とある男爵
その日、王都の老舗大店の店主が、忽然と消えた。店は息子が引き継いだが、消えた店主の行方は、知れる事は無かった。
さて。反スネークス辺境伯派の、新参男爵達はどうなったかというと、
「ドワーフ達が、給料渡した途端に消えました!」
という部下の報告に、
「なにっ?」
と、寝耳に水といった感じで驚いていた。
「約束していた酒が、1か月もせずに届かなくなる様な、領主の下では働けないと言って、出ていきました」
「勝手な事を言いおってからに! こっちがどれだけ苦労して手配しているかも知らないで!」
「しかし実際入手できておりませんし、ドワーフ達との約束では、毎夜1樽渡すと言ってしまいましたし」
とまあ、だいたいの家がこんな状況の中、とある家は、
「建築中の我が館はどうするのだ!」
と、領主が執事に聞いた。
「何とか職人を探してますが、なかなか見つかりません。見つかるまでは中断かと」
と、執事は答える。
「だいたい何故、酒が我が領に来ないのだ!」
「新しい食品商人組合長が、こちらの要求を一切受け入れませんで、1樽すら渡してくれません!」
「他の理事達に金を掴ませて、理事長に働きかけさせろ!」
「私も色々声をかけてみたのですが、どの理事もいっさい金を受け取りません!」
「何故だ! 商人なら金で動くだろうに!」
「銅貨1枚すら受け取らないのです! 異常です!」
「食品商人組合で、いったい何があったのだ? 理事長の突然の交代は、行方不明が原因なのか? それとも交代があっての行方不明なのか?」
「とある理事が、少しだけ話してくれましたが、〈今の理事長には逆らえない〉とだけ」
「あちこちに、酒場を出店してる男だろう? そんなに儲けているのか?」
「それなりのはずですが、詳しくは分かりません」
「うちの領には、店は無かったな?」
「おもに伯爵以上の領地に、出店してるようです」
「上級貴族の領地だけか。まあ人の多い所に出すのは理解できるがな」
「はい」
「それよりも、話を戻すが館の建設だ! どうにかしないと。商人ギルドから食品商人組合に、話を通して貰えんのか?」
「商人ギルドは、各商人組合の上部組織ですが、名目だけで、組合に指図は出来ません。食品の事は食品商人組合に言えと言われるだけです」
「どこかにドワーフを派遣してくれるところはないものか……」
「どこにでも、建設要員を派遣してくれる商会が、あるにはあるのですが……」
「なにっ! それを早く言わんかっ! どこだ⁉︎」
「スネークス人材派遣商会……です」
「ヤツのところではないか!」
「はい……」
「他にないのか?」
「ありません」
「むむむ。どうすべきか……背に腹はかえられぬか……仕方ない。ヤツを儲けさせるのは腹立つが、館を完成させないとな。いつまでもこのボロ家では、他の男爵に舐められる!」
「依頼してみますか?」
「ああ、仕方あるまい」