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2. 婚約と父


「喜べ。お前の婚約が決まったぞ」


客間の上座に足を組んでゆったりと腰かけた男、アリスティアの実父でありレーブル王国の国王であるコンラートは開口一番にそう告げた。

それを聞いたアリスティアは婚約の話が出た時まずどんな感情より先に納得してしまった。コンラートが自身を訪ねてくる理由にとんと心当たりがなかったからである。



「婚約、ですか?」

「ああ。いいのを見繕ってやった」


アリスティアとおそろいの銀髪を触りながらそう言い放つコンラートは何処か得意げだった。後ろに控える従者に手で合図をすると、さっとアリスティアの前に一枚の肖像画が差し出された。


「お前には幼少期に婚約者をあてがってやれなかったからな。その分条件のいいのを見つけておいた」


アリスティアはぼんやりと受け取った肖像画に目を落とした。漆黒の目と髪に彫刻のように整った顔立ち。女好きのする顔かもしれないとアリスティアは思った。


「どうだ、社交界でも人気の美丈夫だぞ。アイディン公爵家の嫡男で家柄としても申し分ないうえ優秀だと評判の男だ」

 

正直、その男の家柄や見てくれなどに興味はなかった。今のアリスティアなら、普通の令嬢なら死んだほうがマシと思えるような醜悪で好色の老人へ後妻に入ることですら、なんの抵抗もせず頷いただろう。そんな投げやりな気分だった。



「嬉しくないのか?」


アリスティアのものより幾分濃い、サックスブルーの瞳が彼女を覗き込んでいた。誰にも頭を下げる必要のない男が、アリスティアの機嫌を伺うような表情をしている。それが小気味いいのと同時に不愉快だった。 


けれどアリスティアはその苛立ちを表に出したことはない。根っからの性分なのか、はたまた習慣がそうさせるのか。アリスティアはそのとき相手が望んでいそうな言葉を選んで与える癖があった。


「いいえ、光栄ですわ」 


やんわり口角を上げてそう言うと、やはりコンラートは嬉しげに目を輝かせた。

自分を殺しているという自覚はない。特に辛くもなかったし、相手の意に合う言動をして、それで万事うまく行くのであれば何よりだと思う。


「そうか!それはよかった」

「ありがとうございます。お父様」

 

コンラートは言いながら自分の膝を叩いた。その様子は誰の目にもわかるほど機嫌が良さそうに見えた。

まるで子煩悩な父親のようだとアリスティアは思う。国王が自らの子とはいえ、呼びつけるのではなくわざわざ人を訪ね、機嫌を伺うように娘の相手をする姿は、側から見ればそうとしか取れまい。

 

けれどアリスティアは知っていた。コンラートの態度は親が子を愛する想いから生まれたものではないということを。


「では早速、数日中に顔合わせの場を設けるとしよう。また連絡する」


「わかりました」


アリスティアの返事を書くや否やコンラートは立ち上がると、足取り軽く出口へ向かった。  


「じゃあな、また来る」

「はい。お待ちしております、おとうさ」


ま。というアリスティアの言葉と扉が閉まる音とは同時だった。


ふう、とアリスティアは息を吐く。アリスティアの機嫌をとっているつもりでいて、本当は自分のことしか考えていない。

子供のような大人。それがコンラートという男の本質だと、アリスティアは思っている。

罪悪感なんて勝手に抱えていればいいものを、許されようと必死で、振り回されるアリスティアのことなど想像もつかないだろう。



「相変わらずお父様ったらせっかちなんだから」


取り残された部屋の沈黙を破り、アリスティアは陰のように後ろに立っていた侍女にそう声をかけた。侍女がアリスティアの茶目っ気にほっとしたような微笑みを浮かべたのを認めて、笑みを深める。


こぽり、耳の奥で水の音が聞こえた気がした。

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