3-1死人にも口はある
死人にも口はある
あの日は急に雨が降ってきた。
果鈴からの電話で公園のドーム型の遊具の中で待ち合わせることになった。
果鈴はやたら蜜柑には内緒だと強く言ってきた。
だが遊具の中には誰よりも早く蜜柑が居たのだ。
りんごは目を覚ました。
夕日に染まる雑木林の入り口から奥に行くほど暗くなる。
りんごは一本の木の根元に手足を縛られ寝かされていた。
ここはどこだろうか?
そんなことを考えながら体を動かすもうまく動かせない。
まるで砂浜に打ち上げられたクジラやイルカのようだ。
横向きに倒れていたのを仰向けに体勢を替え、腹筋で起き上がる。
何となく見怯えのある雑木林であった。
「おはようりんご。もう夕方だけど」
声の主はりんごの足元にしゃがみ込んでいた。
「蜜柑⁉」
手紙通りになったのだろうか?
蜜柑が目の前に居た。
「迎えに来たよ。今度は一緒に帰ろうね。」
どこに帰るの?
そんなこと聞かなくても解ってる。
家ではない。
蜜柑が言っているのはあの世のことだ。
「嫌! やめて、やめて蜜柑!」
「嫌だよん。蜜柑の大事なりんごにも蜜柑が味わった怖い体験してから連れて行ってあげる。」
「やめて…やめてよ……」
そういったところでにこやかな顔の蜜柑はそのままである。
りんごの中であの日の罪悪感が渦巻く。
少し前、吾はりんごから資料を受け取り一番に双子の死体が見つかった雑木林に向かった。
秋になるとみんなでドングリを集めたり落ち葉を踏む足音を楽しんだり、無邪気に遊んだ場所である。
「七年もたってちゃ、自然界のものなんて変っちまうよな…」
ぐるっと回っただけで吾は次の場所を目指す。
公園へ行き吾は双子の帰宅ルートを歩くことにした。
あの日は吾とゆすらが珍しく大喧嘩したのだ。
いつもなら蜜柑の前でそんなことはしない。
蜜柑が居なかったら近くにもいかない。
お互いの話なんて他の友人ともしない。
そんな関係であった二人。
口論の末、手まで出すようになった吾とゆすらを見てりんごと桃子が止めに入るも
りんごの爪が誤って桃子の頬をひっかいてしまう。
それにより桃子が泣きだしてしまった。
それにつられ蜜柑も泣き出すと果鈴を連れて雨降る中公園から出て言ってしまったのだ。
さすがにそれには吾もゆすらも驚き後を追いかける。
二人が行ってしまうのをりんごも桃子も不安になって追いかける。
おそらく公園に残ったのはリュウだけだっただろう。
資料にはりんごは一旦傘を取りに家に帰ろうとしていたところ双子の声が聞え車を目撃。
犯人を見たような気もするが背後から誰かに殴られ気を失ってしまったのだという。
りんごのほかにも目撃者はいた。
だが双子をさらったところを見たわけではなく車とその車を運転する人物を見たという人だ。
それを証言したのが吾の父親であった。
だが、肝心の顔を見ることはできなかったらしい。
吾は父親の接客態度が変わったことに気が付いていた。
何かに怯えるような。
何か一点をいつも見ていた。
吾は双子がさらわれた現場に着ていた。
吾は考える。
何故雨の降るあの日だったのだろうか?
傘や合羽、雨しずくで視界が悪くなる日だからだろうか。
ではなぜここだったのだろうか?
