翼竜とは
指揮官の、獅子族の男は焦っていた。
メンタル王国には、ワイバーンを使役する魔物使いが居ると、噂は聞いていたのだが、翼竜の話は聞いてなかった。そして、御伽噺の中の翼竜の話は知っている。
嵐を呼び、都市を更地に変える風の翼竜。
火を噴く山から飛び立つ、炎を吐く翼竜。
伝説は数々あれど、全て噂でしか無く、翼竜を生で見たのは初めてであった。
なので、ワイバーンよりは強いだろうとは思ったが、その程度として進軍を指示した事を、今、激しく後悔していた。ここまで強いとは!
前方にいた部隊は、氷の翼竜の攻撃により、凍らされており、ほぼ壊滅。
もう後退するしかないと、撤退を叫ぼうとした刹那、自身の周りに黒いモヤが発生している事に気がついた。
漆黒の翼竜。
小さい頃に読んだお伽話に出てきた、闇の暗黒竜。
全てを飲み込む闇と、闇から発生する響きにより崩れ去り吸い込まれる都市。
物語の最後は、都市文明全てを吸い込み尽くし、荒地の大陸だけが存在する世界。
「あ、暗黒竜……なのか? 俺は飲み込まれて死ぬのか?」
黒いモヤに包まれ、すでに数十センチ先も見えない中、獅子族の男は呟いた。
「死にたいか?」
突然聞こえた声に、
「死にたいやつなどいるものかっ! 生きたいに決まっている!」
獅子族の男はその場で叫んだ。
「ならば部隊を撤退させろ。それと、プラム王宮まで道案内しろ。その条件を飲むなら、攻撃を中止してやる」
静かな、だが強い口調で聞こえた声に、
「王宮だと! 何をするつもりだ!」
と、叫び返す。
「なに、プラム王に少し説教というか、折檻というか、痛い目にあって貰わないと、俺の気がすまんのでな」
「陛下は、貴様などに会ったりしない!」
「なら、その時はその時で考えがあるさ。案内するのかしないのかどっちだ? このまま部隊と共に死ぬか? 全滅させてやるから、1人寂しくあの世って事はないぞ?」
その声は、最後通告に聞こえた。
「兵の命は保障してくれるのか?」
すでに死んでしまった兵には悪いが、全滅は避けたいと、獅子族の男は思った。
「案内するならな。早くしないと、どんどん凍らされて死んでいくぞ? まだ止めてないからな」
まだ殺され続けているようだ。
「わかった、頼むから氷の翼竜を止めてくれ!」
早く止めないと!
そう思って、すぐさま懇願した。
「交渉成立だな」
その声の数秒後、黒いモヤが消えた時、目の前には暗黒竜の恐ろしく冷たい瞳が、獅子族の男を見つめていた。
死を連想させる、冷たい眼差しで。