恩返し
村の中心には円形の広場があった。特段高い建物はないので、その場からは村全体の様子が見渡せた。しかし、この村は広い。というよりは、スカスカだ。
点在する木造の建物は、重機もないのに整えられており、現代にあってもおかしくない様子であった。これも能力によるものなのだろうか。
今は昼下がり。僕はマメとその場に座り込み、村の人間の集合を待った。
「なんだか、林間学校に来た気分になりませんか?」
「……さあ、僕は経験がないものですから」
「そうでしたか……」
林間学校など、その類のものに行けなかったことは事実だ。会話を切ったのは、そんな話をしている場合ではないという理由からだが。
この話し合いでの一挙手一投足に僕の立場がかかっている。それに、少年が目覚めたらますますややこしくなる。
ちらほらと、村の人たちは広場に集合してきた。老若男女、その言葉の通りの顔ぶれだった。僕を見た時の反応もまちまちだった。同情、興味、疑い、そして恐怖。人々の顔からは、そんな表情を感じた。
小一時間で全員が集合となった。大体二十人くらいか。僕、マメ、オガワ、そして二十代前半くらいの男性を除き、村の人たちは円の形になって僕らを囲った。
「これで全員でしょうかっ!」男性はよく通る声で人々に問う。村の人たちはバラバラに頷いた。
「オーケーオーケー。ではさっそく、ビンくん、マメくん、オガワさんから『あの林で何があったか』を聞こうじゃないかっ!この三人がいれば、すべての空白が埋まる……だろうっ!」
「……ええと、あなたは……?」僕は聞き返す。
「おっと失礼!君は今目覚めたばかりだったねっ!俺はこの村で一応代表をさせてもらってる。呼び名は『ガチ』でいい!苗字も名前も鬱陶しいからな!」
「が、ガチ?」
「ガチさんはすっごく珍しいお名前なんですよね」オガワが微笑む。
「ああ!『我如古千尋』だ!今まで何度漢字を聞かれたことかっ!」
円陣の中に笑いが起こった。意外にも話し合いは朗らかに進みそうであった。
僕とマメは少年と対峙したこと、そして謎の男が襲い掛かってきたことを口々に説明した。
「その男はどうなったのだ?」ガチが尋ねる。
マメは僕の方を見た。彼女は男の一撃を受けてから気絶をしたので、男の最期は知らないのだ。
「……死んだ」僕は「殺した」とは言わなかった。
「死んだ?」ガチは僕の目を覗き込む。
「僕が……能力で無力化した後……あの少年が撃ったんです」
僕は少年に罪を擦り付けたような感覚だった。仮に少年が撃ってなくても、あの火傷なら男は死んでいたんじゃないか……
えたいの知れない罪悪感が僕を締め付ける。
「なるほどな!君は早々に災難な目にあったわけだ!運がない!」ガチは僕の背中を叩いた。
「そう……ですね、本当に運が……」
「ビンさん……」マメが心配そうに僕を見る。僕は顔を見られたくなくて、うつむいた。
「それで、君の能力はどんなものなのかね」円の一人、老いた男性が声を飛ばす。
「……こう、手を構えたら……熱が」
「熱……?」
「ええ……そうとしか」
「もしかして、あの林を吹き飛ばしたのは君なのか!?」
円がうごめき、どよめき出す。
「あんなことができる能力があるのか?」
「マメちゃんが無事だったのが奇跡だわ」
「そんな人には見えないけどなあ」
「ならば、その男だって君が殺したようなものじゃないか」老いた男性はそう続けた。途端に畏怖の目が僕を取り囲む。
僕が殺した。
僕が殺したのか……?
僕が返事をできずにいると、ガチは僕の両肩をつかみ、無理やりに目を合わせた。
「君は悪くない」
ガチはそれだけを僕に言った。
それだけで僕は、結構救われた。
「……ありがとうございます」
「田沼さんもその辺にしてくれ。ビンくんも被害者の一人だ」ガチは老いた男性を田沼と呼び、笑いながら話した。
「……ふん、どうかな」田沼は不機嫌そうだ。
「許してやってくれ。田沼さんはこっちで娘を失ってる。いつもどこか、安心できていないんだ。そういう人は結構いて……」ガチは僕に小さい声で言った。
「それよりあのガキについてだ」田沼がそういうと、周りも同調する。
「俺もそれが目下の問題だと思っているっ!」ガチはオガワの方を見る。
「正直言うと、彼はあの場に放っておくべきだったと思っている!そのまま息絶えたとしたら、それが彼の運命だった!」
「……彼は更生させるべきだと思ったの」オガワは静かにそう言った。
「そりゃ俺もそうしたいが、オガワさん……また彼が暴走したらどうするつもりなんだっ!」
「そうはさせないつもりだわ……彼はまだ子供よ。きっとすごく純粋で、だから殺人なんか……」
怒号があちこちから飛び出した。しかし僕もこれには納得だ。村の人たちからしてみれば、少年は忌むべき対象であり、それを助けたオガワも同罪とされそうなものだ。
ガチは内輪で争うことが一番良くないと考え騒ぎを止めようとしているが、オガワが一歩も引かない態度を見せているので、どんどんと場は過熱していった。
「俺を治したの、誰?」
少年の一言で場は一気に静まり返った。気にせずに彼は、円の中心へと歩いていく。
「な、なぜ……」田沼が口を開ける。
「手は厳重に縛られたけどさ、足縛らなかったのはだめだね。足でも銃は撃てるからさ」少年は田沼の方を向かず返す。
円は一気に崩れ、人々は逃げ惑った。
「戦闘能力の人は俺の後ろに!」ガチは叫びながら少年と対峙する。
「あっビン君。なんだもう起きてたの」少年は僕を見て、少し笑みを浮かべた。
「俺が行くまで家から出ないようにしてくれ!」ガチは依然叫んでいる。
「お前……何するつもりだ」僕は少年に右手を構えた。
「おー怖っ。ああ、そうそうよかったねビン君。当たり能力じゃない」
「何するつもりだって、聞いてるだろ!」
「何もしないって……ただ俺を治してくれた人にお礼をしないとさ」
「わ、私よ……」オガワが小さく手を挙げる。
「ああ、ありがとうね!」少年は満面の笑みで礼を告げた。
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