6-1願っている間は終わらない
願っている間は終わらない
高校生活の中に違和感なく存在し続ける蜜柑と果鈴が不気味だと感じ始めたのはいつのことからだっただろうか。
りんごと桃子の誘拐事件は当初石田リュウの犯行と思われていたが彼は死んでいたことが解った今捜査は振出に戻った。
石田リュウによく似た人物。
それに当たりを付けて探すも各所でバイトをしていたのは石田リュウと名乗った偽物、職場のロッカーなどから毛髪どころか汗、皮脂なども検出されず行き詰っていた。
そんな中検視の終わったリュウの遺体が葬儀に出され警察の共同墓地に埋葬されることが決まった。
当日、親族席はがら空き。
参列者も小学校時代のリュウを知っている高校生やリュウの父親の仕事仲間だった人が数人集まっただけで寂しいものだった。
式後、火葬場に行く際親族がいないからと杏の計らいで遺影や写真をりんごと桃子が持つことになった。
いくら自分達を閉じ込めた人物とは言えそれは幽霊のそうな存在。
リュウ自体はその前に死亡していることから犯人としては見られていないからだ。
火葬場で一時間弱。
もともと骨の見えていたような遺体のため焼くのは予定よりも早く終わった。
骨を骨壺に納めたが十代にしては細く脆い骨で栄養が足りてなかったのだろうと話ながら遺骨を持って帰宅した。
「これってどこに置けばいいんだ?」
遺骨を包んだ箱を持っていた吾が訪ねる。
「四十九日まで置いておいてもいいが今すぐ共同墓地に入れることもできる。」
杏はそう言った。
「誰かの家に置くわけにもいかないもんな。」
と言うことで火葬が終えて、時間は立っていないが杏の運転する車で警察の共同墓地に向かった。
それから数週間、いたって何の変哲もない日常を送っていた。
夏とは違い秋に入った事には日が暮れるのも早く
「それじゃあまた明日。」
「ええ、テストの方はこっちで作っておくわ。」
放課後のテスト作りにりんごの家に居ることも多いゆすらと
「読み終わったらまたメールするから、今度は桃子も来れるといいな。」
「二人が来てないときにいることも多いのよ。気を付けて帰るのよ。」
本を借りに吾が週に何度か来る。
桃子は仕事がない日や終わってからの遅い時間に来ることも多い。
そんな日常の中にあるりんごにとっての非日常を言えるものが
「いつも言うけどいったいどこから入ってくるの?」
りんご以外が居なくなると必ずやってくる訪問者。
いや、訪問とは違うだって勝手に入ってきているのだから
「幽霊は神出鬼没なんだよ。」
当たり前のようにいるのがつい数時間前まで教師として目の前にいた果鈴である。
「で、今日は何の話をするの?」
彼がここに来てすること、それは昔話である。昔と言っても双子が生きていた間の話である。
「蜜柑についてでも話そうか」
「お好きにどうぞ。」
勝手にしゃべって勝手に帰っていく。
それがいつもである。
立花蜜柑。
彼女は長女として生まれるも双子で妹でもある。
果鈴と違い成長が未熟で果鈴が生まれたときにはまだ早産ではないかというほど体重が少なかった。
りんごと出会ったのは近所の公園であった。
ベビーカーに乗せられ散歩しているところ偶然出くわし、その後家が隣であることが解ったのだ。
それから幼稚園は違えども共に過ごすことが多くなった。
その分幼稚園内では桃子といることが多かった。
小学校に上がりりんごからゆすらを紹介される。
一年生のころは帰宅が早い。
りんごの家に集合して四人で遊ぶのが毎日で解散はゆすらの塾や蜜柑の習い事などが始まる時間であった。
残されたりんごと果鈴が二人で遊ぶと言うことは少なかった。
学年が二つ上がりクラス替えがあった。
そこで出会ったのが吾。
桃子も同じクラスとなり教室に一人でいることの多かったリュウを誘い七人でいるのが当たり前になった。
その頃からだろうか少し計算して蜜柑が動くようになった。
「蜜柑のために喧嘩しないで」
そう言ってゆすらと吾が喧嘩を始めそうになったらそれを止め
「蜜柑にとってりんごが一番のお友達だよ。」
と毎日言って来たり
「桃子がいないと蜜柑寂しい。」
なんてこともよく言っていた。
これは蜜柑の作戦的誘導だったのか、
ただの偶然か、
周りの五人は蜜柑を中心に回るようになっていった。
蜜柑が好きな吾、
蜜柑を守るとナイト気取りのゆすら、
蜜柑のためなら何でもするりんごに
