3日目
今日もまた寒い日だ。気温は三度ぐらいに感じる。無理やり引っ張り出してきたマフラーを首に巻き付けて温かさに浸る日を送った。そして今日も少女は家の前に居た。一昨日、昨日と同じように。一つ違う点をあげるなら昨日あげた上着を持っているくらいだ。
流石に三日連続で鍵を忘れるのは信じ難い。いや、今は信じとこう。深く考えたくない。
そして今は四時。昨日立てた予想でさえあと一時間ある。そんな中少女を置いてゲームをするほど鬼畜じゃない。
緊張しかしないけど話しかける方が今後も後悔せず楽しく過ごせそうだ。
俺は少女にゆっくりと近づく。その気は無いが不審者同然だろう。少女の目線に合わせて座り、深呼吸をして口を開く。
「ねぇ君。寒いよね、大丈夫?」
即興にしては中々良い言葉を出せたのではと自分を過大評価する。だが少女は言葉を返さなかった。その代わりに首を縦に振った。"大丈夫?"の言葉に"大丈夫"と返したのだろう。だが少女は大丈夫そうに見えない。昨日あげた上着を羽織り丸まって居るがそれでも足りずに震えている。そんな少女を大丈夫か、じゃ帰ろう。とはならない訳で、せめて少女の震えを抑えてやるぐらいはやらないと、自分の心は許さないだろう。かと言って家に入れるとなると少女の同意も無いため誘拐のようになってしまう。その考えの元、自分の目線は首元のマフラーに注目する。
「あー寒いよね。震えてるし、これよかったら使ってよ」
首元にある赤色のマフラーを無理やり外し少女に渡す。少女は震える手でマフラーを受け取る。大きなマフラーを丸まった体で伸ばし、俺がしていたように首に巻き付ける。だが、ただ首に巻いているだけのようで首が閉まってしまい苦しくなっている。そんな少女を見てつい笑みがこぼれてしまう。
「えっとね。これはね、こう巻いてで、ここにこれを通すの。そしたらほら、出来た」
昨日までいや、数秒前まで喋る事も器用に出来なかったはずだが不思議と声が出た。しかも喋る事より高度な"教える"と言うことまで出来てしまった。少し出しゃばり過ぎたのではと後悔をした。でも少女はそんなことを思っていない様子で綺麗に巻かれたマフラーを見つめる。心做しか目がキラキラしている気がする。
「…お兄さん、ありがとう!」
少女は俺の目を凝視する。だが、一昨日、昨日かけられた冷たく、虚ろな視線とは真逆の暖かく、芯がある視線だった。
声も大きかった。昨日のか弱い声を出していた子と同じだと言われても数十秒悩む、それほど違かった。だがおかしな声じゃない。俺が想像する小学一年生。ドラマでよく見る、明るい楽しそうな小学一年生。そんな声を出す少女が自分的には嬉しかった。人に感謝されて嫌がる人は少人数だ。勿論、俺自身が少人数に入る訳が無く"ありがとう"なんて言われたら嬉しいし、昨日の少女を知っているからこそ、もっと少女に元気に喋って欲しいと思考が奥から顔を出す。
まぁ親が帰って来るだろうと予想した五時まであと一時間あるし、少女と話したって罰は無いだろう。
「ねぇ、君って名前なんて言うの?」
唐突な質問だったため少女は驚いている。それもそうだ。見ず知らずのただ上着とマフラーをくれた人でしかないんだから。それより、先に俺が名乗った方が良いか。
「あぁごめん、唐突で。えーと俺は小林優斗って言うんだ」
その名乗りに少女の驚きは薄まった様に思える。小さく口を開き、ゆっくりと言葉を吐いて言った。
「えっと、私はすざきひまりって言うの」
「須﨑陽葵ちゃん。良い名前だね」
パッと思い浮かんだ言葉を陽葵ちゃんに渡す。だが陽葵ちゃんはその言葉が嬉しくないようで顔を強ばらせた。
