クスナッツが叩く鐘の音
少し閑話が続いてますが、書いておかないとと思う話なので、ご了承を。
クスナッツは鐘を鳴らす。
スネークス本邸の見張り棟の上で。
カーンカカン、カーンカカンと鳴る鐘の音は、緊急時の音では無い。
その音を聞いた、本邸で働く者は上空を見て、その場から離れる。遠くに見える飛行物体が、グングン近づいて来る。
本邸の正面玄関付近に、ふわりと降り立つ2匹の翼竜。その背にはこの領地の主人である、パトリック・フォン・スネークス辺境伯と、その妻であるソーナリス・スネークス。
クスナッツは、棟の上から翼竜を眺めて、口元が緩む。
「やはりかっこいいなぁ。ここに勤めて正解だぜ」
そういうと、隣にいた同僚が、
「かっこいいより恐ろしいが正解だと思うなぁ。流石に見慣れはしたが、近づきたくは無い」
と言った。まあ普通の感性ならばそうだろう。
「そうか? まあそうかもな。普通は恐怖の対象だもんな」
「ああ、災害級の魔物だからな」
「それを従えるお館様は凄いよなあ」
「それには激しく同意する!」
「ていうかさ、うちの騎士様達も凄いよな?」
「ああ、ワイリー男爵殿やヴァンペルト男爵殿は槍の達人だし、アイン殿は王国中に部下走らせて情報集めてくるし、エルビス隊長は人だらけのスネークス領の治安維持を担ってるし、極めつけはミルコ殿。あのお館様に付き添ってて、まだ生きてる!」
生きてるの言葉に、2人で笑いあう。
だがその後クスナッツは、交代の者と見張りの番を引き継ぎ、下に下りて食堂で飯を食いながら、その"生きてる"の言葉を思い出す。
ここに勤め始めてから、領兵達や使用人達にいろんな話を聞いた。
お館様が軍に入って、最初に出くわしたオークキング。
普通なら死んでいてもおかしくない魔物だ。
次にトロール。アレを部下と2人で倒したとか、どこの御伽噺だと言いたい。
サイクロプスを1人で倒す? どこの英雄様?
極め付けはワイバーンだ。もう無茶苦茶だ。
だが、それはまだお館様だからと、無理矢理納得できる。
だが、その部下達。
噂に聞くウェイン殿は、王国で五指に入ると聞くが、ワイリー男爵殿やヴァンペルト男爵殿は、それほどではなくとも、生き延びている。あの2人は実力があるのは、この領地に来られた時に見て分かった。
だが、ミルコ殿はあの2人に比べて、武力は1枚も2枚も落ちる。
なのに生き残っている。それもお館様が曹長の時からずっと同じ場所にいてだ!
よく話をしてくれるコルトン殿も同じ部隊だが、コルトン殿は、ワイバーンの時にはその場に居なかったらしい。
「生き死には紙一重ってことか。運命とでも言うのかな? まあ、俺がここで働いてるのも、不思議なことだしな。やれる事を精一杯やって、認めて貰うだけだ」
そう言ったとき、
「そうだな。それで良いと思うぞ」
と、背後から声がした。
驚いて振り向くと、そこにはエルビスが居た。
「隊長! 驚かさないで下さいよ! せめて足音くらいたててください!」
クスナッツがエルビスに言うと、
「普段から足音をたてないように訓練しておかないと、いざという時、敵に見つけられてしまうだろうが!」
エルビスが少し声を大きくして言った。
「そりゃそうですけど、じゃあ声かけながら来てくださいよ」
と、まだ言うクスナッツに、
「グダグタ言わずに早く食え! お館様がお呼びだ!」
そう言われては、クスナッツに返す言葉はない。
ひたすら食事を飲み込んでいくのだった。