羊たちの凋落
窓から差し込む日の光で目が覚めた。森で気を失って……今は寝台の上のようだ。僕が身動ぎしただけでひどくきしむ。
「……ぁえ!」体の向きを変えると、マメが隣で寝ていた。これは夢かと僕は思った。
髪が垂れ、マメの顔を半分くらい覆っている。僕は急に頭が悪くなり、顔をもっと見たいと考えた。右手を伸ばし、髪を持ち上げようとした時、指先から微弱な痛みが走った。
どこかで擦ったのだろうか。人差し指の先が赤くなっていた。
「夢じゃない……か」わかっていたことだが。あの地獄のような出来事は現実だし、『ファイル』に来てしまったという抜本的な問題も間違いなかった。せっかくの眺めだが、僕は気分が落ち込んだ。
ここはどこかの部屋だ。天井を見上げながら僕は思い直す。あの光線で林の一部分は丸ごと吹き飛んでしまった。その異変を確かめに来た「下の連中」……つまり麓にあるらしい村の人たちが、僕たちを運んでくれた、そんなところだろう。
「あら、お目覚め?」部屋の戸を開け、気さくそうな女性が入ってきた。
年齢は20代後半といったところだろうか。一つ結びで髪をまとめており、落ち着きのある雰囲気だ。エプロンのようなものを着ているが、革に近い材質であり、あまり見ない風だった。
「ここは……あの山のふもとの村……ですか?」
「ええ、そうよ。その様子だと、大体の察しはついてるようね」
「あの……」
「待って。お話ならみんなでしましょう。私たちも聞きたいことがあるわ」女性は僕の質問を遮った。
みんな、というのは村の面々のことだろう。確かにあんな出来事の後だ。マメが重傷の今、僕が事のあらましを話すしかない。
「マメちゃんにも聞いては見たんだけど、どうもあなたしかわからない部分が多いみたいでね」
「えっ、マメさん僕より先に目覚めたんですか」
「さっきまで私と話してたわ」
マメは相当にひどくやられていたはずだ。もう話せるまでに回復したのか。
「おはようございま~す」横から力のない声が聞こえてくる。もちろんマメだった。
「マメさん!もういいんですか……その、身体の方は」
「え?身体……は大丈夫ですよ。健康です。至って!」
「ええ?僕が見たときはあばら?の辺りなんか結構やられ……」
僕がマメのあばらの辺りを人差し指で指すと、エプロンの女性がその指を掴む。
「どこかで擦りむいたのね……さっきは気づかなかったわ、ごめんなさいね」
女性が指を離すと、擦過傷はなくなっていた。
「まさか、これがあなたの……?」
女性はうなづく。その様子を見ていたマメは微笑んだ。
「本当にいつも助かってます、オガワさんには!」マメは察しよく礼を告げた。
「そんなことないわ。みんながいてこそだもの……そう、名前。挨拶がまだだったわね。私はオガワ。尾っぽの尾に、河川の川。よろしくね」
『オガワ』だと……目の前の朗らかな笑顔の女性に、乾いた眼をした中年教師が重なる。
「そうか、はは、貴方がオガワさん……」僕はゆがんだ笑顔で返す。
「あっ確かビンさん、オガワさんって方とお知り合いなんでしたっけ!人違い……みたいですね」マメが申し訳なさそうに僕とオガワの顔を見比べる。
「いえ、構いませんよ……別に会いたかったわけじゃないし……よく考えたらあまり興味ないな」僕は呟く。
「ビン君って言うのね。ふふ、面白い名前」オガワは笑顔でそう言う。
「……ありがとうございます」
名前の由来は話さなかった。
しばらくすると、オガワは来客の対応に部屋を出た。僕はマメに連れられ、戸に耳を当てて話の様子を伺った。
「なんでこんなこそこそしないといけないんですか……?」僕はマメに尋ねる。
「実はオガワさん……あの少年まで自分の能力で助けちゃったんです。彼は今、厳重に拘束されていて目も覚ましていないとのことですが……」
「なっ……」
額は銃口の冷たさを覚えていた。
あの少年を拘束する術はあるのか?僕は頭を抱えた。マメも僕に同調し、口に手をやった。
戸の外では、とりあえず僕とマメの話を聞こうと、村全体での話し合いの場が設けられることとなったらしい。断片的にしか聞こえなかったが、かなり強い語調の口論になっていた。
「……あれ?それで、どうして僕たちが息を潜めなければならないのですか?」
「村の一部の人は、ビンさんに対してもあまり好意的ではないのです。あの少年の仲間かもしれない……とお考えなのかもしれません」
「な、なんだそ……」
「あっ!静かに!」
マメは勢いよく僕の口を手で覆い、僕は壁に後頭部を打った。
「ごめんなさい……みんないい人たちなんですけど、あの少年の話となるとどうしても……」
「……」口を塞がれながら、僕は村の人間があの少年の手にかかったという話を思い返した。
話を終え、オガワが急に戸を開けたので、僕とマメはひっくり返った。
「いやだ、ごめんなさい。どこかケガしてないかしら」オガワは何事もなかったかのようにのんびりとした雰囲気だ。
「ああ、いえいえ、大丈夫です……」マメがそう返す。
僕はうつ伏せになったまま、不安な未来を憂いていた。
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