クラッシュ・スライド
青いまま落ちた葉を踏み分け、僕は少年の背中を追った。
そういえば、彼はこの林が危険な場所であると言っていた。獰猛な野生動物でもいるのだろうか。見たところ彼も軽装で、どちらかといえばこの環境に浮いている。
「ほら、あそこ。見たところ女性みたいだ」少年の指す方にはロングヘアの女性が立っていた。オーバーサイズのTシャツに、動きやすそうなハーフパンツ。僕より年上か、同じくらいに見える。黄昏に映える、端正な顔立ちだ。
「……彼女はどっちかな」少年は思案顔でその場に腰を下ろす。そして先ほど同様、俯いて考え始めた。
やはり僕には少年が何を考えているのかわからなかった。多くを知っているようで、それを教えてくれない。こうしている間にそこの女が、あれよと何処かへ行ってしまうのではないか。
「あっ」再び女性に目を向けた僕は声を漏らす。少年はその声には気付いていない。僕のことは眼中にないのか?
どうやら、先にお互いの存在に気づいたのは彼女の方だった。端目で僕を確認すると、一瞬、彼女は表情に緊張を走らせた。
僕は彼女に気づかれたことを少年に伝えようと思ったが、何となく彼女から目が離せなかった。
よく見てみれば、本当によくできた顔だ。クラスにいるかいないか、そんな話じゃない。日本人ながら、日本人離れした、そんな顔。艶やかな髪、長い睫毛、大きな瞳にくちび……ん?
もっと目を凝らしてみると、彼女の口は同じ動作を繰り返していることに気づく。ひとつ、ひとつと、誰かに何かを伝えるために……誰かって、もしかして僕なのか?
周期からして三文字の言葉……僕は前のめりになって、その言葉を拾おうとする。
「ねえ、何して……」少年が僕の異常に気付き、顔を上げる。同時に、僕は言葉の正体が分かった。
「……『逃げて』?」
ざわざわと葉が揺れる。積み重なった違和感と不安感が、冷静だった僕の心を逆撫でた。
「チッ……なーんだ、あの女、下の連中だったのか」少年はポケットに手を突っ込みながら立ち上がる。
「お、おい……なんだよ下の連中って……待て、何するつもりだ」
「最初に」少年は少し背の高い僕を見上げる。「この辺は危険って言ったよね」
「逃げて!」と、少し遠くで女性が叫んでいる。ああ、僕の予想は当たっていた。
「その理由。ここはオレの狩場なんだ。」少年はゆっくりとポケットから拳銃を抜き取る。
おかしい。そんなものを入れながら動いていたなら、僕だって違和感を感じていたはずだ。
まるで何もないところから……まさか、これが……!
「そう、オレの能力。撃ちたいって思うとさあ、出て来んだよね、銃が!」
少年は僕の額に銃口を押し付ける。
「撃てば死ぬなぁ、ビン君」
「な……にが目的なんだ」
「……緩衝材ってあんじゃん。空気が入ったビニールっていうか?通販とかでなんか頼んだ時、ついてくんの。潰すのに意味なんも意味ないよね。でも楽しい!そんな感じかな」少年は嬉々としてそう答えた。
どこか少年に漂っていた知的な雰囲気は霧消し、むしろ歳不相応なくらいの無邪気さが顔を見せた。
ロングヘアの女性は僕を助ける機会を伺っているが、状況が状況なので動けずにいる。
「人間の命をそんな簡単に奪っていいわけ……」
「ないって?本当にそう?」
「何……?」
「命ってのは一回きりだから尊いんだってオレは教わったよ。でもどう?」銃口を僕の額から離し、少年は手でおどけた演技をする。
「オレたちは一度死んだのに、こうしてまた、電池を替えたみたいに命を得てる……それって、結構チープじゃない?」
少年の手に握られた拳銃を、何かが貫く。咄嗟に女性の方を向くと、視界が暗転し、ジェットコースターに乗ったように、風が僕を通り過ぎていく。
刹那で何が起こった?気づけば足元に暮れの空が横たわっている。僕は地面と平行に、速く、飛んでいるのか?
違う。僕はあの女性に担がれていた。状況を問うこともできないまま、同じような木々が通り過ぎていくのをただ眺めることしかできない。
「来ますよ!」女性が耳元で叫ぶ。
枝葉を脱し、黄昏の空に少年が飛翔した。およそ人間の跳べる高さじゃない。
「邪魔だな、女ァ!!」少年は完全にハイになり、声を地上に叩きつけている。両手には先ほど見せた拳銃より二回りも大きい銃器を構え、それを連射しながら急接近してきた。
奔走する女性だったが、僕を庇ってか、躱すことに手一杯なようだ。そんな僕はと言えば、細腕に揺られながらなんとか周囲を観察していた。
「あっち!あっちは周りより木が密集しています!一度あそこで隠れましょう!」なんとか介助になればと、僕は女性に提案した。
返事はないが乗ったようで、僕たちは少年の猛攻を躱しながら、さらに深い緑へと潜っていった。
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