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夏の日

「お兄ちゃん。お兄ちゃん起きて」


 茹だるような蒸し暑さの、真夏のある日。自分を呼ぶ声で、目を覚ます。

 窓から差し込む眩しい陽の光に、朝っぱらから騒がしい蝉の声。シーツは汗で濡れている。目覚めは悪い。

 勝手に部屋に入ってきた妹は、彼の肩を揺すった。


「お父さんがショッピングモールに連れてってくれるって」


「なに買うの……」


 現実と微睡みの間を彷徨って、目を瞑ったまま問う。妹の晴れやかな声は、覚醒しきっていない頭にガンガン響いた。


「キャンプのグッズ! お父さんがね、キャンプに行こうって言ってるんだよ」


「キャンプ……? なんでまた」


「またいつもの思いつき。お盆休みでお兄ちゃんが帰ってきてるから、浮かれてるんだよ。でも楽しそうだし、いいと思わない? まずは買い出しから」


 面倒だな……。

 彼の眠たい頭は、その言葉に支配された。眠くてまだ目を開けられない。舌も上手く回らず、彼はむにゃむにゃと締まらない返事をした。


「俺はいいや。留守番する……」


 折角の盆休みだ。こうして帰省したのだから、なにも考えずのんびり過ごしたい。朝もずるずる寝坊したい。出かけるのも億劫なのだ。

 外から聞こえる蝉の声が、じゃわじゃわとうるさい。それをバックに、妹の声が耳元で聞こえる。


「えーっ。ごはん、モールで食べるよ?」


「いいよ別に。昼飯くらい、自分でなんとかする」


「そっか。お兄ちゃんにも来てほしかったな。でも仕方ないね」


 暑くて、頭も体も溶けているみたいに重い。瞼まで溶けだしてくっついてしまったのではないかというくらい、目が開かない。

 妹の気配が離れ、部屋の扉が閉まる音がした。軽やかな足音が遠ざかっていく。


「お父さん、お母さん。お兄ちゃん、ついてこないってー」


 ああ、なんて眠いのだろう。とうとう目を開けられなかった。

 彼はそのまま、睡魔に呑み込まれて二度寝の海へと沈んでいった。


 まさかその数時間後、警察からの電話で起こされるとは微塵も思わずに。


 *


 そこで、ハッと目を覚ます。枕元で光る携帯の振動で、彼は現実に引き戻された。

 部屋の空気は凍っているみたいに冷たくて、真っ暗で、蝉の声は聞こえない。だが、シーツは汗で濡れていた。

 重たい頭を上げ、ひとつ、まばたきをする。

 妹の呼び掛けは、もちろんない。

 この夢を見たのは久しぶりだ。寝惚けている夢なんて、起きていたのか寝ていたのか曖昧で、我ながら複雑である。


 あのとき、目を開けていたら。

 それでなにかが変わったわけではないだろうし、たとえ覚醒していても自分はショッピングモールになどついていかなかっただろうが、それでも。と、彼は思ってしまう。

 あのとき、目を開けていたら――妹の顔を見ることができたのに。


 そこまで思ってから、口の中で「くだらない」とぼやき、彼は携帯の画面を見た。

 ポップアップされていたのは、喫茶店のマスターからのメールである。


『チェシャくん、仕事だよ!』

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