ウィリアムとデコース
時は少し遡る。
城の謁見の間に置かれた、豪華な棺。
その中には、少し痩せた王の亡骸。
多くの人が見守る中、その棺の前に立つ1人の男と1人の女性。
棺の蓋を閉める前に、最後の別れの挨拶の時を、ある言葉によって邪魔された。
「兄上死ねぇ!」
それは兄上と呼ばれた、ウィリアム王太子にとって、予想し得ないものだった。
剣を振り上げたその声の主は、マクレーン第三王子。
腹違いとはいえ実の弟で、ウィリアム王太子の認識としては、良好な関係だと思っていた。
突然の事で動けぬウィリアム王太子。妻の身を庇うのが精一杯であった。
マクレーン第3王子が、剣を振り下そうとした瞬間、
「ファイアボール!」
そう叫んだ王宮魔術師、デコース・フォン・カナーン。
デコースは、全文全てを詠唱をしなければ発動しなかった魔法を、絶え間なく必死で訓練していたため、ようやく前文を省略し魔法名だけで、魔法を発動することに成功していた。
威力は全文詠唱した時に比べて、1割程度しか出なかったのだが。
大きさはピンポン球程度しかないファイアボールが、マクレーン第三王子が握る剣に当たり、飛ばされた剣が床に転がった。
「くっ! カナーンめよくも!」
マクレーン第3王子がデコースを睨みつけるが、そんなマクレーン第3王子から目を離さずにデコースが、
「殿下方、お逃げください! ここは私が食い止めます! 近衛! 殿下達の警護を! 脱出しろ!」
デコースの叫びに、
「う、うむ、助かったカナーン。すぐに後から来てくれるよな?」
ウィリアムの言葉に、
「もちろんです。私は魔法使いですよ? 早々に死んだりしません。行って下さいっ!」
少しだけ振り返って、ウィリアム王太子の目を見て叫んだデコース。
「すまない!」
そう言い残して、近衛に護衛されながら走り去るウィリアム王太子達。
「さて、とっさで魔法名しか言えず、あの程度の威力だったが、詠唱した私に歯向かうヤツは居るか? 我が掌から射出せよ……」
詠唱を始めたデコースを前に、
「に、にげろっ! 本物のファイアボールがくるぞっ!」
と、マクレーン第3王子の取り巻きの近衛が叫んだ。
「ちっ、カナーンめ! 皆の者! 一旦下がって迂回してウィリアムを捕らえろ!」
マクレーン第3王子が、そう言いながら、ウィリアム達とは別の扉から走り去る。
マクレーン第3王子派が消えた謁見の間で、1人残されたデコース。
「パット……お前ならこの危機、どう乗り切るのかな。さて、殿下を追うか」
そう言って、ウィリアム王太子が出て行った扉を開けて走り出したデコース。