三つ巴テレポート
頭を殴られるような、激しい衝撃があった。ぐらぐらする額を押さえて、愛莉は薄く目を開ける。
「ここは……?」
「起きた?」
話しかけてきた声は、ダイナのものである。寝そべっていた愛莉のぼやけた視界に、こちらを見下ろすダイナの顔が入った。
愛莉は一気に覚醒し、勢いよく跳ね起きた。
「そうだ、シロちゃんの叔父さん! ここはさっきのところの十二年後!?」
「待って待ッテ。落ち着いて」
ダイナに飛びつこうとする愛莉に、ダイナはびくっと肩を竦めて身じろぎした。愛莉は一旦黙り、周囲を見渡した。
場所は、先程と同じ店の中だ。しかしよく見れば、店内のレイアウトが微妙に違っている。同じ店の中だが、日か、年かが違っていると窺える。愛莉とダイナは、その店内の床にぺたりと座り込んでいた。
ダイナはかなりの力を消耗したらしい。先程よりも、ぐったり疲れた顔をして息を荒くしていた。
「大丈夫?」
「大丈夫ジャナイ。おねえさんが思っテル以上に、負担、大キイんだヨ……」
ダイナは不服そうに言って、くたっと項垂れた。
愛莉はカウンターの奥の壁に貼られた、カレンダーに目を凝らす。そしてそこに書かれた西暦を見て、えっと声を上げた。
「さっきの時間から、さらに二年前?」
愛莉は首をくるっとダイナに向けた。
「なんで!? 十二年後って言ったじゃん。なんで過去に遡ってるの?」
「う……失敗することだってアルヨ」
複雑そうに顔を歪めるダイナが、気まずそうに切り出す。
「あの男の子……シロチャン、っていったカナ。あの子があの場で、強くなにかを思い出しテタ。その意識が介在して、シロチャンの頭の中にあった時間がワームホールに影響与えチャッテ……」
「んんん? 説明してくれても分かんないや。もういいよ、それよりここからええと……十四年後! 十四年後の未来に行こう」
ダイナの言葉に愛莉が被せる。ダイナはむっとむくれた。
「そっちがなんで? って聞いてきたから答えたノニ」
それから額を押さえ、ダイナはため息をつく。
「なんにせよ、すぐには十四年後には飛べナイ。見てのとおり、ダイナ、くたくた。そんなに早くは回復できナイヨ。過去に行けば行くほど、自然のエレメント、触れなくなる。呪術、下手にナル」
「えー。じゃあダイナちゃんが回復するまでどこかで時間潰さなきゃ。どこ行く? カラオケとか?」
一瞬不服そうだった愛莉の顔は、もうご機嫌に戻っている。
「あっ、でも今って二十二年前なんだよね。カラオケ行っても懐メロばっかりかあ。ていうか、物を動かせないんだからリモコン使えないじゃん!」
「そもそもダイナ、おねえさんとカラオケ行くなんて言ってナイ」
ダイナがますます辟易した顔になる。愛莉はつまらなそうに唇を尖らせた。
「つれないな。ダイナちゃんに好かれてないのは分かってるけど、そこまで冷たくしなくてもいいじゃん。チェシャくんとかシロちゃんにはあんなに人懐っこくてかわいかったのに、あたしに対する態度、別人みたい」
「だからあ! ダイナはレイシー! 人間の敵!」
ダイナがついに声を荒らげた。
「ダイナ、もうこの状況だカラ、人間騙しても意味ナイ! だからダイナ、これが素ナノ! ナノに、おねえさんいつまで騙されてルノ!」
牙を剥き出しにして、愛莉を鋭く睨む。
「子供が行方不明になってたノだって、ダイナが時空を超えて、連れ回してルからナノ!」
しかしここまではっきり言い切ったというのに、愛莉はまだきょとんとしていた。
「えっ、なになに。なんの話? なんで怒ってるの?」
それどころか、愛莉はえへへと笑いはじめた。
「なんかそういう、あたしが仲良くなろうとすると威嚇してくるとこ、チェシャくんに似てる。シロちゃんのことは好きってとこも似てるかも。へへっ、かわいい」
「はあ、もういいヨ。おねえさんになに言っても無駄ネ……」
ダイナがまた、大きなため息を洩らす。匙を投げたダイナに、愛莉はさらに詰め寄った。
「それでそれで。時空を超えるには体力回復しないとなんだよね? カラオケが嫌なら、どこで遊ぼうか?」
「だから、遊ばないッテ……」
と、そのときだ。扉の開く音と、激しい足音が響いてきた。愛莉とダイナが一旦口を閉ざす。店の奥から、袴姿の男が飛び出してきた。
「それじゃ、ふたりは……。白は、白は無事なのか!?」
古臭い型の携帯を耳に当てて、大慌ててでカウンターから転げ出てくる。その男を見て、愛莉は大声を上げた。