ここはいつも遊んでいるあの公園からの最短の帰り道である。
だが、双子の家からも公園からも離れている。
確実にここを通る確証はない。
犯人が双子をさらった理由もよくわからない。
死体には力による暴行の痕跡も性的暴行の痕跡もなかった。
あったのはためらいながら何度も手の力を
強めたり
弱めたり
を繰り返したぼやけった手形のみだった。
身代金も請求されていない。
犯行は突発的なものではなかったと思われる。
それなら目撃したりんごまでも誘拐し、殺害しているからだ。
犯人は双子だけが必要だったのだ。
双子をさらった犯人は黒の合羽を着た男性。
身長は吾の父親とそんなに変わらないぐらいで体つきはよかった。
力仕事か鍛えているのだろうという推測だ。
次に車だ。
大型の乗用車。
色は黒。
吾はふと思い出す。
昔父が自分の車を持っていないが免許はあったため知り合いの車を借りてみんなでキャンプに行ったことがあった。
その車も大型で黒の乗用車だった。
だがそんな車日本どころかこの町に何台あることか。
そこから探すのは無理だと判断して次を当たろうと思い資料を一旦カバンにしまう。
ふと、りんごの家に届いていた蜜柑からの手紙が目に入る。
七文字、いや八文字かもしれないGから始まる文章。
y・o・uで貴方になる。
では残りの文字でできる単語。
しかもGから始まる。
それを考えながら歩く。
Gから始まり小包に関係ある単語。
もし、たりない文字がtなら、そう思った瞬間携帯が鳴る。
ゆすらはりんごがまた吾に会ったんだと、そのことをあえて伝えてきたんだと思い、桃子と合っていたことを謝ろうとその姿を追って速足で下駄箱まで行き靴を履きかえていた。
「あれ? これ森野先輩のじゃないか?」
「誰だよそいつ?」
ゆすらの下駄箱とは違う列を使う一年生がカバンと携帯を見ているのを視界に入れる。
「立花先生の代りに一年の自習室見てくれている先輩だよ。見た目は美人だけと口開くと毒しか出ない人。でも的確にアドバイスくれるんだよ。でもなんでここにカバンと携帯落としてるんだろ?」
「靴も片方転がってるしなんか急いでたんじゃないか?」
ゆすらは後輩たちがりんごのカバンをわかりやすいように下駄箱の上に置いて下校していくのを見送ってからカバンを確認しに動く。
この学校の指定のカバンにはローマ字で名前が各学年の色で刺繍されている。
それを見れば中を観なくても誰のものなのか予想できる。
こうやって学年の下駄箱にでも置いておけば落とした本人はすぐに見つけられるのだ。
「間違いない。りんごのだ。でもなんでここに?」
カバンの表のポケットからお菓子のゴミがでてきた。
ゆすらと分かれたときの様子からしてすぐに学校を出て家に帰っていてもおかしくない。
昇降口から校門を見る。するとそこにはもう片方の靴が落ちていた。
まるで誘拐でもされたかのようだ。
ゆすらはそう考えてしまうもりんごを誘拐したところで犯人は何がしたいのだろうか?
ゆすらからすればりんごは幼馴染。
六年ぶりに再会したところでそれは変わらない。
もちろん桃子も仕事をしているためテレビでは何度も見かけたことがある。
昔に比べたら確かに女性らしくなったとは思うがそこまで魅力を感じたことはない。
だが、先ほどの後輩達がりんごは美人だと言っていた。
ゆすらの間隔がずれているのだろうか?
確かにクラスの女子の中では目立つぐらいではあるが見慣れているせいで今まで全く心配していなかった。
「マジで誘拐されたのか……?」
ゆすらは校内を探し回る。
だが誰もりんごを見ていないという。
靴がない状態で外に居るとは思えない。
それでは本当に誘拐されたようではないか。
ゆすらの脳は混乱する。
頼りたくはないが行方を知っている可能性のある人物。
ゆすらは彼の電話番号を知らないためりんごの携帯から掛ける。
「もしもしりんご?」
と電話の向こうの人物は言う。
この様子ではりんごはその場にはいないようだ。
「吾、りんごを知らないか?」
名乗ることなくいうも相手は電話の向こうにだれが居るのかわかった様子で
「りんごの携帯から掛けといて何言ってんだよ。夏期講習中だろ?」
「いないんだ。カバンと携帯と靴を残して消えたんだよ。何かしらないか?」
吾は驚く。
だってそれは
「誘拐じゃないのか?」
ゆすらは吾も同じことを考えるかとため息をつく。
「可能性は低いが桃子にも聞いてみる。杏さんに連絡できるか?」
「知るわけないだろ。桃子には俺から聞く。杏さんの連絡先ならその携帯入ってんだろ? お前しっかりしろよ。桃子に連絡付いたらそっち行くから」
そういわれて吾に電話を切られるとゆすらはその場にしゃがみ込んだ。
