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5. よくわからない女

アリスティア王女殿下との婚約話を持ち掛けられたのはルカ・アイディンにとって実に僥倖なことだった。


「で、どうだったよ。噂の聖女様は」


「確かに美しい(ひと)だったよ。聖女と呼びたくなるのもわかるな、聡明で清廉で。こちらの事情を話したら2つ返事で快諾してくれたよ」


ルカがそういうと、友人のアイザックは調子よく口笛を吹いた。


「ルカの口から女性についてそんな褒め言葉が出るなんてな。良かったじゃねえか。これで天下のルカ・アイディンも結婚か」


「いや、結婚はしない」


「は?」


「だから結婚はしない。向こうはそもそもそのつもりだったみたいだ。国王陛下が勝手に暴走して申し訳ないとすら言われたよ。望まない結婚を持ち掛けられているからその口実になってほしいと言ったら、婚約破棄はそれまで待ってくれるってさ。何ともこちらに都合のよろしいことで」


「お前と結婚したくない女がいるなんてな。流石は聖女様だ。お前、振られたのはじめてだろう。慰めてやろうか」


わははとからかってくるアイザックにむっとしながら、先ほど別れたばかりのアリスティアのことを思い出す。


「ではまたお会いするのを楽しみにしていますね」


そう鈴のような声で言って、アリスティアは真白い指をひらひらと振っていた。


よくわからない女、というのが率直な感想だった。


友人にはよく指摘されるが、ルカ自身、自分がある種の女性嫌いであることは自覚していた。

社交の術としてある程度女性の扱いは心得ているし、女と遊ぶことくらいはある。しかし根っこのところで女性を好きになったり心を許したりということはなかった。


それはルカの姦しい姉たちにうんざりしていたせいであり、思春期に女性から投げかけられる秋波を煩わしく思っていた習慣が残っているせいでもある。


であるからアイザックの言う通り、仲間内でルカが女性を褒めるのは珍しい。話していてわかる頭の良さと穏やかな気性。それにアイザックに対してまるで下心のない様子は素直に信頼できると思えた。だからこそ自らの事情を話したわけだ。


その信頼は見事にあたり、こちらが言葉を飾らないことに嫌な顔ひとつせず真摯に話を聞いてくれたように思う。そしてルカの望み…今来ている婚約を交わすための防波堤になってもらいたいという勝手な要求は無事受け入れられた。


結果は上々、ルカは手放しで喜んで良いはずだった。しかしどうにも収まりが悪い気持ちが拭えないのも事実だ。


「であれば、偶にわたくしを遊びに連れ出してくださいませんか?」


それはルカが牽制のつもりで言った言葉への返答だった。こちらの願いを聞いてもらうのだから、当然何らかの見返りは要求されるはず。だから引き合いに条件を提示される前に、先に望みを聞き出そうと思ったのだが。


であれば、とはどういう意味だったのか。

貴方(ルカ)(アリスティア)にうまみがなければ気が咎めるというの()()()()、か。

つまり一から十までが彼女の親切心と気遣いで、ルカは一方的に願いを聞いてもらったというわけだ。断れなかったという線もあるにはあるが、彼女は王族で少なくともルカに阿る必要はない上、人に流されやすいようにも見えなかった。


婚約後にそれを解消するとなると、アリスティアにも相応の傷がつく。それを何の見返りもなく、詳しい事情すら知らずに引き受けるなんて正気の沙汰ではない…とルカは思う。


それをやってのけるからこその“聖女”扱いか。見目の麗しさのみを表した呼称かと思っていたが、振る舞いも込みでということなのかもしれない。


そんな理屈を脳内でこねくり回しながら、彼女曰く見返りのデートプランについて思いを馳せる。そんな要求をせずとも、婚約者の名の下にいくらでも外出する機会を作れただろうに。


無難どころとすればやはりオペラだろうか。国立のローズガーデンがそろそろ見頃だと聞いたからそれでも良いかも知れない。遠乗りは人によって好き嫌いが別れるから初回では避けるべきだろう。


あれやこれやと頭を捻りつつも、ルカの中にはちょっとした予感があった。

きっとアリスティアなら場末の酒場だの汗臭い騎士の訓練場だのの凡そデートとして破綻しているような場所を選んだとしても、あの楚々とした笑みで喜んで見せるに違いない。


一度会っただけにもかかわらず、ルカの中にはそんな妙な確信が芽生えていた。

ルカはまた一種類苦手な女が増えたかもな、なんて思った。

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