「シロちゃんの叔父さんだ! さっきよりちょっと若い!」
袴の男――シロの叔父は、バタバタと店の中を縦断して引き戸を開ける。
「すぐ向かいます」
愛莉は即座に、ダイナの手首を引っ掴み、床から立ち上がる。
「行くよ、ダイナちゃん!」
「うあっ!」
いきなり引っ張られたダイナは、体を強ばらせて叫んだ。
「イヤ! ダイナ、おねえさんのこと苦手なんだっテ! 触られるとゾワアッとして怖くナルノ! 体の力、すーっと抜けちゃうノ!」
「いいから一緒に来て! 早くしないと置いてかれちゃう!」
よろめくダイナをほぼ引きずるようにして、愛莉はシロの叔父を追いかけた。シロの叔父が開けた引き戸の隙間に滑り込んで、外へと飛び出す。
シロの叔父は外でタクシーを捕まえると、素早く乗り込みつつ運転手に行き先を指定した。
「――病院へ、お願いします」
「あっ、あたしたちも」
愛莉がタクシーのドアを掴むも、その手は弾かれてドアを閉められた。そして彼女を置き去りにして、タクシーは慌てて発車してしまった。
タクシーの運転手やシロの叔父には愛莉の姿は見えない。乗せてもらえなくても仕方がなかった。置いていかれた愛莉は、しばらくその走り去る車の後ろ姿を見つめていた。
そして、そこから目を離さずに、ダイナの手首を握った手に強く力を込める。
「ダイナちゃん。時間だけでなく、空間も移動できるんだよね?」
強引に引っ張られていたダイナは、困惑気味に頷いた。
「ウン……え。ま、まさか」
勘づいたダイナから、ひゅっと血の気が引く。そんな彼女に顔を向け、愛莉はダイナの腕をぐいっと引いた。
「病院! シロちゃんの叔父さんが向かった病院に、テレポートして!」
「無茶言わないデ! さっき時間を遡っただけデモ、ダイナの魔力くたくたナノ!」
「じゃあ早く回復して」
首を振るダイナに、愛莉は容赦なく詰め寄った。
「あたしの言うこと聞いてくれないと、この手は離せないな。ダイナちゃんがいくらあたしを嫌いでも、ずーっとこうして握って逃がしてあげない」
愛莉に畳み掛けるように詰められ、ダイナはできる限り仰け反った。ギリギリと奥歯を噛んで愛莉を精一杯睨み、やがて降伏したように項垂れた。
「全く……ヒト使いが荒いナー!」
ダイナは大きく深呼吸して、新鮮な空気を体の中に取り込んだ。自然の風や植物の発する酸素を全身に染み込ませ、少しだけ回復したなけなしの力を振り絞る。
ダイナが左手で印を刻むと、空中にひょろりとした白い糸のような、五センチ程度の線が出現した。その頼りなげな亀裂に、ダイナが指を引っかける。
「これを大きく広げれば、行けル……。でも、力が不足してるカラ、固くて開かナイ」
「あたしも協力するよ。力づくで広げればいいんだよね」
愛莉が近づくと、ダイナはびくっと飛び跳ねた。
「おねえさんが来ると、ダイナ、余計に力が出なくナル!」
その警戒心で力が入ったのか、亀裂がピリッと広がった。ダイナがそこへ手を突っ込む。愛莉も追いかけて入ろうとしたそのとき、背後から声がした。
「見つけた。おい、どこ行くんだ」
その聞き慣れた声に、愛莉は即座に振り向いた。そしてぱあっと顔を輝かせる。
「あー! チェシャくーん!」
見間違えるはずもない。それはたしかに、愛莉の大好きなチェシャ猫だった。黒い冬物コートを小脇に抱え、黒いシャツの腕を捲った出で立ちで、愛莉の方へ走ってくる。
愛莉もチェシャ猫の方へと駆け出し、彼の胸に飛び込んだ。
「チェシャくんだー! あれっ、二十二年前のチェシャくんってもっとチビッ子のはずじゃ。ん? そういえばなんであたしのこと見えるの?」
この場所は過去のはずなのに、目の前のチェシャ猫は愛莉がよく知っている大人の彼である。様々な疑問を浮かべつつもべったり擦り寄る愛莉に、チェシャ猫はにべもなく冷徹な目を向けた。
「うるせえし暑苦しいからくっつくな。それよりあいつだ」
チェシャ猫は胸に張り付く愛莉の頭を押しのけて、ワームホールに半身を入れているダイナを指さした。
「ダイナ。俺はてめえをぶっ殺しに来た」
「な、なんで狩人が!」
指をさされたダイナが、青ざめた顔で叫ぶ。ダイナは慌てて逃げ出すようにワームホールに全身で飛び込み、その亀裂を閉じようとした。
シロの叔父の件を思い出した愛莉と、ダイナを追いかけるチェシャ猫は、同時にワームホールへと突進する。
「待ってダイナちゃん!」
「逃がすかクソガキ」
そしてふたり一緒に亀裂の中へ飛び込み、白い光に飲み込まれていった。