「俺、動揺しすぎだろ……」
自傷の笑みが浮かべるもゆすらは強く拳を壁にぶつける。
軽い音は聞こえた気がするがそんなことを気にしている場合ではない。
勝手に人の携帯をいじり電話帳を開く。
先ほどは着信履歴から吾に電話したがそこに杏の名前がなかったからだ。
電話帳で家族と書かれたグループを開く前に他のグループが目に入る。
小学校、中学校、高校、その他。
ここまでは解る。
だがそのほかに友達というグループがあった。
その中にはゆすらを始め吾と蜜柑、果鈴、名前だけだが桃子とリュウもあった。
「不器用だな。」
ゆすらは家族のグループから杏に電話を掛けた。
数回のコールの後けだるそうな声が聞えて来た。
「もしもし、悪いがまだ仕事中だ。後にしてくれ。」
と言いたかったのだろうが最後の方の言葉にかぶるように
「ゆすらです。りんごの行方が分からないんです。携帯もカバンも靴も学校に置きっぱなしのまま姿を消したんです。」
そういうと電話の向こうで息を飲む雰囲気が感じられた。
「どういうことだ。」
「りんごと少しすれ違いがあって、彼女が先に一人で帰ってしまたんですが、その後を数分遅れて追いかけたら、もう姿がなかったんです。カバンと携帯、靴の片方は昇降口に、もう片方は校門の近くに、落ちてました。校内を探しても、居ませんでした。」
「わかったすぐ行く。」
杏はそういうと電話を切った。
三十分ほどしてからだろう。
桃子を連れて吾が高校に来た。
それに少し遅れて杏も部下を連れてきた。
「本当に校内にはいないんだな。」
「はい。下駄箱の中も確認しました。上履きが入ってましたから学校を出ようとしていたのは確かです。」
「家の方は?」
吾が聞く。
「管理人に聞いたがまだ帰って来てないって言ってた。」
「なんでりんごがさらわれたのよ。」
桃子は不安気に聞く。
「解らない。」
ゆすらがそういうと吾が
「心当たりならある。」
その声に吾に視線が集まる。
吾はカバンからりんごから借りた物を出す。
「蜜柑だよ。蜜柑がりんごにここ何日間かリュウを使って毎日小包を届けさせていたんだ。架空の運送会社まで作って」
そういいながら手紙を広げる。
「そういうことか」
杏は吾が持っていた物と同じ紙の手紙を出す。
「この前りんごの部屋で拾ったものだ。悪質なラブレターかと思って持ち帰ったんだが指紋はりんごのものしか出なかった。」
ゆすら達はふとこの話を杏の前でしていいのか考えるもりんごを見つけるのが先決だと判断して話を続ける。
「それ見せてください。」
吾が杏から手紙を受け取る。
「やっぱり…」
「何がやっぱりなのよ?」
桃子が手紙の良いようを見てもよくわからず聞いてくる。
「この手紙には時々アルファベットが一文字入っているんだ。合計八文字。この手紙は今までりんごが双子にプレゼントした物と一緒に入って届けられた。でも今日のは空の箱にこれだけだった。その中でGだけが大文字だったことからGから始まることが解る。」
そういいながら紙を並べ得ていく。
「このアルファベットはgifts you。プレゼントは貴方。つまりりんごをプレゼントに欲しいってこと。」
吾はゆすらを見ながらいう。
「だがなんでりんごだけなんだ?」
「それは解らない。でも今日は双子の誕生日だ。」
その言葉に思う出したような顔をするゆすらと桃子。
「それじゃあ、りんごがほしいってことは……蜜柑、りんごを殺す気なの?」
杏がその言葉に大きく動揺を見せる。
「所轄に連絡しろ!」
杏は部下に向かって声を上げる。
「俺たちも探しに行こう!」
ゆすらがそういうと
「お前たちは俺の車に乗れ。聞きたいことがある。」
三人は身構える。
これだけ蜜柑の名前を出したのだ。
不振に思うだろう。
りんごは夢の中に居た。
気が付いたらそこに居た。
手も足も自由と言うことは夢なのだろう。
そう判断した。
懐かしい、あの日の夢だった。
雨は強まる一方でこのままでは双子を見つける前に風邪を引きかねない。
いくら元気な子供でも暑い夏の日に雨に打たれれば多少なりとも体調を崩すきっかけになってしまう。
そう思い傘を取りに帰ったのだ。
だが途中蜜柑が助けを求める声がした。
急いで走って行くとぐったりとした果鈴と蜜柑がどこか見覚えのある車に知っている人によって乗せられていた。
それを見てしまい声を出そうとするも頭に強い痛みが走りりんごは濡れたアスファルトに倒れ込んだ。
自分に何があったのか解らない。
でもりんごは背後に立っていた人物の顔を見てから意識を失った。
目が覚めたら病院で母親と杏の恋人がずっとついていてくれたことを知った。
退院したのは双子の死体が見つかった翌日であった。