言われたことは何でも聞く桃子、
そして蜜柑が居なければ何もできないと思い込んでしまったリュウ。
双子の兄として側にいるのが当たり前の果鈴もいる。
その中で蜜柑が不愉快に感じていたのは桃子が吾を好きになったと言うことと親同士の仲が良く自分よりも付き合いのあるりんごとゆすらの関係。
それがどうしても気に食わなかった。
それと同時にりんごが少し蜜柑から距離を置くようになったのもこの頃だろう。
別にずっと一緒にいる必要はない。
そう気付いたのだ。
それもまた蜜柑は気に食わなかった。
だから蜜柑抜きで会う約束を、しかも果鈴がこっそり電話して集まる。
それが許せなかったのだ。
蜜柑は目に見たエゴイストではない。
見えない分厄介な自己中である。
あの日果鈴の電話の後に蜜柑がりんごに電話をした。
それはりんごが果鈴を好きなことを知っていたからだ。
決してそれは蜜柑にとっては不愉快なことではなく、これでりんごはずっと自分のそばに居る。
そう確証付けるものだと思ったのだ。
りんごなら果鈴と勘違いして話し出すかもしれない。
そんな考えから電話したところ見事にそれにはまったのだ。
「まあ、結局誘拐されて殺されて、誕生日なんてどうでもよくなったよな。」
「そうね。でも私ちゃんと二人に用意してたのよ。」
りんごがそういうと果鈴は笑顔で
「知ってる。あ、誕生日と言えばもうすぐりんごの誕生日だね。」
いきなり話を替えられた。
確かに後二週間ほどでりんごの誕生日が来る。
「何欲しい?」
「貴方達が成仏すればそれで十分よ。」
「そういわれると思ったからもう買って順備してある。そろそろ終わりも近いからみんなで会って話がしたいな。」
そういうとりんごが瞬きをする間に消えてしまった。
これもいつもである。
「終わりが近い……って」
りんごはまだリュウの父親が捕まっていないことを気にかけていた。
もうすぐ町に来る。
そう吾の父親はいっていたがそれからずいぶんと日にちが立っている。
まさかこのまま捕まらないと言うことになったりしたら双子は自分の目の前に居続けるかもしれない。
それが嫌だった。
インターホンが鳴った。
「りんご、あたし」
「今開ける。」
いつも通り桃子が来た。
「お邪魔しまぁす。」
「どうぞ、紅茶はホットがいいかしら?」
「うん、さすがにもう寒いね。」
十月の終わりと言えば秋でも寒い。
テーブルにティーポットとカップを置く。
「もう果鈴来たの?」
桃子にだけは話してある。
果鈴が毎日現れることを
「今さっき消えたわ。なんでも終わりが近いんですって」
「それって…」
桃子はカップを持って冷ましていたのをやめてりんごを見る。
「解らない。リュウのお父さんが捕まって終わりなのかまた違う終わりが近いのか。今日は蜜柑の話をして行ったわ。」
「何のために着てんだろうね。見納めかな?」
「見納めって…まあ、私の誕生日は祝う気満載のようよ。」
「再来週だよね。何欲しい?」
りんごはカップに口をつけ一口飲んでから
「それ、果鈴にも聞かれたけど特に欲しいものなんてないのよね。強いて言うなら桃子の成績アップかしら」
「それは難しいよ。」
と笑う。
「そもそも私の誕生日より先にゆすらのがくるでしょ。」
りんごの二日前がゆすらの誕生日である。
「毎年二人の誕生日の間の日に誕生会してたよね。今年もしよっか?」
「貴方休み取れるの?」
最近の桃子は連続ドラマの撮影が入り学校にもまともに行けていない。
仕事をセーブすると言っておきながら長期で学校に通えないことをしているのはなぜか聞くと、今はりんごが勉強を見てくれると、笑っていた。
「大丈夫。今週で撮影も終わるから、そのあとはしばらくモデルの撮影があるぐらいだから調整できる。日付はいつも通りで場所は? ここ?」
「その辺は吾とでも相談して、私はいつでもいいけどゆすらは塾があるからね。」
「大丈夫、その辺は何とかさせるから、さて、そうと決まれば気合い入れて勉強しますか」
桃子がりんごの家に来る理由、それはただおしゃべりをするためではなく仕事で取り残されている授業の遅れをりんごに教えてもらい追いつくためである。
「今日はどこから?」
「たすき掛けの意味が解らない。」
「例題でやりましょうか。」
この勉強会は深夜まで続きインターホンが鳴る。
「迎えの時間ね。」
桃子の父親が仕事帰りに迎えに来るのだ。
