醜い争い
翌朝、王城内は、罵り合いがあちこちで見られ、兵士同士で喧嘩まで起こっていた。
とある一室では、
「このジジイ! 年考えろ! 王の侍女に手をつけるとは何事だ!」
「元々私の派閥の娘だ! 前から狙っていたのだ! それをお前が横からさらっていったんだろうが!」
「拐うとは人聞きの悪い! 侍女にどうだと打診しただけだ!」
「それを拐うというのだ! 王家の打診を断れる訳がないだろう!」
「うるさい! だから年を考えろって言ってんだ! お前いったいいくつだよ! 子供でも出来たら、成人する頃にはお前はあの世だろ!」
「後20年くらいは生きるわい!」
「だいたい勃たねえだろうが!」
「まだ現役じゃわいっ!」
と、取っ組み合いの醜い争いが勃発。
また別の部屋では、
「貴方! 作戦会議とか嘘をついて、この状況で部屋に女を連れ込んで浮気とは、いい根性してますね!」
「まて! 誤解だ! 私は何もしていない! それよりこの手紙は本当か⁉︎ アーノルドと寝てるのか!」
「何もしていないのに、何故女性の下着が枕の下から出てくるのです! 見苦しい言い訳など聞きたく有りません!」
「まて、アーノルドについての答えがないぞ! とりあえずそのナイフを置け! 落ち着いて話し合おう! 話せば分かる!」
「話す事などありません! 貴方を殺して私も死にます!」
「待て待て! わかった! アーノルドと今後関係を断つなら許す! な! 俺の方は本当に誤解なんだ〜!」
と、ナイフを振り回して追いかける女と、逃げる男の鬼ごっこが始まり、城中を走り回った挙句、ベンドリックの執務室のドア開けて逃げ込んだ男。
「何事ですかな? ケセロースキー男爵の御子息、確かカイル殿」
部屋に飛び込んできたカイル・ケセロースキーに、ベンドリックの執事のアーノルドが詰問する。
そしてそのすぐ後に、女が乱入してくる。
「だから話せば分かるっ! ほら、お前の愛しいアーノルドだぞ!」
そう言って、アーノルド執事の背後に隠れ、アーノルドの背中を押して、女の方に近づけるカイル・ケセロースキー。
「アーノルド! 邪魔しないで! その人を殺して私も死ぬんだから!」
女はアーノルドに、叫んだ。
「おい! 私を巻き込むな!」
などと言い、アーノルド執事は廊下に逃げる。カイル・ケセロースキーもそれに続く。
女は、
「逃げるな浮気者!」
と叫びながらナイフを頭の上で両手で持って走ってきた。
そして廊下に、誰かさんが撒いていた汚水に足を滑らせた。
女はとっさに、頭上に構えたナイフを放り投げ、両手で床に手をつく。
顔から床に激突するのは、無事避けられた。
だが、放り投げたナイフが勢いよく飛んだ。それはそれは凄まじいスピードで。
「あっ!」
指をさすカイル・ケセロースキー。
「え?」
と、カイルが指さすほうに振り返るアーノルド。
そして、
スパッ
と、執事のアーノルドの喉を、飛んできたナイフが斬り裂いた。
吹き出した血液がその場を真っ赤に染める。
呻き声を上げながら、喉を押さえていたアーノルドの手が、ダラリと垂れると、その場でうつ伏せにバタリと倒れた。
その一瞬、城内外の血走った目をしていた者たちの動きが、ピタリと止まった。
同時に各人から黒いモヤが立ち昇ると、風に吹かれて消え去る。
それは王城だけでなく取り囲む王太子派貴族達からも。
そして、
「お、おい、私達、スネークスにあんな事言って殺されないか?」
「あ、ああ。ヤバイかも! どうする?」
「とりあえず見逃してもらえたから、ウィリアム王太子、いやウィリアム陛下のお役にたって、もしもの時は陛下に守ってもらいましょう! スネークスは陛下の御言葉なら聞くはずです!」
「う、うむ! それしか無いか!」
「だな!」
などと、一縷の望みをかけた会話がなされる。
王城はと言うと、
「ヤバイ! マジヤバイ! 翼竜を従えるスネークスと敵対する? 正気か少し前の私!」
と、頭を抱えるケセロースキーと、
「王家にとって代わる? お世話になった先代に顔向けできん!」
と、マクレーンと掴み合いしていた手を離し、床に膝をつくベンドリックと
「何故、ベンドリックの甘言に耳を傾けてしまったのか。もっとやりようがあったはずなのに。スネークスに勝てる訳など無いのに……」
こちらもベンドリックから手を離し、後悔しかないマクレーン。