前の私に、何か不自然なことはありましたか?」

「いいえ。沙織さんと話をしながら、一緒にハイキングコース歩いていました」

「この場所に覚えはありますか?」

「いいえ。歩いていたハイキングコースから見られた景色に似ているように思えますが。ハイキングコースよりも、木々が濃いように思えます」

「そうですね。私もそう思います・・・現在地は確認できそうですか?」

「あそこに見える山。お昼前に登頂し、お弁当を食べた山の形に似ています。あの山を元に、歩いてきた方角、太陽の位置と腕時計から方位を確認すると・・・宿泊施設はアチラの方角になるでしょう」

「それが正しいと仮定しても。この場所を動くのは軽率のように思えます」

「森で遭難した際は、無闇矢鱈と動き回らないのが鉄則。救助が来るまで生き延びることを最優先に考える・・・と、義恭に教わりました」

「近くに拠点に出来そうな場所が無いか探しましょう」

「地面が乾いており、開けている場所が良いかと」

「ではそのように・・・春命・・・大丈夫。何も心配はありません」

「えぇ、春命。大丈夫です・・・絶対に助かります」


 自身が落ち着いたのを自覚すると。

 春命はポケットから携帯を取り出し、日時を確認してから。

 

 森林の中、拠点になりそうな場所を探し歩き始める。


 何も目的がなく彷徨い歩いていたのなら。

 きっと春命の心は折れていただろう。

 

 だから目的を持って行動することで、自身の正気を保ち続ける。


 これも以前義恭から教わった事だった。


 春命が森林の中を宿泊施設があろう方角へ向かって歩く。

 

 拠点探しと言え、出鱈目に歩くより、その方が生存に優位と判断したからだ。

 もしかしたら、ハイキングコースに戻れるかもしれないと一縷の望みもあった。


 だが、その望みが叶うことはなかった。


「拠点につかえる場所が見つかったのなら上々です」

「えぇ、早速荷物を確認し、使えそうなものを揃え、整えましょう」


 それでも、拠点になりそうな場所を見つけることが出来た春命は。

 自身に言い聞かせるように1人で喋りながら、背負っていたリュックを広げ始める。


「使えそうな物は・・・」


 リュックの中身は、自分が入れたので確認せずとも把握はしていたのだが。

 この行為も、これからどうすべきか、考えを整える為の儀式なようなものであった。


 ・・・・のだが。


「こんな物入れた覚えは無いのですか」


 リュックの中からは、チョコレート菓子やスナック菓子、冬場に着るフリース、ホッカイロが入っており。


『皆で食べてね♡   あと、テントで寝る時は風邪引かないように、暖かい格好で寝るのよ』


「わざわざ底じきの下に隠すように入れないで下さい。通りで自分が用意したときより、少し大きくなっと思ったんです・・・それに気付かなかった私も、なんと間抜けな・・・」


 春命は呆れつつ、桜がリュックの底に隠し入れた物を取り出し、それらを大事そうに抱きしめながら。


「・・・それでも・・・ありがとうございます、桜さん」


 春命は暫くの間、フリースの温もりを感じるように服に顔を埋めていたが。


 覚悟を決めたように顔を上げると。

 

 濡れている頬を拭いながら、再びリュックの中身を確認する。


「コレは・・・これも私が入れたものじゃない」


 これも桜が入れたものなのかと思いながら。

 手のひらサイズのアルミ箱を取り出し、中を確認すると。


「コレは・・・林間学校に行く前、庭でキャンプした時に義恭が使った、ファイヤーピストン」


 アルミ箱の中には、林間学校に行く前に、キャンプの予行練習として義恭監修の元で沙織達と共に庭でキャンプをしたのだが。


 その際、ファイヤーピットに火を起こす時。

 義恭は、ファイヤーピストンを使用した火の付け方を実演して見せ、春命と沙織にもやらせていた。


 更にアルミ箱の中には火口(ほくち)となる炭が少量に、小さなナイフが入っていた。


「コレで火が起こせます」


 火が起こせれば生存に非常に優位にとなる。

 煙が狼煙となって救助に繋がるかもしれない。


「・・・・・・・・」


 春命は泣きそうになるのをグッと堪えながら。

 乾燥した木々を集めに周囲を探し歩き。

 

 日が傾き始めた事。


「まずは3日間・・・生き延びなければ」


 拠点には、レジャーシートで作った簡易的なテントに焚き木と。

 焚き木を利用して、薪を集めている際に見つけた沢で汲んできた水を煮沸できる環境も整えた。 


「食料はある。水も確保できる。暖も取れている。此処に来る前に調べたから、食べれる植物もある程度把握している。大丈夫、生き延びることができれば、必ず助けが来る。必ず・・・義恭が助けてくれる。絶対、あの時のように・・・必ず・・・」


 春命は焚き木の前で膝を抱え、小さく丸々ながら夜が更けていく森林の中で、1人自身の正気を保つために呟き続けた。





「オ・・サ・・・・キ・・イ・・・・ナ・・」

「!?」


 耳元・・・イヤ。

 直接意識に語りかけてきたような声で春命が目を覚ます。


「寝てたの・・・私」


 朝日が森林の草花を輝かせ。

 気持ちいい風が木々を揺らし。

 鳥達が互いに朝の挨拶をするように賑やかに鳴いている。


「・・・綺麗・・・」


 目の前のその光景に、寝ぼけた頭でそんな言葉が口から漏れ出る。

 