「それじゃあまた」
「おやすみなさい。」
そう言って別れるのだ。
二週間というのはあっけないほどすぐに過ぎていく。
その間には文化祭という大きなイベントもあった。
「蜜柑もりんごとゆすらの誕生日を祝いたいんだって」
「好きにしたら、それにそれは私じゃなくて企画している桃子に聞くべきよ。」
いつも通り果鈴がりんごの家に着ていた。
「じゃあ今日はこのまま桃子を待ってようかな。」
「好きにしなさい。」
興味無さげにりんごはリビングのテーブルに広げてあるプレゼントの箱に包装紙を巻いて行く。
「それゆすらの?」
「そうよ。」
ゆすらはあまり親から子供らしい物を買ってもらう機会がなかった。
そのせいか誕生日にみんなから貰えるおもちゃをひどく楽しみにしていた。
「何上げるの?」
「時計。安物だけどね。」
巻き終わった包装紙の終わりをテープで留めリボンを付けるとそれをカバンにしまうりんご。
「誕生会は明後日だよ。」
「本人の誕生日はあしたでしょ。」
そこでインターホンが鳴る。
桃子はりんごの家に上がると嫌な顔をする。
「来たばかりの人間にいう?」
「だって桃子に聞けってりんごがいうから」
「だからって…」
桃子はりんごを見る。
「判断は任せるわ。ここで断るも明後日学校から三人で行くのも」
とりんごは桃子に丸投げする。
「……終わりが近いって言ったみたいだけどもうりんごやあたし達に何かしてこようとか思ってないわよね?」
そう聞かれた果鈴は
「あれは思い出してもらうためにしたことで危害を加えるつもりはないよ。俺はね。蜜柑はみんなが絶望している顔が見たいようだけど今の俺達にそんな力もうないからね。」
へらっと言う果鈴。
「力?」
「あ、それは気にしないで」
深く聞くな。
そう言っているようだった。
「まあ、ならいいんじゃないの。」
桃子もしぶしぶといった顔で答える。
翌朝、りんごは登校してきたゆすらの前に立っていた。
「どうかした?」
「明日、蜜柑と果鈴も来るそうよ。」
「何で⁉」
ゆすらの声は大きく教室にちらほらといる登校してきたばかりの生徒が視線を向ける。
「本人はもう私達に危害を加えるつもりはないからって桃子が許可したのよ。」
りんごの言葉にゆすらは溜息をつきながら椅子に座る。
「俺や吾は直接的な被害を受けていない。だが、お前と桃子は違うだろ? いくらもう危害を与えないと言われてもそれが本心かは解らないんだぞ。」
「桃子もそれは解っているはずよ。それでも許可したんだから何か考えがあるのかもしれないし、ないけど果鈴の言うことだしいいかなって思っているのかもしれない。直接手を出してきたのはリュウだし、蜜柑と違って果鈴は私達に危害を加えるつもりはなかったらしいから、」
りんごが机に座って話を進めるとゆすらは考えるように肘を付く。
「果鈴はそうでも蜜柑が問題だろ。そもそも何で果鈴が誕生会のこと知っているんだ。」
それを聞かれるとりんごは罰が悪い。
素直に話してしまうと確実にゆすらは怒るが明日果鈴や蜜柑に会って毎日のように果鈴がりんごの家に家宅侵入していると知ればもっと怒るだろう。
りんごは数秒ほど黙っていると
「俺に言いにくいことなのかよ?」
と聞いて来る。
「そうね。確実に貴方が怒りそうな話だからちょっと、このことは桃子は知っているのよ。誰にも話していないってわけじゃないの。」
「もったいぶらずに言えよ。」
しびれを切らしたかのようにゆすらが言う。
「…毎日果鈴が来るのよ。貴方が帰った後から桃子が来るまでの数分から数時間。貴方を玄関で見送って戻るといるのよ。家宅侵入もいいところだわ。」
ゆすらは黙ってりんごを見る。
「何?」
「何じゃない! なんでそういう大事なことを今まで黙ってたんだ!」
「そうやって貴方が騒ぎそうだから」
りんはクラスメイトに視線を向ける。
そこには明らかに驚いた表情でゆすらとりんごを見る視線があった。
「昔っからストレス爆発させると大声になるわよね。」
「うるさい。場所帰るぞ。」
ゆすらはりんごの手を引いて廊下に出る。
人気のない廊下の隅まで来てゆすらは壁に背を預けながら
「いつからだ?」
「さあ、気が付いたらいたわ。」
左側の髪を耳に掛けながらりんごは言うもその髪はすぐにさらりと落ちてしまう。
「じゃあ、何しに着てるんだ。そもそもどうやって入ってきたんだ?」