「…私、陽葵って名前嫌い」
少し悩んだと思えばズバッと自分の意見を俺にぶつけた。その言葉が俺には理解出来なかった。
「何で嫌いなの?」
俺の質問に頭を悩ませる。少しすれば言葉がまとまったのか深呼吸をして答えを出してくれた。
「…周りの友達は名前の由来があるの。でもお母さんは最近の名前のランキングで一位だからって。私も理由が欲しかったのに、」
なるほど。名前に対する理由が欲しかったか。確かに自分の"優斗"という名前も優しい子になって欲しい。と言う親の願いがあったから。一言でも理由があれば自分の名前に自信を持ち好きになれる。自身も持てる。そう言うことだったのか。
そんな陽葵ちゃんの言葉を聞き考えさせられた。そこで一つの考えが頭を過ぎった。あまり良いとは言えないかもしれないが陽葵ちゃんには少しでも気が良くなって欲しい。寒い日だからこそ特に。その気持ちで一つの考えを陽葵ちゃんに伝える。
「もし良かったら俺が理由付けようか?まぁ俺で良ければならだけど」
バカバカしい言葉だと理解している。だがそれでも陽葵ちゃんにいい思いをして欲しい。
「ホントに!良いの!?」
予想以上に食い付いてきた陽葵ちゃんに驚きはあるが俺の提案を嬉しがってくれるのはこっちも嬉しくなる。
陽葵ちゃんの言葉に相槌を返し、バックを下ろし横に座る。下ろした置いたバックを開き一番最初に目に入った数学のノートを取り出し裏側を開く。シャーペンを取り出し、左上に"陽葵"と書く。
「えーと、理由だけど……」
陽葵ちゃんは俺の言葉に期待しているようでノートを凝視する。さっき俺に見せた目線と少し似ている気がする。
ノートと言葉を並行して理由を伝える。
「まず、陽葵の陽はね、陽の光とかで使われてて、まぁ名前に付けるなら明るい子とかそう言う意味合いになるかな?」
陽葵ちゃんは言葉の意味を知り太陽に目線を向ける。雲で隠れているが奥底で元気に明るく光っているのが分かる。
「で、陽葵の葵は主に花の名前とかで使われるね。アオイ科の例えば唐葵とか。綺麗な花だよ。で、名前の由来なら唐葵の花言葉が大望とかがあるから、二つ合わせて"太陽のように明るい子になることを大いに望んでいる。"みたいな感じになるかな?どう、気に入ってくれた?」
陽葵ちゃんはノートに書いた文と見つめ合う。
「……うれしい」
一言、小さく呟いた。意図的と言うよりも言葉が漏れてしまったと言う表現が合う、そんな呟きだ。
「ありがとう!お兄さん、めちゃくちゃ嬉しい!」
呟きから一転して陽葵ちゃんは明るく元気な言葉をくれた。俺が考えた名前の由来にピッタリな太陽の明るさだった。
それから家に帰るまでの一時間、陽葵ちゃんに色んな言葉を教えた。陽葵ちゃんは色んな言葉の意味を知り楽しそうだった。俺はそんな陽葵ちゃんを見ているのが楽しかったし嬉しかった。一、二年前に博識な人に憧れ、色んな言葉や雑学を覚えていたことを心から感謝した。過去の自分に感謝するのは久しぶりだ。自分であろうと誰かに感謝するのは悪くない。感謝されるのは尚更だ。
家に戻り改めてノートを見る。自分が書いた見飽きた字と共に書かれているお世辞でも上手いとは言えない陽葵ちゃんの字がさっきの時間を思い出させてくれる。自然と頬が上がる。そのページを丁寧にちぎり机の上に置く。額縁にでも入れてみよっかな。そんな明るい思考が陽葵ちゃんの不自然な行動等を全て打ち消した。
まだ五時なのにお腹が空いてしまった。間食でも食べようか。軽い足で冷蔵庫に向かう。冷蔵庫にはあまりご飯が入っていなかったため親が帰って来るまで待つことにした。