 だが、いくら寝ぼけていようとこんな危機的状況化で。

 こんな穏やかな気持ちで居られるのは可怪しいのではないかと。


 春命の中の理性が、自分自身に問い掛けてくる。


「私は・・・なんでこんな所にいるのでしょう?」


 その理性の言葉が口から出ると。

 寝ぼけていた春命の思考が加速していく。


「この状況は異常です」

「えぇ、その通り。遭難する瞬間まで、私の周囲には間違いなく沙織さんが居ました」

「それだけではありません。委員長も、同じ班の男子も居ました」

「昨日、遭難当初の日時を確認しましたね?」

「えぇ、日時は林間学校2日目であり。時間はお昼を少し過ぎた頃でした」

「ということは。私が皆さんと逸れた事と、1人でいることを自覚してからのタイムラグは無いと考えても?」

「はい。不自然過ぎます。まるで私だけ別の場所に瞬間的に移動したかのようです」

「もしくは、私以外の皆さんが一瞬で姿を消したか」

「その可能性もありますが。でしたら私はハイキングコースに居てもいいのでは?」

「林間学校参加者全員が行方不明になった可能性は?」

「それこそ大事件です。もしそうなら今頃空が騒がしくなっている筈。にも関わらず、捜索のヘリなどが飛んでいないのは、それ程の事件になっていないという事では?」

「私一人の捜索なら、いまだヘリが飛んでいないのも納得ができますか?」

「・・・どうでしょう。私が行方不明になって1日。私以外の皆さんが無事であると仮定して。義恭さんや桜さんの下に、知らせが届いていないとは考えられません。桜さんが知れば、あらゆる手段を持って私を探すでしょう」


 そこまで自身と会話して、少し恥ずかしさを覚えるが、安心も得た。


 そうなのである。

 

 春命が行方不明となれば、桜達が何を置いても探し出してくれると言う安心感があった。


 春命の家族はそういう人達なのだ。


 だが、その安心感も・・・。


「では、私一人が突如沙織さんやクラスメイトの前から姿を消したと仮定したとして。理由や方法はなんでしょうか?」

「・・・・・・考えたくはありませんが」

「はい。あまりに非科学的ですね」

「ですが。このような現象を総称する言葉がコレ意外思い当たりません」

「えぇ・・・・」


 春命がそこまで考えた時、脳裏に浮かんだ言葉を口にするのを躊躇った。


 口にした瞬間。

 今自身に起きている現象を確固たるものにしてしまう。


 これからの未来を確定させてしまうのでないかとの不安が、心を侵食してしまうと思ったから。


 そんな時、ふと義恭の言葉を思い出す。


『人は危機的な状況下で追い詰められると、そうあって欲しい、といった自身に都合が良い夢想をしてしまいがちだ。だが、その夢想は危機的状況を悪化させる要因になてしまう。大切なのは、目的を持って、落ち着いて今の状況を受け入れ、冷静に観察して、目的達成にどう立ち回るかを考え続ける事だ』


