無茶振り
スネークス本邸よりパトリック一行が出発する。
目的地は西の砦。
中央には目立つ赤い馬車と、大きな黒い馬車が二台。
前後には護衛のスネークス領軍。
街道を進む一行に、商人の馬車が道を空ける。王都と違うのは人々がこの馬車を見ても逃げない点であろうか。
王都ならば蜘蛛の子を散らすように逃げていくが、スネークス領では手を振る子供や、頭を下げる大人や年寄りなども居る。
スネークス本邸から西の砦までは、旧ウエスティン領を抜けた先にあるので、広大な麦畑を延々と見るハメになる。
赤い馬車に乗るのは、パトリックとソーナリスに、ミルコと侍女のアメリア。
「退屈!」
数時間ほど馬車に揺られたところで、ソーナリスがわがままを言い出す。
「馬車の旅とは退屈なものですよ?」
アメリアが諭すが、
「だって本邸に着くまでは景色の変化があったのに、ここはずーっと麦畑! 飽きた! ねえ、パット。何か退屈しのぎになるものなーい?」
と、パトリックに話を振る。
「退屈しのぎかぁ、旅の退屈しのぎと言えば、トランプだが、トランプって持ってきてあったっけ?」
パトリックがミルコに聞くと、
「いえ、今回は持ってきていません」
と返ってきた。
「無いってさ」
と、パトリックがソーナリスに言うと、何故かニヤリと笑ったソーナリスが、
「じゃあ、いい機会だから、ミルコさんからパットにお話しがありまーす! ミルコさんどうぞ!」
と、ウインクをして、ミルコに無茶振りをした。
そう言われたミルコが、途端にひたいから汗を流しだす。
「ん? ミルコから? 何かあったのかミルコ?」
パトリックがミルコを見つめる。
ミルコの隣に座っているアメリアの顔は真っ赤だ。
「おおおお館様、そそそのですね、わ私はですね」
ミルコ、噛み噛みである。
「ちょっと深呼吸でもして落ち着けミルコ!」
パトリックが呆れて言うと、
スウゥゥー、ハアアァァッ。
と、ミルコが深呼吸して、
「私、スネークス辺境伯が騎士ミルコは、ここに居るアメリア殿とお付き合いをしております事を、お館様にご報告申し上げます! 何卒お許しを願います!」
馬車の中なので、腰掛けたまま頭を下げているミルコを見つめてパトリックは、
「主君の妻の侍女との交際だ。生半可な覚悟では許可出来んぞ? 仮にも王女の侍女だった女性だ。出身は中級貴族以上の家のはずだ、そうだろソナ?」
と、ソーナリスに聞くと、
「ええ、子爵家の四女よ」
と返ってきた。
「子爵家の四女ならば、教育はしっかりしているだろうし、学もミルコよりあるかもしれん。そして、結婚するならば、子爵家にも挨拶に行かねばならん。その覚悟は有るんだろうな? たかが騎士爵程度と、罵られるかもしれんぞ?」
パトリックがミルコに言うと、
「はい! 覚悟は出来てます。ですが、アメリアとも話し合いましたし、2人で許可を貰えるまで頑張ろうと決めました」
ずっと頭を下げたままのミルコ。
パトリックは視線をアメリアに向ける。
「君も同じ考えで良いのかな?」
と、問いかけると、
「はい。私から告白したのです。その時点で覚悟は決まってます」
と、真っ直ぐパトリックを見つめて言い切ったアメリア。
「よし、ならば何も言うことはない。私は許可するし、子爵家の方にも働きかけよう。」
「「ありがとうございます!」」
ミルコとアメリアの声が揃った。