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看護師・西アカネさんの正体

作者: 渡辺哲

 オレは目が覚めた。そして、目を開けた時、心臓がドクンと震えた。オレは病室にいた。

 オレは首を動かして、病室内を見渡した。この病室にはオレしかいない。オレは口に人工呼吸器を付けられている。それから、腕には点滴注射が付けられている。ここは集中治療室だ。

 首をひねって、頭の上を見た。「藤田涼、十七歳」と、オレの名前と年齢が書かれたカードがベッドに張られていた。

 その時、病室の入り口近くから看護師たちのヒソヒソ話が聞こえてきた。

「かわいそうに、この子、もうダメらしいよ」

「そうなの。まだ、高校二年生らしいけど」

「肺炎の症状が急に重症化して、もう手がつけられないらしいわ」

「お母さんも可哀想ね。息子さんがまだ高校二年生で死んでしまうなんて」

「シッ。静かに。もしかしたら患者さん、起きてるかもしれないわよ」

 それから、看護師の一人が病室に入って来た。そして、オレに声をかけた。

「藤田さん。起きてますか?」

 なぜだか、わからないが、オレはその時、寝たふりをした。看護師さんがフーッと安堵のため息をついて、病室を出て行った。続いて、看護師さんの声が聞こえてきた。

「大丈夫よ。ぐっすり寝ているわ」

 オレの体が小刻みに震え始めた。オレは自分の右腕で自分の左腕を押さえた。しかし、左手がブルブルと勝手に震えるのを止めることはできなかった。大声で叫びたかった。

 その時、看護師の西アカネさんが僕の枕元にやってきた。

「藤田くん。調子はどう?」

 僕は涙を必死でこらえた。

西さんは目をキラリと光らせた。

「その様子じゃ、病状がわかってしまったみたいね」

 俺は泣きながら叫んだ。

「オレはもうすぐ死ぬんですか!」

 西さんは言った。

「藤田くん。今から言うことを秘密にできる?」

 オレはうなずいた。

「実はね、私は西暦二千四十八年の未来からやって来てるの。そこでは疫病の遺伝子が変異して、感染力は今の十倍になっている。死者数は五千万人になっている。二千十九年に流行したスペイン風邪と同じ位の死者数ね」

「嘘だ・・・」

 西さんは頭を左右に振った。

「二千四十八年ではね、人は交通事故で死ぬより、疫病にかかって死ぬ人の方が多いのよ。だから、疫病世代の生き方マニュアルができているの。それについて、知りたい?」

 オレは首を縦に振った。

 西さんはニコッと笑った。

「疫病世代の人々はいつ死ぬかわからないから、死に備えるようになった。そこで、三つのことを大切にするようになったの」

「三つのこと? 何ですか、いったい?」

「一つ目はね、『自分の人生の大きな目標を明確にする』ということ」

「それ、どういうことですか?」

「自分が本当にしたいことは何かを明らかにするということよ。それを決めていないと、人は死ぬ前に後悔するの」

「じゃあ、二つ目は?」

「二つ目はね、『自分の人生の大きな目標を達成するための方法を明確にする』ということ。だって、目標だけ決めても、それを達成するための方法がはっきりしていなかったら、めざす生き方はできないでしょう? そして、自分の決めた目標達成に向けて、自分の決めた方法でベストの努力を続けるの。そうすれば、いつ死が訪れても、思い残すことなく死んでいけるの」

 オレは何度もうなずいた。

「そのとおりでしょうね」

「そして、三つ目は、『自分は今晩寝ている間に死ぬんだと考える』ということ。今日一日最善をつくせば、余計な欲望で苦しむことなく、満足感とやすらぎで心が満たされる」

 西さんがニコッと笑ってから、言った。

「『あなたはもうすぐ死ぬ』って言われたからといって、それが事実になるかどうか、わからないわ。あなたは長生きするかもしれないし、今晩死ぬかもしれない。それは誰にもわからないことなの。自分ではコントロールできない現実を受け入れて、自分の人生の大きな目標達成に向けて、今日一日、最善の努力をするのよ。それがあなたのできること!」

 オレはスーッと胸が軽くなった。

 西さんは右手を左右に振って、出て行った。

 そして今、オレはこれを全力で書いている。今、ここで、オレは三つの大切なことを全力で実行している。そして、これからもずっと全力で今日一日を生き切る。死がオレに訪れる、その日が来るまで・・・。


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