 この言葉は、義恭と桜と共にパニック映画を見ていた時の事だった。

 危機的状況下のキャラが、パニックを起こし問題を悪化させるシーンに、義恭は冷静にツッコミを入れていたのを思い出す。


 最後にこんな事も言っていた。


『まぁ、だからといって状況が好転するとも限らんが。それでも、必死に足掻いていれば、納得できる最後にはなる』


 そう言って・・・桜につまらん男だと言われ凹んでいた。


 ー冷静に・・・目的・・・受け入れ・・・観察・・・。


 春命は大きく息を吐き、心を落ち着ける。


「この状況は・・・以前愛花さんから聞いた噂話の『神隠し』に遭遇したと考えます」

「えぇ、そう思います」

「私が何故、神隠しに遭ったのかを考えても分かりません」

「はい。今はこれからの目的と行動指針を決めるべきです」

「目的は当然、皆がいる家に帰ること」

「其の為には、まずはこの環境で生き延びねばなりません」

「それと同時に帰る方法も考えましょう」

「この場所は、私達が林間学校で訪れた自然保護区と思いますか?」

「不明です。ですがその可能性は高いと思われます」

「でしたら、宿泊施設まで移動してみますか?方角は分かっています」

「・・・・・・・・・・明日までに救助がなければ移動します」

「そうですね」


 春命は自分との会議を終えると。


 飲水確保に近くの沢へ汲みに行き、火を起こし、煮沸して持っていた水筒に移し替え。


 薪と食べられる野草を確保する為、周囲の散策にその日を費やした。





 そして・・・その日も、春命を探しに来る者は居なかった。





「オ・テ・・、コッ・ニ・・デ・・・キ・・・チ・オイ・・・」

「?!・・・また・・・声が聞こえた気がする・・・」


 いつの間にか眠ってしまったらしい春命は。

 眠気でボヤケながら周囲を伺うように顔を振り。

 目元を拭いながら立ち上がり。


 沢の方へ行き、顔を洗って目を覚ます。


「フゥ・・・気の所為ではありませんね?」

「えぇ、そうですね」

「誰でしょうか?」

「この状況が神隠しであれば、神様なのでは?」

「もしそうであるなら、碌な神ではありませんね。私の都合にお構いなく攫ったのですから」


 そして、自身と会話しながら。

 自分をこんな目に合わせている存在に腹を立てつつ。


「今日は予定通り、宿泊施設へ向かって移動します」

「えぇ、そうしましょう」


 拠点の片付けを手早く行い。

 速やかに移動を行う。


「・・・・・・まさか、自分が此処までサバイバルが出来るとは思いませんでした」

「義恭さんと桜さんのお陰です」

「義恭さんは兎も角、桜さんですか?」

「桜さんが入れていた食料のお陰で、いまだ余裕がある状況です」

「・・・確かに。3日目にして、多少の空腹は感じますが動けるのは桜さんのお陰です」

「少しは素直に感謝したらどうですか?」

「・・・・・・感謝はしています。ただ、それを素直に伝えると、あの人は図に乗るからイヤです」

「でも、喜んでくれますよ?」

「・・・・・・少し恥ずかしいので。考えます」


 移動中、春命は自分と会話をしながら、太陽の位置と腕時計、そして山の位置を確認しながら宿泊施設へと歩き続け。


 腕に付けたアナログ時計が正午を告げるアラームを鳴らした頃。


 ガサガサガサ!!


 進行方向先の藪が風では起こせない揺れ方をして、春命の足を止めた。


 ーこの自然保護区にはクマも出るのよね・・・・。


 だから、春命は熊除けも兼ねて一人でも声を出して喋っていたのだが。


 目の前の藪の揺れ方は、明らかに何かしらが潜んでいる揺れかたであった為、内心で駆け出して逃げたくなるのを必死で堪えていた。


 ーもしクマだったら、背中を見せたら襲われる・・・。


 これも義恭から聞いていた話しで、ゆっくりと後退り距離を取るのがベストだとか。


 春命はその教えの通り。

 ゆっくりと揺れる藪から距離を取るように後退り始めたのだが。


「!?ッ」


 足元が見えず、木の根っこに踵が突っ掛かり、お尻から倒れてします。


 その瞬間。


 藪が今までで一番大きく揺れると。

 藪の中から黒い影が飛び出し。


 ー!?・・・・。


 春命は目を瞑り、襲われるのを覚悟で両腕を体の前に突き出した・・・のだったが。


「・・・・・?」


 何時まで立っても想像したような衝撃も痛みも感じずにいるので。

 恐る恐る閉じていた目を開け、腕を突き出したままの体制で、揺れた藪の方を窺い見る。


「・・・・・・キツネ?」


 春命の視線の先には、少し赤みがかった茶色の毛並みをしたキツネがおり。


 尻餅をついている春命を真っ直ぐ見詰め・・・。

 

 その口元は彼女を揶揄うような笑みを浮かべているようにも見えた。


「ハァ~・・・なんです、ビックリさせないで下さい」


 春命はそんなキツネに悪態をつきながら、自身に怪我がないことを確認すると。

 

 キツネを無視して再び歩き出そうとする。


「・・・・・・なんです?」


 だが、その先を阻むようにキツネが彼女の前に躍り出て、進行の邪魔をする。


「邪魔しないで下さい」


 春命はそんなキツネに、人間の言葉など分かる筈もないのに退くように告げるが。


「ーーーーーーーー」


 キツネは猫とも犬とも取れない鳴き声と唸り声を上げ、春命の進行を邪魔してくる。


「!」


 春命はクマではないにせよ、野生動物ーそれも大型の哺乳類ーに遭遇したのが初めてだった為。

 

 先程までの気丈な態度を維持することが出来なくなり。

 

