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強引な光

 数秒、沈黙が流れた。言葉を失ったチェシャ猫が、無言でシロを見上げている。ややもすると、話題についていけていないのに中途半端に乗っかっている愛莉が、目をぱちくりさせた。


「んん? 上戸先生、ひょっとして狩人なの?」


 彼女はひとつひとつ口に出して、整理を始める。


「えっと、前にシロちゃんが言ってた、お店に来てた変わったお客さんていうのが上戸先生だったんだよね? その変わったお客さんは、レイシーと狩人の存在を知ってるっぽい口振りだった。じゃあ上戸先生はレイシーと狩人を知ってるってことになるから……やっぱ狩人か、深月さんみたいに狩人のサポートしてる人だよ!」


「そうとも限らねえだろ。ただ人ならざる者とそれを追う者がいると思うかどうか、聞いただけだ。その話を聞いたときにも言ったが、単にその手のフィクションに触れて空想が捗ってただけかもしれない」


 チェシャ猫は紅茶を手に取り、水面に向けて小さく息を吐いた。


「それにしたって不自然な質問だけどな。初対面のシロさんに、いきなりそんな質問をぶつけるのは妙だ」


「先生が空想好きな人で、面白い作品に触れたあとは喫茶店のマスターに語る趣味の持ち主なのか、そうでなければ僕がレイシー駆除業務の関係者だと想定してるかじゃないと、あんな質問は出ないと思うな」


 シロがにこりと笑う。チェシャ猫は紅茶をひと口、口の中に流し込んだ。


 仮に上戸が、狩人だったとする。

 病魔のようなレイシーはいるから、医者兼狩人はいるかもしれないし、彼自身が狩人でなくとも、役所と病院が繋がっている可能性もある。


 上戸はどこかでシロの正体について耳にして、彼の店を訪れた。味方同士であれば、お互いに正体を明かして協力関係を結べる。

 だが狩人は自身の正体を迂闊に明かせない。だから明確に「レイシー」「狩人」という言葉を使えず、『人ならざる者と、それを追う者が、この世に実在すると聞いたら信じますか?』とシロに鎌をかけた。


 逆にシロが狩人の関係者であると確信していたら、こんなまどろっこしい質問はしない。ならば役所などの公的な機関から告げられていたのでなく、どこかで耳にした不確定な情報だったのだろう。


 シロ側も当然、突然の問いかけに警戒して、正体を明かしていない。むろん、チェシャ猫の存在にも触れなかった。


「やだな。僕だけ、どこかから情報が洩れたのかな」


 シロが眉を寄せる。


「チェシャくんは、現場に人がいて見られた、とか有り得るからともかく。僕はほぼ隠居だから、絶対バレないと思うんだけど……」


「シロさんを狩人の家系と断定はできてなさそうだから、深月さんとか羽鳥とかではない……よな。仲間内は、あんたの正体をバラすメリットがない。と、思う」


 チェシャ猫がやや自信なさげに言うと、シロは小さく首を傾げた。


「どうだろう……人間である小栗くんがレイシーの味方をしたように、正義の在処は人によって違うからね。味方に見える人を、知らないうちに敵に回したってこともあるのかも」


 それから、彼は開き直ったように言う。


「まあ、仮に露呈したとしても僕で良かったよね。直にレイシーと対峙するチェシャくんだったらもっと危なかった。僕伝いでチェシャくんまでバレないように、今の段階で芽は摘んでおかないと。次に上戸先生がご来店のときには、誰になにを聞いたのか、こちらから仕掛けてみよう」


「危ねえ橋は渡んなよ。シロさんて、慎重に動いてるように見せかけて危なっかしい言動するとこあるからな」


「それはお互い様だよ。愛莉ちゃんも、気をつけてね」


 シロの笑顔が愛莉に向く。しばらく無言になっていた愛莉は、抹茶ラテをひと口啜り、こくりと頷いた。


 *


 店を出たあと、街を往くチェシャ猫に愛莉がくっついてきていた。


「ねえチェシャくん。上戸先生となんの話してたの?」


 そういえば愛莉が来たのは上戸との会話のあとであり、愛莉は上戸が話してくれた袴の人物の件を聞いていない。面倒だったが、説明しないとそれはそれで鬱陶しく絡まれるだろうので、チェシャ猫はさらっと語った。


「老婆殺しの事件の当時の話だ。袴姿の奴が山に入っていったと、目撃情報があったらしい。この袴の人物は誰かを追いかけてたとみられてて、老婆を殺した容疑者だと睨まれてる」