目を開けると辺りはもう真っ暗で、遠くに街灯があるのがわかった。
りんごは思い出した。
ここはかつてみんなで遊んだ場所。
そして双子の死体が見つかった雑木林だ。
「りんごって眠り浅い方だったんだ。」
「みんなで昼寝をしても一番に起きてたもんね。」
その声にりんごは今の状況を思い出す。
手足は動かない。
また横向きに寝かされていた。
そしてなぜか口がふさがれている。
「ああ、それ? だってりんごピーピーうるさく鳴くんだもん。ヒヨコって歳じゃないから五月蠅いニワトリだね。」
と蜜柑がいう。
「そんな言い方しなくてもいいんじゃないか? 大事なりんごに」
「そうだね。でもりんごは蜜柑達の誕生日忘れるような悪い子だからちょっとぐらいいいでしょ?」
果鈴と蜜柑が楽しそうに話しているのをただ下から眺めているだけだった。
杏の修理から戻って来たばかりの車にゆすら達は乗っていた。
無言のまま数分、何度か警察無線が聞えてきたがそんなもの耳に入らないぐらいの重い雰囲気である。
「その様子だと聞かれることわかっているみたいだな。りんごが何か隠しているのは気付いている。それはお前達にも関係あることなんだな。」
聞かれたところで誰も口を開かなかった。
「妹の友達に取り調べみたいなことはしたくないんだよ。正直に言え、何を隠してるんだ?」
そう聞かれても答えない。
「蜜柑ってのは七年前に誘拐殺人にあった立花蜜柑のことだよな?」
杏はなにも言わない三人に溜息をつく。
「あの事件に関係しているのかだけ答えろ。」
そういわれるとゆすらが
「はい。」
とだけ答えた。
それに桃子が
「ちょっと! こんなオカルト話警察が信じると思ってんの? あたしたちですらよくわかってないのに!」
「桃子、あの日に関係があるかどうかを聞かれただけだ。そこまでむきになるな。」
吾に言われ桃子は不機嫌な顔をする。
「何よ!」
そう言った以降黙ってしまった。
「事件に関係あるならその関係先を洗わせてみよう。」
杏は無線機を取り
「七年前の双子誘拐殺人事件との関連があると思われる。事件の概要をしる捜査官を中心に洗うぞ!」
荒い口調で言う。
それは三人の知っているよく遊んでくれた杏とは違う。
警部という肩書のついている花傘杏の顔だった。
「りんごと喧嘩した。だからもう桃子に愚痴を言いに行くのも聞くのも辞める。だから吾もりんごと合うのはやめろ。」
いきなりゆすらが言い出したため二人はゆすらを見て固まる。
「二人とも合わないって約束したのに会ってたのかよ!」
「それはあんたも同じことじゃない!」
吾がいうと桃子が反論する。
「俺達が関わり続ければ蜜柑や果鈴の復讐の的になる。考えてみろ。俺達四人が再開したことで二人が現れたみたいになってんだぞ。会うのはやめよう。電話やメールならまだ監視の目をごまかせる。」
ゆすらがそういうと吾は携帯を取り出す。
「なら連絡先くれ。」
ゆすらは無言で携帯を取り出し交換した。
「杏さんのも聞いていいですか?」
ゆすらは運転する杏に聞く。
「ああ、これだ。」
そういって胸ポケットから名刺を取り出し三人に渡す。
「俺は後でりんごに聞くからいいだろ?」
「はい。」
杏は詳しく聞いてこない。
それがまたゆすら達を不安にさせるのだ。
「杏さんはなんで何も話さない俺達に何も言わないんですか?」
吾が聞く。
「責めるような言い方されたいのか? 言っただろ、取り調べみたいなことはしたくない。だが、事件の概要を知っている大人をもう少し頼れ。お前等はまだ子供なんだよ。オカルトみたいな話でも聞いてやることはできる。それを信じるかどうかはお前らの説得と俺次第だ。」
そんな話をしていると
「森野りんごを発見しました。例の雑木林です。外傷はなく縛られて気絶している様子。辺りに人影は有りません。」
無線が車内に響く。
「雑木林って…」
「あの…」
三人は不安にある。
ゆすらの壊れた時計が不穏な音を立てて動く。
りんごは今度は深い眠りについていた。
夏とは言えひんやりとした土や葉が頬にあたっている感覚を残したまま夢のような意識の中にいた。
よこたわる自分の体。
背中から肩に掛けて規則正しく上下すると言うことは自分の体は呼吸をしていると言うこと、今の自分は自由に体が動くが目の前の体は縛られている。
そう言えば夜だというのに自分の視界はやたらはっきりしている。
そんな可笑しな現象の中にいた。
近くに双子の姿はない。
どこかへ行ってしまったのだろうか。
そういえば今日は双子の誕生日であった。
だから私を欲しいって言ったんだろうか。
りんごはそんなことを考えながら自分は助かるのだろうか?