 目端に涙を浮かべながら、少しづつ後退りすることしか出来なくなる。


「ーーーーーーー」


 キツネはそんな春命の周囲を牙を剥き威嚇しながら、少しづつ距離を詰めていき。


 春命が今にも声を上げて泣き出しそうなるまで追い詰めると。


「ワン!」


 と、一声鳴き。


 先程とは打って変わった穏やかな表情を浮かべ、春命へ背を向け、彼女の視線の少し先まで歩いていき。


 そこで振り返り、彼女の様子を見詰めていた。


「ッゥ・・・ッゥゥ・・・」


 涙を堪えるように泣いていた春命は。

 そんなキツネを睨むように見詰め。

 服の袖で殴るように涙を拭った後。

 空いた進行方向へ視線戻し。


 再び宿泊施設があろう方向へ歩み出すのだが。


「ワン!」


 キツネが再度吠えると。

 再び春命の前に躍り出て、進行を邪魔しだす。


「何なの・・・何なのよもぉ・・・」


 それを何度も繰り返し。

 何度も邪魔されて行くうちに。


 キツネは自身を襲うつもりではない事が、なんとなく分かり。


 襲われる恐怖から鈍っていた思考が巡りだす。


「落ち着いて春命。このキツネは少なくとも現状は脅威ではないわ」

「そのようですが。このままでは先へは進めません」

「何故、あのキツネは私の邪魔をするのでしょうか」

「分かりませんが。もしかしたらあのキツネ・・・私を此処に攫った神様なのかもそれません。もしくはその使い」

「神ですか?」

「えぇ、もしくはその使い。私が進もうとしている先には危険がるのではないでしょうか?」

「それを知らせるために私の前に現れたのですか?」

「あくまでも可能性ですか」


 春命は自身を落ち着ける為、再び自身と会話を始め。


「ワン!」


 その会話を聞いていたキツネが、彼女の言葉を肯定するように鳴き声を上げると。

 フサフサの尻尾を振り回し、自分について来いと言いたげな素振りを行う。


「・・・ですが。キツネが向かおうとしている方角は北東です。向かっている宿泊施設は西の方角。真逆です」

「この場所はもしかしたら、私が林間学校で訪れた自然保護区ではないのかもしれません。このまま宿泊施設がある方へ向かっても、宿泊施設があるとは限りません。でしたら、この現象を起こした神様の下へ行き、元の場所に戻してもらえるように交渉する方が良いのではないでしょうか」

「それは・・・あまりにも荒唐無稽な考えでは」

「既にこの状況が荒唐無稽です。でしたら常識に囚われず行動すべきです」

「・・・・・・・・・」


 春命は、自身の内に浮かぶ2つの思考とぶつかり、判断が出来ずその場に立ち止まる。


 視線の先にいるキツネを見ると。

 

 とても穏やかな表情を浮かべてるように思え、キツネのことを信じても良いのではないかと思わせてくる。


 迷っていると日が傾き始めている事に気付く。


 今立っている場所は野宿には不向きな場所。

 動くにしても今すぐ決めないと時間がない。


 焦りは人の判断を曇らせ。

 目の前の安心へと誘おうとする。


 そんな時だった。


 カァ!!


 カラスの鳴き声が森林中に響き渡る。


 春命のキツネの下へ歩き出そうとした足が止まり。

 彼女の視線が先程のカラスの鳴き声が聞こえた方へ向けられる。


 視線の先には、木の枝に止まった、今まで見たことがない程に大きなカラスが止まっており。

 カラスの太陽なような真っ赤な瞳が、春命の一挙手一投足を逃すまいと見詰めていた。


 春命はそのカラスの姿を見た瞬間。

 胸に熱さを伴う痛みが走り。

 心の底から湧き出る恐怖に襲われ。


 カラスの姿をそれ以上、視界に留めておく事が出来なくなる。


 ーダメ・・・逃げないと!


 体の内を這い回るような恐怖に襲われた春命は。

 キツネの方へ向かって駆け出そうする。


「カァ!!」


 だが、それをカラスが邪魔をするように鳴き声を上げ、春命の内なる恐怖を駆り立て、行動を阻害する。


「ワン!!!!」


 そんなカラスにキツネが吠え威嚇するが。

 

 カラスはそんなキツネには関心を示さず、春命だけを見詰め続ける。


「・・・・・・・」


 春命はカラスを視界に入れないように俯きながら、恐怖で震えている自身の手を押さえつけるように、両手を力強く握る。


 ー怖い!怖い!怖い!体が動かな・・・どうしたら良いの?・・・どうしたら・・・助けて・・・助けて、義恭さん・・・。


 春命は、今までの人生で感じたことがない、自身の内から止め処なく湧き出てくる強い感情に、声を上げて泣く事も、駆け出して逃げ出すことも出来ず。

 

 只々怯える自分の身体を抱きしめ。


 誰かが・・・自分の・・・逞しく、頼もしい保護者が・・・あの時救ってくれたように・・・また、助けに来てくれるのを内心で願うことしか出来なかった。


『そりゃぁ・・・俺だって怖いもんはある』


 そんな時、義恭と過ごしていた風景が脳裏に浮かぶ。

 

 一体、何が切っ掛けでそんな話になったのか、この状況では上手く思い出せないが。


『仕事で現場に入ってる時、命の危機を感じる事が、極稀になる。幾ら安全第一って言っても、事故ってのは起こるもんだからな・・・それに巻き込まれて、死を意識した時、怖くてしょうがなかった。冷や汗出まくりの足ガクガクだ。それに、怖いって思うのは命の危機だけじゃない。昔の失敗や嫌だったことを思い出して、失敗するのが怖くて、身が竦んで動けなくなったり。まぁ後は・・・偉い人に会ったりする時は、ちょっと怖かったりもするな。ほら、なんかさぁ、会社の社長とかの前に出るの怖くね?別に取って喰われる訳でもなく、禄に面識がある訳でもないのに・・・何か怖くて、緊張すんだよなぁ・・・偉い人って・・・俺、あの感じが苦手で、会社っていう枠組みも苦手で、自営業やってるからなぁ・・・』

『義恭、うちのオバァちゃんの前でも、すっげぇビッビってたもんね。取って喰われる訳じゃないのに』

『・・・・・・・まぁ、なんだ。別に怖いと思うことは悪いことじゃないし。怖さにも色んな種類があるって事は知っておいた方がいい。命の危機を感じた時の肉体的なモノからくる恐怖や。トラウマや理解できない物事から感じる精神的な恐怖だったり。後は、桜のバァさんみたいに、あきらかな偉いさんや、そのぉ~・・・上位の存在?的なモノに感じる畏怖やら畏敬的なものだったり・・・だから、俺は別に桜のバァさんにビッビってた訳じゃねぇんだよ!敬ってたんだ!ビッビってねぇ!』


 そんな話の最後にこんな事を言っていた。


『怖いものは怖いものとして。その恐怖が何処から来ているモノなのか。それを知るのが重要なんだと思う。理由がわかれば、恐怖で動けなくなる事は無くなる・・・と思う』


 春命は内から湧き上がる恐怖の中で、彼女が慕う保護者の言葉を思い出し。


 ー怖い・・・怖いけど・・・私は今何に恐怖を感じているの?


