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未来と過去の邂逅

 数時間前に遡る。これは、その日の朝の出来事だ。


「ねえ、ダイナ。少しだけ、外に出てみようか?」


 彼女のその言葉を聞いたとき、ダイナは思った。

 意外と時間がかからなかった、と。

 収容場所が地下だと知ったときは、少し慌てた。しかし人間など手のひらで転がすのは容易いもので、彼らの懐に潜ってしまえば案外簡単に脱出できる。


 その日ついに、外へ出られるチャンスが巡ってきた。思わず昂って我を忘れそうになった。だが、咄嗟に呑み込む。まだだ、まだ、呪術を使うには力が足りない。自然の中へ出るまでは、もうしばらくこの職員を利用しなくてはならない。

 地下室の扉を出て、すぐにでも走り出したかった。だが、まだだ。人のいない廊下を案内される間も、隣の人間を殺せば今すぐ走れる、と考えた。だが、まだだ。

 建物の外へ出て、数日ぶりに日の光を浴びたとき、ダイナは体の奥から満たされていく感覚を覚えた。腕を広げて、新鮮な空気を吸う。固まった体を伸ばす。木の葉を拾う。漲ってくるエネルギーに高揚する。

 三つ編みに縛られた髪が風に踊る。ようやく出られた。

 ダイナは指を手前に突き出し、職員の方に向けた。


「お姉さん、アリガト。大好き」


 あなたが愚かだったから、こうしてまた自由になれた。


 指先を大きく振って、空間の中の日の光、木の葉の生命力、風を結びつける。透明なワームホールを描き出し、ダイナはそこへ飛び込んだ。


 先程の数秒の間に溜め込んだ力を全て使って、時空を超えた。単に位置を移動するだけならそんなに力を使わずに済むが、今はとにかく逃げ切りたい。力を枯渇させてでも、できる限り遠く、かつ確実に逃げる必要があった。

 記憶に強く残っている場所は、テレポートに成功しやすい。

 ダイナの脳内に強く残ったあの場所――自分が確保された、六日前の廃工場。そこがワームホールの移動先に繋がった。


 ダイナの体が地面に降り立つ。

 夜の町外れの廃工場、その駐車場だ。ここは背面に雑木林がある。もう何年も人の出入りがなく、木々が自由に伸び伸びと蔓延っている。この自然の中で力を蓄え、さらに遠い場所へと逃げ出す算段である。


 林の中へと足を踏み入れようと歩みだし、ダイナはハッとした。暗闇の中に、ほわっとした光が灯っている。それは女子高生――愛莉の、携帯の画面の明かりだった。

 小栗のメールに返信を打っていた愛莉が、ダイナの気配に気づく。


「ダイナ……ちゃん?」


 これは大きな誤算だった。六日前のこの場所は、ダイナが移送されたあとにも、まだ残っていた人間がいたのだ。


「えっ。待って、なんでここにダイナちゃんがいるの?」


 愛莉からすれば、ダイナは先程、手首を縛られて車に乗せられ、移送されたはずだった。しかし目の前にいるのは、間違いなく今まで見ていたその少女の顔なのだ。

 ただ、手を縛られていないし、無造作に垂らしていた長い金髪が緩やかな三つ編みにされている。

 困惑する愛莉と目が合い、ダイナは首を竦めて身構えた。

 この場所に移ったのは失敗だった。今すぐまた移動したいが、先程全力を使ってしまったせいでテレポートするほどの力が出ない。否、背後に雑木林のある自然豊かな場所だから、すぐにでも回復できるはずなのに、体が強ばってエネルギーが散っていく感覚がある。


 直感的に、ダイナはその理由を理解していた。目の前の女子高生、愛莉が原因だ。

 ダイナはどうにも、愛莉が苦手だった。第一印象からして、ぞっとするものがあったのだ。愛莉が醸し出すオーラが、ダイナ自身を退ける。愛莉がいると、思いどおりに動けなくなる。


 たじろぐダイナを見つめ、愛莉が立ち上がる。


「ん? 怖がらないで。あたしは君たちみたいなのに嫌われやすいみたいなんだけど、あたしは君たちに危害を加えるつもりはないの」


 先程どこかへ移送されたはずのダイナが、後ろから現れたのである。愛莉は驚きつつも、事情を確認しようと慎重に構えていた。自分になにができるか、考えてはいない。それでも、このままなにもしないわけにはいかないのだ。


