毒
上空を旋回する翼竜に、キュリアル男爵領は大混乱していた。
領民達は、叫び声をあげながら逃げ惑い、建物の中へと走り去る。
漆黒の翼竜が旋回している真下にあるのは、キュリアル男爵の屋敷。
突如、急降下してきた翼竜が、屋敷にぶつかりそうになる直前で方向を変え、上昇していくと、また旋回しだす。
上空で旋回する漆黒の翼竜の背に、先程まであった人影が無い事に、気がつく者がいたのだろうか。
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パトリックは、騒然とするキュリアル男爵の屋敷の屋根を、音すら立てずに歩いていくと、テラスに飛び降りて、大きな掃き出し窓を検める。
しっかり鍵はかかっている。
パトリックは掃き出し窓の鍵穴に針金を差し込み器用に動かすと、
カチャン
と、小気味良い音がした。その音は屋敷の使用人達の叫び声にかき消されてしまった。
侵入した部屋の中を平然と歩く、パトリック。
誰も居ない部屋を素通りしてドアを開け、廊下に出ると、スタスタと歩きだす。
誰もその存在に気が付いていない。
窓やテラスから身を乗り出し、上空の翼竜を見て騒ぐ使用人達は、屋敷の中など見ていない。
いや、見ていても気が付きはしないだろうが。
匿われてる部屋を捜してゆく。まあすぐ見つかったのだが。
ドアの前に立つ、金属鎧を着込んだ大きな男。ガナッシュ派の近衛騎士だ。
パトリックは、さらに気配を消して近衛騎士に近づくとしゃがんで、ポケットから小さな瓶と針を取り出し、小瓶の蓋を開けて、中の液体に針を浸し、金属鎧を着込んでいる近衛騎士の、膝の裏の鎧が無い部分に、
プスッ
と、刺した。
「うっ」
と、声を漏らした近衛騎士は、その場に膝をつき喉を掻き毟る。
頭部の鎧を外して投げ捨てた近衛騎士は、口をパクパクさせた後、白目を剥いて倒れたのち、息を引き取る。
パトリックは、倒れた近衛騎士の体を漁ったが、鍵は無かった。
「仕方ない」
そう呟いて、左腰にある刀を音もなく抜くと、ドアの下側を2度ほど切りつけた。
切った音すらしなかったが、コンとパトリックが足で蹴ると、パタンと静かにドアの下半分に、二等辺三角形の穴が空いた。
穴の空いたドアをくぐり、室内に入ってみると、少し軽装気味のアリシア第3王妃が、床に跪き両手を組んで、目を閉じて、
「私の死で謀反の成功の確率が下がるなら、この身を喜んで差し出しましょう。神よ、我が魂を使いて、メンタル王国に安寧と平和を」
と、声に出して神に祈っていた。
それを聞いたパトリックは、ゆっくり音を立てないように近づいていき、
「アリシア第3王妃様、お助けに参りました」
と、アリシア第3王妃の耳元でささやいた。