それともこのまま脱水症状や熱中症などで死んでしまうのだろうか?
そんなことを考えていた。
双子が誘拐されたのは七年前の誕生日の三日ほど前の事だった。
偶然犬の散歩をしていた近所の人が異臭に気付き市役所の地域課に連絡。
役所の職員が調べたところゴミの不法投棄かと思われていたが双子の死体が見つかり大騒ぎとなった。
誘拐事件自体は公にされることなく捜査されていた。
それは双子の父親が杏同様警察官であったから、しかもその役職は警視庁の中で高い位置に居たことを蜜柑はりんごに自慢げに話していた。
杏もそのことを知ってからさらにりんご達の面倒を観ることが増えた。
だが、その双子の父親は何か問題を起こしてしまい左遷、離れ小島の駐在所に現在居るらしい。
一人残された双子の母親はりんごの家にたびたび怒鳴り込むなどの家宅侵入で警察の取り調べを受け森野一家が引っ越した後は精神衰弱状態に陥り入院したという話をどこからか聞いた記憶があった。
りんごはふと、遠くでパトカーの音が聞えた気がした。
「何か事件かな?」
と考えているとその音がどんどんと近づいてくる。
そして雑木林の入り口を車のヘッドライトが照らす。
りんごの記憶がもう一つ思い出される。
そう言えばキャンプに行ったときに乗ったあの車によく似ていた気がする。
リュウのお父さんが仕事に使っている車で二列ある後部座席の後ろの席と荷台にたくさんの工具を積んでいた。
そして車の上にも荷物が置けるようになっていた。
あの日見た車もそうだった気がする。
パトカーかと思ったがサイレンを付けた乗用車であった。
だがそれに警察官が乗っているのは解っている。
法律上一般人がサイレンを鳴らして車をはしらせると公安委員会遵守事項違反になる。
人気のないところではあるがここの近くには公共施設がある。
そんな近くでバカなことをして捕まるアホは少ないだろう。
車のサイレンが鳴りやむと明かりだけがりんごのもとに届く。
ドアを開け出てくるのはスーツを着た男性二人。
懐中電灯で辺りを照らしながら何か話していた。
「七年前の目撃者を今更誘拐してどうするんだろうな?」
「俺達が知った事か。その事件に関係なくても性的目的で誘拐された可能性もある。ストーカーによる監禁目的とか」
「それどっちも性的目的があっての誘拐だろ?」
「目的が一緒でも行動が違うだろ。」
なんて話が聞えてくる。
さすがに幽霊に誘拐されたなんて思わないだろう。
「でも花傘警部の妹なんだろ? 警部への恨みの線もある。」
「それなら子供や奥さんだっているだろ?」
なんとも的外れな会話をする二人。
そのうちの一人のライトがりんごを捉える。
「誰かいるぞ!」
その声にもう一人もライトを当てる。
「この制服、間違いない。」
りんごを揺するも意識はない。
だが息しているのが解ると警察官はホッとした顔をする。
「外傷は見当たらないな。縛られているだけだろう。警部と他の捜査官に連絡しろ。森野りんごと思われる少女を発見したとな。俺は救急車を呼ぶ。」
「はい。」
一人は車へ、もう一人はこの場で携帯を取り出し電話をかけていた。
りんごの傍観者のような意識がだんだんと薄れて行く。
「あ、救急車一台お願いします。」
それを聞いたのが最後にりんごの記憶は途切れた。