崩れ落ちる
「ギブス侯爵の息子、確かケントだったか? ケント坊ちゃんをとりあえず起こして、急いで脱出の用意しろ」
と、言いながら、パトリックは換気用の小さな小窓を開けた。
とても人が通り抜けられるような大きさでは無い窓、それは30センチ四方の、本当に換気と明かり取りのためにある窓。
パトリックは頭だけを窓から出して、上空に目を凝らす。
黒い空に、僅かに黒い物体が旋回しているのを確認した。
「用意っていったい何を?」
と、疑問を口にした侍女に、窓から頭を中に戻して、
「着替えて、持って帰る物を鞄にでも詰めろ」
と、素っ気なく言うと、
「ハイっ!」
と、答えてから慌ててケントを揺すって起こし、着替えさせる侍女。
パトリックは、窓からもう一度顔を出して、
「プー、ここだ〜」
と、叫んだ。
窓から出たパトリックの顔を見つけたプーが、窓の位置まで降りてくると、
「プー、この壁壊して」
と、パトリックがプーに言う。
ギャッ
と鳴いたプーは、その部屋の壁を脚で破壊した。
中に居たケントと侍女が悲鳴を上げたが、パトリックはそんな事気にしないで、崩れた壁のガレキを蹴り飛ばしてゆく。
壁が壊れた音と振動で、騒然とする屋敷内。
そこかしこで声がする。
ケント坊ちゃんを抱え、荷物を入れた鞄を腕に持った侍女を、パトリックが抱き上げて、壁に開いた穴からプーの背にある籠に2人を投げ込む。
2人は悲鳴を上げたが、籠にすっぽり収まった。
そして自分もプーの背に飛び乗り、走ってくる音を聞きつけたパトリックは、
「矢でも撃たれたらたまらんな。足止めしとくか。プー、とりあえずこの部屋、中まで破壊しろ」
と、プーに命じた。
ギャ
その鳴き声と同時に、プーの尻尾の一撃は部屋の中どころか、廊下の反対側の部屋まで破壊してしまう。
外壁はレンガ積み、内壁は木造だった古い建物は、その壁がかなりの範囲で破壊されたため、屋根の重みを支えきれなくなり、崩れ落ちてきた。
悲鳴が聞こえたが、そんな事はどこ吹く風。
パトリックはプーに上昇するように言うと、空から潰れた屋敷を眺める。
一階から、慌てて出てくる屋敷の使用人達に混じって、豪華な寝衣姿の母子を見つけた。
「ガナッシュの妻と息子か?いや、嫁と孫か」
ニヤリと口元を歪めたパトリック。
プーの背から飛び降りて、気配を消して母子に近づくと、小さい体で必死に逃げる子供に狙いを定め、サッと子供を抱き抱えた。
「おかあさまっ!」
子供が声を上げると、
「アンソニーッ!」
と、母親がパトリックの小脇に抱えられた息子を見て叫んだ。
「ガナッシュの息子の妻であってるか?」
パトリックが言うと、
「息子を返しなさい! この賊めっ!」
と、言ったのだが、母親はパトリックの顔を知らないようだ。
「ほう! 謀反を起こした家の嫁が偉そうに」
と、パトリックが呆れて言うと、
「謀反など知りませんっ! 早く息子を解放しなさいっ!」
と、偉そうに命令する女。
「知らんで済んだら、警察は要らんわっ!」
「けいさつとやらが、何か知りませんけど、謀反に私は関係有りません!」
「貴様の嫁いだ家が、謀反に協力してて、そんな言い訳通じる訳ないだろうが!」
「知らないものは知らないのです! 賊が誰に向かって口を聞いてるのか、わかっているのですか! 侯爵家を敵に回して生きていけると思っているのですか!」
「貴様こそ誰に向かって口きいてるのか、分かっているのか? 名乗ってやろう! パトリック・フォン・スネークスだ! 貴族の癖に知らんとは言わせんぞ!」
「しっ、死神っ!」
「今すぐ死にたくないなら、大人しくしろ! お前と息子の命は、ガナッシュのやつに選択させてやる。大人しくしないなら、この場で斬り捨てる!」
パトリックは殺気を放ってそう言った。
「ひっ」
と小さな悲鳴をあげて、母親がその場に倒れた。
小脇に抱えられていた息子は、間近で殺気を浴びて、尿を漏らしてすでに気絶していた。