 恐怖で鈍っていた思考が、少しづつだが動き出した。


 ー私は今、あのカラスに対して恐怖を感じている。

 

  何故?

 

  あのカラスに襲われていて身の危険を感じているから?

 

  違う・・・カラスが私を襲うつもりならもう襲われている筈、それなのに今もカラスは私を見詰めているだけ。

  

  今、私が感じている恐怖は、身の危険から来るものじゃない。


  じゃぁ、カラスに対してトラウマでもあるの?


  いや、それはない。

  今までカラスに対し、特別な感情を抱いたことはない。


  では・・・。


 春命が思考を巡らせていると、先程まで感じていた恐怖が和らいできている事に気づき。

 恐怖の正体を確認する為に、再度カラスの方へ視線を向けようとした。


 瞬間。


「ワン!ワン!」


 キツネが大きな鳴き声を上げた為。

 春命の視線がカラスの方からキツネの方へ移動してしまう。


 だが、キツネのその行動は・・・・。


「私は・・・何故、キツネを追おうとしたの・・・」


 一つの疑問を口にさせた。


「それは、神様の下へ行き、元いた場所に戻してもらえるように頼みに行く為では?」


 その疑問に、ここに来て最初の頃からそうしていた様に、自分自身が答える。


「・・・何故私は、拠点から移動したのでしょう?」

「生き残る為、元いた場所に帰る為の最善を考え、行動したからでしょ?」

「そう、あの家に・・・義恭さんと桜さんがいる家に帰るのが、今の私の目的・・・で、あれば、第一に考えるべきは救助が来るまで生き残ることです」

「・・・その通りです。ですが、この超常的な状況下では救助は期待できず。一つの所に留まるよりも、移動すべきと判断し、行動しました」


 春命はそこまで自身と会話をすると。

 考えを纏めるように目を瞑り、静かに深呼吸をし。


「いいえ。本来の私であれば、この状況が如何に異常で超常的な状況下であろうと。飲水や山菜などの食べ物を確保できるあの拠点を捨てる選択はしない。本来の私なら・・・あの場所で救助が来るまで動かない」


 ー適度に開け、焚き木の煙も木々が邪魔せず、空まで登っていたあの場所を放棄するなどあり得ない。


 何より・・・。


「私は神など信じない。例えこの超常的な状況を神が作っていたとしても。私は神に頼むぐらいなら、義恭さんを信じて・・・死にます」

「・・・・・・・・・・」


 春命は義恭の言葉を信じ、最後まで現実的に足掻くのが彼女の本質であった。


 そんな春命の、何処か現実を少し冷めた目で見詰めたような本来の彼女の瞳が・・・キツネへと向けられ。


「アナタは何者ですか?」


 問い掛ける。


「・・・・・・・」


 春命に問い掛けられたキツネは。

 先程まで春命に向けていた温和な表情が失せ。

 何の感情も感じられない、能面のような表情へと変わる。


「私は、この異常な状況下で、自身の正気と思考をまとめる為に、わざと声を出して自問自答を繰り返していました。ですが、いつからか、私の思考の中に私以外の何者かの意思が入り込んでいたようですね。どの様に、どうやって、そのような事をしたのか興味がつきませんが。・・・ハァ~・・・常識的に考えれば、こんな事をしている自分を恥ずかしく思うのですよ・・・でも今はそんな事より、アナタの目的をお聞きしましょうか?何故、私を拐かそうとしたのです?」


 そんなキツネに向かって。

 春命は、呆れた表情を浮かべながらキツネを問い質す。


 そんな春命には、いつの間にか先程まで感じていた恐怖はなく、平常心が戻っていた。


 そうして、春命とキツネが睨み合っていると。


「・・・・・・・・・・・・・ッチ」


 長い沈黙の後、キツネから小さく舌打ちが漏れ。

 細長い口をゆっくりと開き、ニッタリとした笑みを浮かべる。


「!?」


 その姿に、春命は先程までカラスに感じていた恐怖とは別の・・・命の危機を直感し。

 

 同時に踵を返して、キツネを背にして全力で駆け出した。


 そして、春命が駆け出してからほんの一瞬の間を置いて。

 

 彼女の背後に、先程まで感じなかった異様な獣臭が立ち込め、草木を掻き分ける四つ足の足音と共に、春命の背後に迫りくる。


「ハッハッァハッハッッハッハ」


 春命は獣臭と足音から逃れようと必死に駆けるが。

 臭いと音が彼女のすぐ背後まで迫りくる。


「ッ!?」


 それでも振り返ること無く、春命は森林の中を駆けのだが。


 背後の足音が先程と少し違う音を上げた瞬間。

 獣臭はそのまま、足音だけが無くなり。


 春命の脳入りに、以前見た動物のドキュメンタリー番組で見た、キツネが獲物を捕らえる為に跳躍している光景が浮かび。


 駆けながらも覚悟をするように瞳を閉じた。


 カァ!!!


