コナー子爵、反省会
パトリック一行はコナー子爵邸を後にした。
向かうは王都。
コナー子爵邸は今、静けさを取り戻していた。
応接室のソファーに座る当主と、向かいに座る奥方の視線の先は、当主の左手の小指。
そこには、あるべきものが無いのだが。
「痛みはありますか?」
奥方が聞くが、
「いや、ポーションで傷は塞がっているし、痛みも無いが違和感がな。まさか小指を自分で切り落とさせられるとはなぁ。予想外だった。死神にたてつくとどうなるかという宣伝材料にされた訳だ」
自嘲気味に言うコナー子爵。
「結婚パーティーの帰りに、敵には回らないとおっしゃってたのに、なんでまた?」
「アメリアが奴の騎士と結婚するとなれば話は別だろう。この目で直接見極めねばならんだろ」
「お相手のミルコ騎士だけでは、ダメだったのでしょうか?」
「あのスネークスの騎士だぞ? 噂は山ほど聞くし、功績も山ほどあるが、私が実際見た訳では無いからな。もはや騎士の腕だけで乗り切れる情勢では無いのだ。もうすぐ帝国との戦もあろう。となれば、辺境伯ならば最前線で指揮を執るはず。相手のミルコ騎士は、常に隣に立って補佐をする副官との事だ。一緒に戦場に行くだろう。アメリアが未亡人になる未来は勘弁して欲しいからな」
「あなた、あの子の事になると、少し思考が暴走するものね」
「末っ子可愛がりなのは自覚しているが、それでもな」
「まあ、指1本で済んで良かったと思いましょうか。辺境伯がお帰りになる際に見た翼竜、アレと事を構えたら、今頃この辺は荒れ野原でしょうから」
「ああ、一匹でもそうなると思うが、2匹だからなぁ。だが、翼竜を見て思ったが、アレを従えるスネークス辺境伯は、本当に人なのかな?」
「人にしか見えませんけどね」
「私の背後を簡単にとる男だぞ?」
「貴方も年老いたって事では?」
「それを言うならお前もだろ」
「貴方! 女性に年の事を言うもんじゃありません!」
「いや、自分から言い出したんじゃないか……」
♦︎♢♦︎♢
王都に到着したパトリック一行。
馬車から首を出したプーとペーに、騒ぎとなるかと思いきや、スネークスの家紋入り馬車を見た途端に、民衆は逃げていたので、大した騒ぎにはならなかった。
屋敷に到着と同時に、王城よりパトリックに呼び出しがくる。
「お呼びにより参上致しました陛下」
「うむ、呼び出しの用向きは分かるな?」
「魔物の進化の話でしょうか?」
「それよ!ワイバーンが翼竜に進化したとは真か? 手紙にあった内容では、場合によればオークキングなどが大量に発生する可能性も指摘しておったが」
「確証は有りません。ですが、ウチのプーとペーの進化の過程を考えますと、可能性が有るかと。上位の魔物を食べる、それだけなのか、それとも特定の上位の魔物なのか。検証してみないと分かりませぬが」
「ゴブリンから検証してみると手紙にあったが?」
「ゴブリンキングくらいなら、ウチの兵でもどうにかなるので。オークキングとなると怪我人を覚悟せねばならなくなりますし」
「普通はオークキングは死人覚悟なのだがな」
「鍛えましたから、2軍と8軍なら死にはしないかと」
「訓練で死にかけてるらしいが?」
「それ、誰が言ってます?」
「お前、名前を言えばそいつの所に行くだろう?」
「もちろん!」
「言うわけ無いだろう!」
「まあいいです。検証の許可は頂けるので?」
「王都の近くではやるなよ」
「承知致しました」
「ソナは元気か?」
「元気過ぎるくらいに。今日も一緒に来てますよ? ところで陛下、少しお痩せになりました?」
「そうか、ならば良い。最近眠りが浅くてな。まあ、問題無い。疲れてるだけだろう。検証の結果は報告するように」
「承知致しました」
王の御前から下がったパトリックは、軍の訓練場に顔を出す。
「ウェイン、今戻った。何か変わった事は?」
「よう! おかえり中将閣下よ。新兵がかなり来た。今特訓中だが特に問題は無いかな」
「そうか、ならば良い。俺はちょっと立て込んでるので、今日は帰るから」
そう言って立ち去るパトリックの背中を見て、ウェインが、
「アイツに追いつくには、俺に何が必要なのかな」
そう言ってから、兵達に向かって歩き出した。