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今だから話そう

「寒いね。早く春が来ないかな」


 愛莉が帰ったあとの、夕暮れの店内。

 薄暗くなってきた窓際のテーブルでは、チェシャ猫がモッズコートを膝にかけて、カウンターの中のシロを眺めていた。


「残念ながら、まだしばらくは寒いだろうな」


「やだなー。でもその分、暖かくなるのが楽しみだね」


 コポポと、ポットから注がれる湯の音が響く。チェシャ猫は曇った窓に目を向けた。

 シロという稀代のネガティブ男は、わざとらしくポジティブな返しをする。悪いものから身を守る手段なのかもしれないな、などと、チェシャ猫は勝手に想像した。

 数秒の間のあと、チェシャ猫が切り出す。


「シロさん、なんであいつに小栗の件、はぐらかしたんだ」


 シロは眉を寄せ、はっきり答えた。


「センシティブすぎるからだよ。学校では小栗くんがなにをしたのか、伏せられてるみたいだったでしょ。それならそれなりの理由があるんだし、僕らから言うべきじゃない」


「隠蔽かよ。あのクソガキが何人の人を殺したと……」


 チェシャ猫はより気色ばみ、しかしそれ以上は続けなかった。シロは学校側が隠す判断をしているのを察して、空気を読んだのだ。嘘を塗り重ねた感じにはもやもやするが、シロがそう配慮するのならそれが正解かもしれない。

 続ける代わりに、チェシャ猫は頬杖をついてシロに言った。


「あの様子なら、恐らく保護者各位にも知らされてないな」


「そのようだったね。このまま揉み消されるのもおかしいけど、学校がわざわざ秘匿した件をバラして、騒ぎを起こしてしまうのはちょっとね……。それに」


 シロは和紅茶を注いだティーカップを盆に載せると、カウンターの戸を開けた。


「それに、どう説明すればいいのか分かんなくて」


 テーブルまで歩み寄り、シロはカップに手を添えた。チェシャ猫の前に静かに置かれた和紅茶から、芳しい湯気が漂う。


「彼女が友達だと思っていた子が殺人鬼で、偏った思考でレイシーの味方をしていて、チェシャくんをも殺そうとして、尚且つ愛莉ちゃんを慕うふりをして利用していたなんて。どこからどう説明すればいいの?」


「どこから切り出しても絶望的だな」


 チェシャ猫がティーカップを受け皿から持ち上げ、口元に運ぶ。シロは盆を胸に抱えて、難しい顔でチェシャ猫の向かいの椅子に腰を下ろした。


「本当はさ、愛莉ちゃんには、いつかはちゃんと知ってもらうべきだって分かってるんだ。知ってるのに教えないというのも残酷だって、それも分かってるんだけどね……」


「んじゃ、あいつが自分で気づいたときにそう言えばいいんじゃねえの。理由があって言えませんでした、と。あんた、そういう言い訳と言い逃れ得意だろ。深月への申告漏れをパフェで揉み消してたくらいだし」


 チェシャ猫が投げやりに言い、和紅茶をひと口啜る。シロはむっと子供のようにむくれた。


「またそういう意地の悪い言い方する。まあでも、もっともだね」


「シロさんて、そんな感じで曖昧にしてきて、俺に話してないこと多そうだよな」


 チェシャ猫の吐息が、和紅茶の湯気を歪める。シロの瞳が、キロッとチェシャ猫を見据える。笑みが消えたその目から、チェシャ猫は反射的に顔を背けた。


「いや、別にあんたと腹割って喋りたいわけじゃない。あんたとは仕事さえできればいいんだから、そこに差し支えなきゃ構わないけどな。差し支えたらうぜえから、言うことあったら先に言ってくれっつう意味な」


「チェシャくんはあまり、交渉が上手じゃないね。わざとじゃないんだろうけど、威圧的なんだよなあ」


 シロはそう言うと椅子から立ち上がり、カウンターへと戻っていく。チェシャ猫は口を結び、目を伏せた。

 シロを警戒しているわけではないが、食えない男だ、とは感じる。掴みどころのない態度に翻弄され、いつの間にやらシロの手の上で転がされてしまうのだ。

 と、無言のチェシャ猫の前にコト、と、湯のみの置かれる音がした。顔を上げると、シロが自分用に湯のみを持って、チェシャ猫の前に座り直している。


「言いたいことは分かるよ。さて、思い出話でもしようか」

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