 その瞬間・・・背後にカラスの鳴き声とけたたましく羽ばたく音が聞こえ。


 春命は駆けながら、背後に視線を向けると。

 視線の先でカラスがキツネを襲っている光景が目に入った。


 何故、あのカラスがキツネを襲っていのかと。


 春命の思考に一瞬の疑問を浮かべるが。

 今はキツネから出来るだけ遠くへ逃げることが重要と思考を切り替え、駆ける足に力を込めた。





 どれ程森林の中を駆けただろう。


 息は絶え絶えだし、足は重く、疲れからか今にも眠りそうになるが、駆ける足だけは止めなかった。


 もう駆けているのか、歩いているのか分からない。

 それでも、足だけは止めることはしなかった。


 もし、この足を止めてしまえば戻れなくなると思っていたから。


 だから、足だけは止めなかった。


 あの場所に・・・。

 あの人達の下へ帰りたくて・・・。


 その思いだけで足を動かしていた。


 視線の先には、木々の合間から見える山向こうに、日が沈もうとしている光景が見える。


 そして、その夕日の中に大きな鳥の影が一つ・・・。


 手を伸ばすが届くことはなく。


 意識は薄れ・・・やがて足が止まると。


 カァ。


 カラスの鳴き声と共に意識が無くなっていき。


 薄れゆく意識に中、最後に見た光景は。


 夕日に向かって飛んでいく、3本の足を持った大きなカラスの姿だった。









「ーーーちゃん?シュンちゃん?」

「え?あぁ・・・え?」

「大丈夫?急に止まっちゃって・・・調子悪い?」

「え?」


 春命は、何処か夢心地な気分で周囲を見渡す。


 視界には、大自然が広がり。

 その中に作られた遊歩道の上を歩く多くの同年代の姿。

 

 そして。


「どうしちゃったの、急にボーっとしちゃって」

「大丈夫か八意」

「先生呼んでくるか?」

「ガイドさんと保険の先生も呼んだ方がいいんじゃないか?」


 呆けている自分を心配する沙織と、林間学校で同じ班になったメンバーが視界に入る。


「私は・・・どうしました?」

「え?どうしたって・・・こっちが聞いてんじゃん。シュンちゃんが急に足止めて、一点見詰めて呆けちゃったから心配したよ?」

「・・・どれくらいですか?」

「うん?うぅ~・・・1、2分ぐらいだよね?」

「えぇ、それぐらいかしら。本当に大丈夫?ハイキングに疲れた?」


 春命は、自分の様子を心配する沙織と新井の言葉に。

 自身の身体を確認するように手足を少し動かしながら。


 ーアレは・・・夢?それにしても妙にリアルだった・・・。


 自分が先程までいた此処とは違う場所と、そこで体験した状況と。

 今自分がいる場所と状況のギャップに思考が追いつかないでいる春命だったが。


「すみません。昨夜は普段と違う環境での睡眠でしたので、眠りが浅くなり、少し寝不足なのかしれません。でも、大丈夫です。ご心配をお掛けして申し訳ありません」


 自身の身体に異常がない事を確認すると。

 湧き出る疑問を、今は胸の内にしまい。

 沙織やクラスメイトを心配させないように、普段と変わらない表情で答え。


 遊歩道を歩き出した。









 無事に林間学校から戻った春命は。

 

