墓
「クスナッツ、気持ちは決まったか?」
パトリックの前にはクスナッツが控えている。
「はい閣下、決まりました」
「ふむ、で、答えは?」
「このクスナッツ、スラムに身を置いていた事を知っていてなお、お誘い頂いた閣下のお気持ちを有り難く頂戴し、閣下の為に働く所存でございます。よろしくお願い致します」
深々と頭を下げたクスナッツに、パトリックは、
「働き次第で待遇は変わる、よく覚えておけ。明日にはここを立つ。準備しておけ」
そう言って立ち去った。
「はっ!」
そう言ってパトリックの背を見送ると、
「翼竜を従える死神辺境伯閣下か……気合い入るぜ!」
右手の拳を握り気合いを入れるクスナッツ。
密かに翼竜に憧れを抱いていたクスナッツは、翼竜となったプーとペーを見て、即決していた。その選択は吉と出るか凶とでるか。
翌日一行は、西の砦を出発した。
もちろんクスナッツも同行している。
問題無くスネークス本邸に到着後、クスナッツはエルビスに預けられる。領兵として訓練されるのだが、西方面軍の訓練とは比べ物にならないそれに、クスナッツは即座に後悔したと、後に同僚に語っている。
翌日、王都に向けて早馬が走り、その後パトリック一行は王都に向け出発したのだった。
途中寄り道して、兵を待たせてパトリックとソーナリスは、2人きりで旧リグスビー領の外れにある墓地に来ていた。歴代のリグスビー家の墓がある場所である。
その場所の端に小さな墓がある。
墓石にはこう書かれている。
レイナ・リグスビーと。
パトリックの母親の名である。
「母さん、久しぶり。色々あったけど、俺は元気だよ。それと妻を迎えたんだ、紹介するよソーナリスだ」
「初めまして、ソーナリス・スネークスです、お義母様。不束者ですが、宜しくお願いします」
2人して墓の前で膝をついて報告していた。
眼を閉じて祈る2人が、白くほんのり輝いていた事を知る者は誰も居ない。
その後、王都に向かって街道を進む。途中、ワイリーとヴァンペルトも合流したのだが、プーとペーが来る時はワイバーンだったのに、帰る時は翼竜になっているのを見て、口を開けて暫し呆けたのは言うまでもない。
「お館様、少し寄りたい家があるのですが」
ミルコがパトリックに話しかける。
「どこだ?」
「アメリアの実家のコナー家です」
「ん、ちょうど街道沿いにある領地だな」
「はい、王都とスネークス領の中間に位置します」
「ふむ、挨拶に行くのか?」
「はい、アメリアと2人で行ってこようかと思っているのですが」
「うーん、よし!俺も行こう!」
「「え?」」
ミルコとアメリアの声が揃う。
「パットが行くなら私も行く!」
と、ソーナリスも会話に加わる。
「「ええ⁉︎」」
「よし、荷物に酒もたんまり積んであるし、手土産は充分! よし、先触れの早馬を出せ!」
「はぁ、最初は2人で行きたかったのですが……」
「2人で行ってややこしくなる前に、俺から口添えして円満に解決してやろう」
「余計ややこしくなる気がしないでもないのですが……」
「お前ら俺の事、動く揉め事みたいに思ってないか?」
「え?」
ミルコが眼を見開いてパトリックを見つめる。
「動く揉め事でしょう?」
ソーナリスが口を挟む。
「酷くない?」
パトリックがソーナリスに顔を向けて言うが、
「行った先で事件が起こらない事ってあった?」
と、返すソーナリスに、
「あるよ!」
「例えば?」
「えーと、例えばそうだな……うん、無いな……」
「ほら……」
「まあ、うちの騎士が結婚の許可を求めに行くんだ。主が挨拶しても普通だろ?」
「それはそうだけど……」
「アメリア、両親はどんな人柄だ?」
と、話を振られるアメリア。
「えっと、普通?」
「普通が1番よく分からん例えだぞ? 俺に言わせたら俺が普通なのだから」
「「「え?」」」
3人の声が揃う。
「ん?」
「お館様はご自分の事を普通と思っておいでなのですか?」
と、ミルコが問うと、
「俺ぐらい普通な人は居ないだろ? 身長体重、顔から何から全部普通じゃないか!」
「身長体重だけ普通の間違いでは?」
とミルコが言い、
「顔は捻くれてそうだし、髪は黒いし瞳も黒い。性格に至っては社会不適合でしょ?」
と、ソーナリスが追い討ちをかける。
「ソナ、酷くない?」
「だって他に当てはまる言葉が思い浮かばないのよねぇ」
「そんな男によく嫁いだな」
「だって退屈しなさそうだもん」
「まあ、それなりに波乱万丈ではあったし、おそらくこれからもそうだろうな。かなりあちこちに怨みかってるしな」
「せいぜい長生きして楽しませてくださいな」
「努力する」
「じゃあ行こうか!」
「あ、やっぱり行くんですね…」
とミルコ。
「うちの両親の人柄の話は必要無いのね……」
と、アメリア。
「行くのは決定だからな! 参考に聞きはするがな」
そう言うパトリックと、静かに頷くソーナリス。