原初の血
黄土色の鉄塊は男を基礎に何とか人の形をとっているが、遠くから見れば自然物に見えなくもない。錆と土汚れでみすぼらしく、各部位がちぐはぐだ。
これを形容するなら……『纏う』ってところか。まるでトラックだ。対面してるそれの恐ろしさに、僕は胃が冷たくなるのを感じた。
「……さっきの坊やは滅多打ちにしたからハァ……次は一撃で、決めたいんだ、あぁあ!」
男、というか鉄塊は、左腕で土塊を巻き込みながら金属片を一線に集め、腕を肥大化させて振るってきた。だが、はやる気持ちに邪魔されたのか踏み込みが足りず、それは僕の目の前で空振りとなった。
ど、どうする……!僕には何の対抗手段もない。逃げようにも、男はちょうど僕が来た道に立ち塞がっているので、後退すればまた深い林に迷い込むだけだ。
男は他人の靴を履いているかのようにおぼつかない動きだが、其の鉄塊の中から僕をしっかりと見つめている。
目など合わせたくなかったので、僕は男から目を外した。ふと少年が目に入った。少年は男のそばでうなだれている。右の手元には溶けた銃が握られていた。あれは使えないだろう。
……いや、彼は両手に銃を持っていたはずだ。
僕は姿勢を低くして、もう一方の銃を懸命に探すが見当たらない。
そうしている間に鉄塊は再度、異形の鉄腕を振りかぶった。今度はしっかり踏み込み、真芯で僕を捉えようと。
後ろに下がっても当たる……!
僕はそう直感した。
「死……んでたまるか!」一か八かで、僕は男目掛けて走り出した。
男も僕の行動は予想外だったようで、頭らしき部位が一瞬固まったが、そのまま腕は振り抜かれる。
「体躯が大きい分、小回りが利かないはずだっ……!」
鉄塊の懐に入った僕は、そのまま滑り込んで鉄腕を躱し、男の後方、林の出口方向へ駆け出した。
血が熱くなっているのを感じる。一歩間違えれば、男にバラバラにされていただろう。
「……やるねヘェ……だが……」男は鉄腕を持ち上げる。
「あまりにもひ弱だなハァ!」
男が地面へ鉄腕を叩きつけると、彼が着地したとき以上の衝撃が僕を襲った。地面が僕を置いていったまま沈下し、僕は宙に浮かされる。
「……ッ!」僕は目を見開いた。「あれは……っ!」
僕は空中で、眼前の物に手を伸ばす。
――少年の銃だ。付近に落ちていたところを、僕と一緒に巻き上げられたのだろう。幸い、どこも損傷していない。
反転した視界の中で、僕は銃を構えた。
「くらえぇえ!」
僕は叫びながら、願うように何度もトリガーを引いた。次第に銃声と着弾音で自分の声も聞こえなくなった。地面に墜落した後も伏せながら続けた。
鉄塊は銃弾を受け、何度もひどい形に変形していく。銃の威力は絶大だ。そう考えていた僕は、効いていると思った。
……だが、よく見ると鉄塊はさらに肥大化している。もはや人間の鋳型からは大きくはみ出ており、「塚」と呼ぶほかない。
そこから僕の持つ銃へと、管のようなものが伸びてきた。僕が咄嗟に銃を離すと、管は銃と一体化していき、膨らんだ。
僕は、少年の持つ銃が溶けていたことを思い出した。
「そうか、だから……」
立ち尽くす僕を眺めながら、ゆっくりと「塚」は代謝する。
「……いいヒィ……ここまで抗えるとはハァ……あぁあ!素晴らしいね、君……」
「くそっ……何が目的なんだよあんたっ……!」僕は吠えた。
「……坊や……君は死ぬべきなんだ……死を取り戻すためにヒィ……または私を気持ちよくさせるために……」
「……っいい、言ってる意味が分からない!あんた、おかしいんじゃないか!」
「『ニムラ』を知らないのか……?」
「知るもんか!」
「……こちらに来てから……日は浅いのかハァ……」
「さっき来たばかりだよ!」
「……なに?」動きが止まる。
「……能力を見せないものだから……まさかと思っていたのだが……ハハッ、つい先ほどまで向こうの世界にいた人間が……あそこまで戦えるものなのか……君も大概……おかしいじゃないか」
「僕が……おかしい?」
なぜか、目を持たない鉄塊と目が合った気がした。
確かに、僕はハイになっていたのかもしれない。今男と話していて、ようやく現実に戻ってきたような気分だ。
もう打つ手がない。また死ぬのか……?僕は。
「ビンさん逃げて!」鉄塊の後方から声が聞こえた。マメだ。
マメは叫びながら、枝を削って作った槍を鉄塊へ投げる。僕は当然弾かれるものだと思ったが、槍は装甲の隙間を縫って男を貫いた。
「……あぁあ!痛い!すごく痛いじゃないかぁああ!」
男は叫ぶ。巨大な鉄の塊が痛みに悶絶し、暴れだした。振るった鉄腕によって木々は薙ぎ倒され、地表は抉れ、空気が鳴いた。
辺りが平らになったので、男は槍を投げたマメを見つけ――
力任せに鉄腕で弾いた。
「マメさん!」彼女がどうなったのか、僕からは見えなかった。駆け寄ることも叶わなかった。
「……ビンゴタイムだハァ……私の感覚では……何本か砕いた……問題は、どこを砕いたかだハァ……臓器に近ければ、死んでるよ……」男は嬉々として語る。
「……くそ」
――自然と、ごく自然と。ずっとそんな癖があったかのように。
僕は右手を、鉄塊に向けた。
「……君……何の真似だい、それは」
「……わからない」
血が燃えているようだ。
「……怒りに震えているのか……案ずることはない……坊や……」鉄塊は僕に向かって来る。
僕は構えた右手に血を集中させるイメージで力を加えた。
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