 あの日、あの場所で体験した出来事が夢のようには思えないまま。


 誰にも相談すること無く。

 少し悶々とした気持ちのまま。

 いつもと変わらない。

 平穏な日常を過ごしていた。


 そんなある日。


「ただいま帰りました」


 学校から帰宅した春命を。


「あ、お帰り春ちゃん」

「・・・楓さん。何故家に・・・」


 神威 桜の姉であり。

 稀代の天才研究者と言われる神威 楓(かむい かえで)が、半袖短パンで、アイスキャンディー片手に、帰宅した春命を出迎える。


 桜の姉である神威 楓は、世界でも相当な有名人であり。

 あらゆる分野に精通した学者であるが。

 余りにも多岐に渡って手を出しており。

 中にはオカルト紛いなモノまで含まれている為に。

 業界内では変人、異常者、マットサイエンティスト等、あらゆる不名誉な二つ名を与えられていた。


「うん?仕事が落ち着いてね。休暇を兼ねて、暫くご厄介になろうと思ってね。ホテル代とかも勿体無いし」


 だが、当の本人はそんな事は意に介しておらず。


「仕事ですか?」

「えぇ。国土防衛用巨大人工島計画(仮称)も、後はお偉方の政治の段階に入ったからねぇ。私の領分じゃなくなったのよ」

「ちょ、ちょっと待って下さい。巨大人工島って・・・今、日本の領海に建築中の8つの巨大ウォーターフロートの事ですか?」

「えぇ、そうよ」

「え、でもあれは。主な利用が海洋研究や観光がメインとメディアで公表されいますが・・・国土防衛用って・・・軍事転用も視野に入っていたのですか?」

「いやいや、何言っての。元々は軍事施設なんだから・・・あ?!」

「・・・・・・・・」

「春ちゃん・・・コレはね、国家機密よ。誰にも言っちゃダメ」

「・・・言えませんよ、うっかり国家機密を聞かされただなんて」

「アッハッハッ。さぁ入って入って、アイスキャンディー買って来てあるから、春ちゃんも食べてね」

「ハァ・・・何と言うか・・・流石、桜さんのお姉さんと言うべきでしょうか」


 春命は、我が家のごとく振る舞い、リビングへ戻っていく楓の姿に頭を痛めつつ、家の中へと入っていく。





 春命が帰宅し、2階の自室で普段着に着替え、学業の復習と予習をしていると。

 桜が大学から帰宅したらしく、1階のリビングが騒がしくなる。


 そんな騒ぎを気に掛けることもなく。

 春命は勉強を続け。


 明日の授業の予習を終えた頃。

 仕事から戻った義恭と、何故か家にいる楓の、騒がしい言い合いが1階から聞こえてくる。


 春命は、そんな騒がしい1階へ降りると、帰ってきた義恭に出迎えの言葉を掛け。

 騒がしく、あぁだ、こぉだと、子供の喧嘩みたいな言い合いをしている義恭と桜、楓の姿に背を向け。

 台所でココアを入れると、自室に戻り、趣味の読書に耽るのであった。


 暫くすると、1階が静かになり。

 美味しそうな匂いが春命の部屋に届けられ、春命の空腹感を刺激した。


 その後すぐ、1階から夕食を告げる桜の声が家中に響き。


 春命は桜の呼び掛けに応えるように。

 読んでいた本を閉じ、自室から1階へと降りると。

 普段は3人で食事をするリビングは。

 楓の訪問により4人となり。

 普段よりも倍以上騒がしい、家族全員での夕食を摂る。


 春命は、あの林間学校で遭遇した不思議な体験を得て。

 

 目の前の当たり前だと思っていた日常が、とても尊いもので。

 自分だけでなく、義恭や桜、楓、彼らに関わる人達誰もがが。

 こんな日常を望み、願い、叶えようと頑張った結果の延長線にあると知り。


 この騒がしい日々が、自分の大事な人達の頑張りの積み重ねだと思うと、今まで以上に大切に思え。


 そしてあの時、諦めずに走り続けた頑張りが。

 この騒がしい日常を作る一因だと思え、少しだけ誇らしく感じた。





「どうしたの春ちゃん?」

「春ちゃんではなく春命です」


 食事を終え、皆が思い思いにまったりとした時間を過ごしている中。


 縁側のウッドデッキの椅子の上で、胡座で座り、空を見上げる楓の後に春命が現れる。


「少しお話をしても宜しいでしょうか?」

「私に?義恭じゃなくて良いの?」

「義恭さんには・・・まだ話せません」

「そっかぁ・・・うん、いいよ。おねぇさんに何でも話してご覧なさい?」

「そういう所・・・桜さんそっくりです」

「そりゃ、私達姉妹だし・・・桜と一緒で、春命は大切な妹だからね」

「・・・ありがとうございます。そんな風に私を思ってくれて」

「春命。勘違いしちゃダメよ。私達は春命を妹のように『思っている』んじゃない。春命は私達の妹で家族なの。そこに、願いや望みが入る込む余地は無いのよ」

「・・・はい」

「うん。それで、おねぇさんに何が聞きたいのかな?」

「はい。先日学校行事で林間学校へ行ったのですが、そこでーーーーー」


 春命はそこで、義恭や桜にはいまだに話さなかった。

 林間学校で遭遇した不思議な体験と、前日に愛花から聞いた神隠しの話も含め、楓に話して聞かせる。





 楓は、春命が話す不思議な体験を真剣な顔で黙って聞き。

 

 春命が話を終えると、考えるように顎に手を添え、瞳を閉じた。


 春命はそんな楓からどんな言葉が出てくるのかを黙って待つ。


 普通の人なら、こんな破天荒な話を聞かされれば、揶揄うような態度を取ってしまうだろうが。


 春命は、楓がそんな人ではない事は理解していた。


「・・・・・・そっかぁ」


 暫くの沈黙の後。

 楓はそう小さく呟くと。

 

 ウッドデッキの机の上に置いていた自身のノートパソコンを開き、何やらファイルを探すような操作をする。


 春命は、そんな楓の姿を見詰め。


「春命、隣に座りなさい。・・・コレを見て、これが何を示しているのか分かるかしら?」

「・・・・・・何かの分布図であることは分かります」


 楓はとあるファイルを開くと、春命を自分の隣の席に座るように言い。

 彼女にノートパソコンの画面が見えるようにして、寄り添うように身を寄せた。


 春命は、楓と触れた肩から、彼女の温かさと柔らかい匂いを感じつつ、ノートパソコンの画面から情報を読み取る。


 ノートパソコンの画面には、日本の地図が表示されており。

 表示されている地図上には、何箇所か赤い点が打たれ。

 赤い点の横には、日時のような数字の並びと、よく分からない数字が記載されていた。


「コレはね、最近国内で発生した重力異常を表している分布図なの。コレが発生した日時で、こっちの数値は異常値の大小を表した数字。異常値は数字が大きい程、通常からかけ離れている事を現しているの・・・そして、此処」