「ダイナちゃんは、この辺に来る人たちと友達になりたかったんだよね。あたしも君と仲良くなりたいの」


 ダイナは腰を低くして空気をピリつかせていた。思うように動かない体で、愛莉を威嚇した。

 愛莉にはどうにも近づけないが、彼女は所詮、生身の人間だ。幻獣の呪術には適わないはずである。幸いダイナは自然の力を扱う呪術を使える。近づかずに攻撃することは可能なのだ。

 腰を屈め、左手を胸の高さに上げる。上手く捕まらない呪波をなんとかかき集め、愛莉に向かって呪術を打った。愛莉に向かって暴風の刃を突き立てたが、それは愛莉の髪をふわりと持ち上げただけで、あっという間に風力を失った。

 ダイナがぎょっと目を剥く。


「効かない!?」


 青ざめるダイナに、愛莉はぱあっと眩しい笑顔を見せた。


「今のが呪術? あたしね、そういう力が効きにくいみたいなの。友達になろうよ。ね!」


 正攻法では、勝ち目がない。ダイナはそう判断した。

 愛莉に背を向け、全速力で駆け出す。ともかく愛莉から逃げ出さなくてはいけない。この女子高生と距離を取らないことには、呪術もろくに使えない。

 硬いアスファルトを駆け抜け、工場の裏の林へ飛び込んだ。

 しかし愛莉も、逃げるダイナを放っておくわけがない。彼女は林の中へと逃げ込むダイナを追いかけてきた。


「待って、逃げないで!」


 愛莉も彼女を追って草の根を踏み分ける。

 愛莉は走りながら、手に持っていた携帯を操作した。手元が覚束ない。もたもたと画面を指でなぞりつつ、かつ、正面を走るダイナを見失わないように、前と画面とを交互に目を配る。

 携帯の通話履歴を開き、すぐに目に入ったシロの番号をタップする。携帯を耳に押し当て、ダイナの背中を追う。


 一方ダイナは、草木の生命力、自然の空気を含んだ風、星の明かりを、全身に浴びていた。一刻も早く、空っぽになった自分自身を回復させてなくてはならない。愛莉から逃げ出すことだけを考え、ダイナは短い呼吸を繰り返して走った。


 携帯を操作しながら追いかける愛莉と、少し間隔が離れる。ダイナにエネルギーが戻ってきた。愛莉に追いつかれる前にと、左手を振り上げる。

 ともかくどこか別の時空へ飛べば、こちらの勝ちだ。愛莉をここへ置き去りにして逃げ切る。


 ダイナは空気を深吸い込み、周囲の草木に指を突き立て、大きく弧を描いた。その瞬間、彼女の指の軌道に合わせて、まるで紙が避けるかのように宙に白い線が現れる。

 ダイナの頭に具体的なイメージはなかったが、指先で大きく弧を描き、宙に白い切り取り線を召喚したのだ。


「ええっ、なにあれ!?」


 背後で愛莉の大声が聞こえる。

 愛莉が目を疑っている間に、ダイナはその線を手で引き裂くようにして広げた。そしてその真っ白な空間へ、全身で飛び込んでいく。ダイナが白い空間に消えると、彼女が開けたこの切れ目はみるみる閉じていった。

 なにが起こったのか、愛莉には理解できなかった。だが考えるより先に体が動く彼女は、閉じかけの白い切れ目に迷いなく突進した。


「待って! あたしもそっちに!」


 ダイナも驚いたことに、愛莉は躊躇なくワームホールへ突入してきたのである。閉じかけた入口から愛莉が体を押し込んで入ってくる。

 愛莉自身も驚いていた。反射で行動したものの、自分がなにに飛び込んだのか分からない。

 手に持っていた携帯は、閉じかけた切れ目に弾かれて、草の上に落ちた。


 ダイナはぎょっと目を剥いて、しかしもう振り向かなかった。愛莉を放置して、歪んだ時空間を駆け抜ける。

 入ってきたなら、そのままどこかの時空に迷い込ませてしまえばいい。自分を目撃した愛莉を別の時空に置き去りにするのは、正しい時空に置いていくよりむしろ好都合だ。


 しかしダイナは、すぐに立ち止まった。

 激しい頭痛に襲われたのだ。このワームホールという、自分の呪術が作り出した空間に異物、即ち愛莉が入ったせいだ。感覚が狂ったダイナは、頭を抱えて座り込んだ。

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