「言ったでしょ、戻ったらいるんだって、桃子が来たら帰っちゃうし、そもそも幽霊なんだから玄関を使う必要がないのよ。着たところで何かするわけでもなく昔話をして帰ってくるのよ。」
りんごはカバンからヘアピンを取り出し横髪を止める。
「昔話って?」
「そうね、幼稚園の時の話とか、小学生の時の事とか、蜜柑の事とか、そんな話よ。」
「そんなことを話に毎日行っているのか?」
「ええ、」
りんごは余ったピンをカバンにしまうと包装された箱を取り出す。
「丁度いいから今渡しちゃうわ。お誕生日おめでとう。」
そう言って昨日包装した時計を渡す。
「マイペースだな…」
といいつつもゆすらは受け取った。
「安物だからね。」
りんごは付け足す。
それを聞きながらゆすらは包装と箱を開ける。
「よく俺が時計壊したこと知ってたな。」
「貴方何回なにもつけていない腕を見てから携帯確認してたのよ。さすがに気が付くわ。でも買おうともしてないようだったから…」
りんごはふと余計な真似をしたかと思った。
だが、
「ありがとう。同じ時計を探してたんだがなくってな。でもこれ気に入ったよ。」
そう言って前までつけていた時計の位置にプレゼントの時計が付けられた。
「で、話を戻すが」
「あら、ばれちゃった」
話を逸らしたことを思い出されてしまった。
「本当に話をするだけでいつも帰るのか? 桃子が来ない日はどうしているんだ?」
「適当な時間で帰るわよ。私が用事があるって言って追い出すこともあるし話すだけ話してそれじゃあ、って帰ることもある。」
ゆすらは時計を触りながら
「それならいいんだが…」
納得した様子なのを見てりんごは
「ところで…」
と言おうとするとそこに
「二人とも、もうすぐ予鈴だぞ。」
果鈴が追う言いながら階段を上がってきた。
「昨日の話ゆすらは了承済み?」
ゆすらは果鈴をまっすぐ見ながら
「本当に何もしないならな。」
すこし強い口調で言うと果鈴はにっこり笑い
「大丈夫だよ。もう何もできないから」
そう言ってりんご達よりも先に廊下を歩いて行った。
「終わりが近いそうよ。」
りんごもそういうと歩き出す。
それにゆすらも並ぶために早歩きで近づき
「終わりってなんだよ?」
「よくわからない。でも、果鈴がそう言ってたの。どういう終わりなのか解らない。だけどいい形でも悪い形でも終わるならそれでいいじゃない。」
開き直ったように言う。
昨日は桃子と不安気に話し合ったのだが、
その頃桃子も吾に話をしていた。
「お前が良いならいいんじゃないか? 俺は何もされてないし」
「他人事みたいに言わないでよね。」
蜜柑が来る前の教室の窓際で桃子と吾が話している。
その行動はやけに視線を集めている。
決して窓際で話すというのが今日が初めてというわけではない。
桃子は自分が登校した日には必ず後に登校してきた吾と蜜柑が来るまでの間窓際の隅で話をしている。
それはりんごから聞く果鈴のことを話すため、そしてこの窓からは校門が見え蜜柑が登校してくるのが解る。
それを見つけたらお互いの席に戻る。
それがいつもである。
ほかの生徒から見ると二人は付き合っていて蜜柑にそれは知られたくない。
桃子は芸能人だから友人と言えど話せず朝のひと時だけと共有しているようだ。
と、勘違いしているのだ。もちろんそんな噂をされていることに吾は気が付いている。
最近は毎日登校しているわけではなかったため桃子は知らない様子ではあるが
「ところでどこでやるんだ?」
「ああ、杏さんに話したらカラオケとか誰かの家とか学校とかも危ないから警視庁でやらないかって言ってくれて、そこなら安全だしいいかな? って、でも蜜柑と果鈴も来るとなると杏さんに二人のことばれちゃうんだよね。」
「何がばれるの?」
「幽霊になった双子が年取って記憶まで改ざんして生活してるって…あれ?」
桃子は窓の外を見る視線を教室内に向ける。
吾は苦笑いをしながら見ているだけであった。
「果鈴から聞いたよ。誕生会あたしも行っていいんでしょ?」
桃子も苦笑いに変わり
「え、ええ、でも警視庁内でやるから目立たないようにね。」
「もちろん。最後になるのにそんなことしないよ。」
そう言って振り返り席に戻ろうとする蜜柑だが
「今わね。」
と小さく言ったのは二人の耳には届いた。
「なんかまずいことしたかもしれない。」
「何とかなるさ……」
少し脱力した感じで自分の席に戻った。