 楓はパソコン画面に表示した分布図の説明をした後。

 分布図の一点を指差して春命に見せる。


 春命は、楓が指さした一点を見て、驚いたように瞳を見開く。


「春命が林間学校で訪れ、ハイキングをした日の自然保護区では、過去数十年で一番の重力異常が発生している。これは興味深い!」


 そして楓は・・・。


 琴線に触れた玩具を見つけた子供のように、満面の笑みを浮かべ。


「神隠しの噂も含め、春命が遭遇した体験を私なりに考察するとだね。春命は時間遡行ないし、時間跳躍をしたと考えられるね!」

「時間遡行・・・跳躍?・・・タイムトラベルと言うモノですか?」

「えぇ、不思議体験から戻ってきた後、リュックの中を確認したら、桜が入れたお菓子や義恭が持たせていた道具が入っていたんでしょ?」

「はい。ですが、食べたり、使用した痕跡はありませんでした」

「きっと、向こうから戻ってくる際に、向こうに行く前の時間まで巻き戻ったから、使用前に戻ったのよ」

「・・・・・・」

「重力と時間は密接な関係にあるからね。特異的な重力異常が発生したのなら、時間的な異常が発生しても可怪しくない!そして君は、あの日あの場所で、そんな時間的異常現象に巻き込まれ、タイムスリップなりタイムリープなりをして、時をかける少女となったのだ!」


 楓は勢いよく言い切ると、ドヤ顔でビシッと春命を指差を指し、満足げな笑みを浮かべた。


 春命はそんな楓にジト目を向け。

 自分を指差す楓の指を横のズラしながら。


「仮に・・・私がタイムトラベルをしたとして。あの時遭遇したキツネやカラスは何なんですか?どうやって、戻ってこれたのです?」

「分かんない!」

「・・・」


 桜より少しだけ小さな胸を張り、自信満々に言い切る楓の姿に、春命は頭痛を覚えそうになるが。


「でもね春命。世の中にはね、今常識として学んでいる意外の現象が、何処かで確かに存在しているのよ。愛花ちゃんや沙織ちゃんが持つ力を知っているでしょう?アレらは、今の常識からは逸脱したモノよ。もしかしたら、タイムトラベル先で遭遇した『何か』は、神とは言わずとも、自身の意識を他者や動物等に憑依させる力を持つモノだたのかも知れないわね。それに・・・貴女が最後に見た三本足のカラス・・・それがもし八咫烏なのであれば、それは導きを司る神でもあるわ・・・だから、帰ってこれたのかもね・・・」


 春命には、確かに過去、自分自身には無かったが、超常的な事を体験した経験があった。

 だからあの時も、その体験があったことで、冷静に立ち回れたのかも知れない。


 そんな風に物思いに耽る春命の頬に、柔らかい楓の手が触れ。


「・・・神威と新田の下に保護されているアナタは・・・きっと何処かの世界で・・・私達の宿命(輪廻)に、関わってしまってるのかも知れない・・・」

「宿命とは・・・なんです?」

「大した事じゃないわ・・・些細なものよ。だからアナタは知らなくて良い・・・知らないままでいて欲しい。・・・何も知らず、義恭と桜の下で、穏やかな日常を過ごしなさい。それが唯一、私達の宿命(輪廻)を絶ち、救う方法なんだから」


 何処か物悲しく、泣きそうな瞳で春命を見詰める楓の姿に。


 春命は何も言えなくなり。

 静かに頷くことしか出来なかった。





 分からないことは沢山あるが・・・。


 今、此処になる日常が、自分の大切な人達の導きで在ることは理解した。


 だから・・・いつか。


 自分も、大切な人達を穏やかな日常へ導ける存在になれればと。


 春命は、悲しげな笑みを浮かべ頬を撫でる楓の手を掴み、強く願った。

新田 義恭 (にった よしやす)

 普段は額戸(ごうど)性を名乗っている。

 球技全般が残念なマッチョ。

 額戸家の台所の主。


神威かむい さくら

 残念美人。

 実家に帰るのが嫌なお年頃。

 亜麻色のロング髪。


八意やごころ 春命しゅんめい

 あだ名・・・はるちゃんだったり、シュンちゃんだったり。

 オマセサン。

 携帯には5人しか登録されていないお友達が少ない子。

 猫っ毛のセミロング。


神威かむい かえで

 桜の姉

 超天才

 うっかりで国家機密とか暴露しちゃうお茶目機能が搭載されてるぞ。


宮本みやもと 愛花あいか

 異能力者

 お化けとか見える。

 桜に振り回される苦労人。


いずみ 沙織さおり

 陸上部で褐色元気っ子。(今は元陸上部)

 春命とは小学校からの幼馴染。

 春命のことをシュンちゃんと呼ぶ。

 義恭のことはヨッシーと呼ぶ。

 

 とある切っ掛けで常人よりも優れた身体能力を有するが寿命を犠牲にしてしまう。


坂本

 春命のクラスの男子クラス委員。


新井

 春命のクラスの女子クラス委員。


鈴木

 春命のクラスメイトの男子。


樋村ひむら

 春命のクラスメイトの男子。


堂本

 クラス内で起きた委員長バトルを仕切る男子。

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