「ふうん。……って、え!」


 愛莉は急に声を大きく張り上げた。


「それってつまり、おばあさんを殺して埋めたのが、シロちゃんの叔父さんかもしれないって!?」


「あんたは本当に遠慮がねえな」


 チェシャ猫は呆れて顔を顰めた。自分もその考えに至ったがシロに申し訳なくて、そんな考えをした自分が嫌だったというのに、愛莉ははっきり言うのだ。


「よくそんなこと言えるな。シロさんの叔父さんが人殺しかもしれねえなんて、考えたくもないだろ」


 チェシャが辟易した声で言うと、愛莉は大きく頷いた。


「そうだよ、考えたくもないっていうか、絶対に有り得ない。だからそんな容疑をかけられちゃったんだとしたらまずいなって思った。なんとかして疑いを晴らさないと」


 愛莉が両手を拳にして意気込む。見ていたチェシャは、ぽかんとした。

 どうして、「絶対有り得ない」などと言いきれるのか。なぜその発想自体を恐れないのか。


「本当に殺したかもしれない。標的のレイシーと間違えた可能性は、充分に有り得る」


 チェシャ猫が低くぼそりと言うも、愛莉は明るい声で思い切り否定する。


「いや、ない。有り得ない。叔父さんが人殺しなんて、絶対絶対百パーセント完全にないよ」


 愛莉はチェシャ猫の顔を覗き込み、大きな目をぱちくりさせた。


「だって、そうじゃなきゃ嫌だもん。あたしが嫌だから、はっきりさせるの」


 シロの叔父が人殺しの容疑者、という事実は、チェシャ猫はその思考に至った時点で罪悪感に駆られた。

 だが愛莉の場合は、考えに至っても疑いはせず、むしろ「有り得ない」と言い切る。そして、その容疑を晴らそうと考える。ある意味、チェシャ猫なら立ち止まってしまうところを優に飛び越えて、その先の行動にまで思考が及ぶ。


 しかも、「有り得ない」と言い切る根拠は「自分が認めたくないから」。


 自分がどうしたいか。その目的が明確で、そこへ真っ直ぐ突き進んでいく。誰がどう言おうと関係ない。愛莉は自分の信じた道を行く。

 彼女のある種の気高い強引さは、チェシャ猫の目には女王の風格にさえ映った。


「あんたはすげえよ。俺はそこまでシロさんの叔父さんを信用できなかった」


 チェシャ猫が皮肉っぽく呟くと、愛莉はぱっと顔を上げた。


「珍しい! チェシャくんが素直にあたしを褒めた!」


「能天気だっつう嫌味だよ。シロさんの叔父さんがマジで人殺しだったらというケースは一切無視して、理屈抜きで、自分の都合のいい考えばっかりで」


 チェシャ猫ははあ、と宙に向かって嘆息を洩らした。


「あんたといると、希望しか見えないな」


 目が眩むほどのポジティブは、思い悩むチェシャ猫を明るく照らして、彼を囲む嫌なものを霞ませる。

 不安要素たちは消えてなくなるわけではない。あるのは分かっているのに、眩しさで周りが見えなくなる。不安があるのを分かっていながら、それを無視して前だけ見るのは危ないだろう。

 それでも今の自分には、これくらい強引に引っ張る手が必要だったのかもしれない。

 愛莉が暗闇の中に白い吐息を吐く。


「シロちゃんの叔父さんの潔白を証明するためにも、真実を明らかにしないとね。この事件を追えば、叔父さんの行方も見えてくるかも」


「まあ、それはそうだな。事件については調べる。現場の周辺で、当時の噂についてもう少し掘り下げるか」


 現場と巡の施設が近いから、巡の面会も兼ねてもいい。

 愛莉はにこっと満面の笑みを咲かせた。


「あたしも一緒に調べる!」


「どうせ邪魔だっつってもついてくるよな。好きにしろ」


「ひゃっほう!」


 愛莉がぴょんと飛び跳ねる。そんな彼女の無邪気な軽やかさを見ていると、チェシャ猫は悶々と悩む自分がばからしくなってきた。

 愛莉はリズムを刻むように、足を弾ませている。


「シロちゃんの叔父さん、万が一手違いで人を殺しちゃったとしても、こっそり逃げるような人じゃないよ。だってシロちゃんが、あのお店を大事にして、帰ってくるのを待ってるもん。シロちゃんが信頼してる人が、そんな情けない真似するはずないんだよ」


 あっさりした口調だが堂々ともしていて、根拠としては弱いのに確信している。チェシャ猫は納得半分呆れ半分で、僅かに俯いた。


「それは、同感だな」


 自分もシロの叔父を信じてみよう。この先調べてみて、疑いが強まったら手のひらを返せばいい。それまでは、愛莉と一緒にシロの叔父を信じる。

 チェシャ猫は胸の奥でそう決めた。

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