モルダーの憂鬱
とある家のとある部屋、そこに2人の男。
「お館様はなんと?」
「お前達に任せると」
「信用して頂けるのはありがたいが、その信用に応えるのはなかなか大変だな」
「だが、そうして実績を作れば、私のように騎士爵を与えてくださるぞ。平民の間者だった私が騎士だぞ? いまだに夢のようだ」
「私など、反乱を助けた貴族の息子なのに、雇って頂いているからな、有り難くて涙が出る」
この会話で誰が誰か分かると思うが、闇蛇隊のアインと、バース・ネークスの店長のモルダーだ。
「お館様の心の広さは、計り知れないからな。たまに小さくなる時もあるけどな」
と、アインが言うと、
「ミルコ殿の話だろ? アレは聞いてるだけで可哀想だが、お館様がイラッとするくらい、馬車の中でイチャついたミルコ殿が悪い」
と、モルダーが笑いながら言う。
「まあな。で、話を戻すが、店をどう管理するかだが?」
「店が増えたのは良いのだが、増え過ぎて私1人では細かい事まで把握しきれないからな。とりあえず王都の本店と支店は私がみるとして、東西南北で支部長4人を決めて、管理させるのが良いかと思う」
現在、バース・ネークスは、王都に3店、王都以外の王国内に20店が在る。主に公爵、侯爵に伯爵の領地に開店しているし、まだ増えるだろう。
「なら、闇蛇も同じようにして、地域ごとに調査させようか。やらないとは思うが、支部長になった者が、他家に情報を売るなどの裏切りをしないとも限らんからな」
「うむ、私はお館様に恩義があるが、他の者は私ほどではないからな」
「候補が決まったら連絡してくれ、こっちでも再調査するから」
「ああ、知らないところで金借りて、借金まみれだと、情報売るかもしれぬしな」
「慎ましく暮らせば、借金などしなくて済むものを」
「若いと見栄を張ったり、女に貢いだり、嫌な事を酒で誤魔化したりするからな」
「私もまだ若いが、見栄とかないなぁ」
「お館様が仰っていたが、酒と金と女、コレが男が身を崩す三大要素だ、まあ、アイン殿は大丈夫だろうが。そこを抑えて情報を集めるのが、私の仕事だしな」
「お館様に貢献して、早く家族を安心させてやらないとな。まだ奥さんはお館様を少し怖がってるんだろ?」
「まあなぁ、領地で、あ、元領地な。そこに居たものだから、直にお館様の戦いを見てしまったのもあるが、妻も貴族の出だし、家の潰れた貴族の行末はよく分かってるからな」
「貴族は貴族の立場で仕事しているから、なんとかなっていたのが、平民になると、ほぼ借金奴隷まで落ちるからなぁ」
「ああ、それが小さいながらに家を持てて、普通に暮らせてる私は、幸せだと思う。それに、お館様は忠誠を誓う者には、寛大な方だがな」
そう言った時、部屋の扉をノックする音がし、
「なんだ?」
とモルダーが言うと、扉が開いて、
「夕飯の用意が出来ました。アイン様の分も有りますので、是非。娘も待っておりますし」
と、モルダーの妻が入室して言った。
「いつもありがとうございます、たびたびご相伴に預かり申し訳ない」
アインが、モルダーの妻に頭を下げると、
「いえいえ、娘のサラはアイン様は次いつ来るのかと、毎日のように尋ねてきますので、いつでもいらしてください」
と、笑顔で言う。
そう、モルダーも娘からしつこく聞かれるのだ。次はいつ来るのか、早く呼べと。
モルダーの娘は、14歳。
多分、いや、確実にアインに恋い焦がれている。
アインは独身だし、騎士爵を持つ貴族でもある。
年下ではあるが、ある意味でモルダーの上司でもある。アインは否定するだろうが、モルダーはそう思っている。
(上司と娘が結婚などしたら、私の立場は?)
モルダーの憂鬱は暫く続くことになる。