とある男
西の砦は改修工事の真っ最中である。
先の内乱により、砦の改修点が浮き彫りになったからだ。
火事への備え。
これは井戸水で火事を消す事ができないと明白になった(誰かさんが火を着け回った為)ので、川から水を引き込み、砦の内部に貯水池を作った。
かなりの大事業であったが。
水の引き込み口から侵入されないように、城壁の下部分は掘った堀に太い鉄の柵を取り付け、人が侵入出来ないようにしてある。
これにより、砦のトイレ事情も改善された。
汲み取り式から水洗になったのだ。
出したモノは池に流れ最終的には排水路から元の川に流れる。その池で魚の養殖も始められる。魚が人糞を食べてくれるのだ。その魚は、籠城の際の食料にもなる。気分的には良く無いだろうが。
そして、誰かさんに焼かれてしまった場所の補修工事。
これは木製ではまた火事になるかもしれないと、石造りに変更された箇所が多い。食料庫などはそのおかげでネズミの被害が減った。
「伝令! スネークス領より先触れ! 明日、スネークス中将が視察に来られるとの事です」
「ご苦労! 下がってよし」
「は!」
西方面軍の新たな将であるパウター少将は、少し太めの体をソファに沈め、青い瞳を副官に向け、
「スネークス中将のお出ましだ。兵にも伝えておけ。あの方に変に絡んで問題になってみろ、ワシの首が危なくなる」
と言った。
「はい、何せあの死神中将ですからな。前回視察に来たときに中将の顔を知らなくて、ただの貴族のボンボンだと思って絡んだ兵は、あの通りですからなぁ」と、砦の高見台の上に目をやる。
「あいつには可哀想だが、我らに責任の追及が来なくて助かったな」
金髪の頭をかきながらパウター少将が言うと副官が、
「助かりましたが、いい加減可哀想で」
と返す。
「確かにな……」
♦︎♢♦︎♢
砦の高見台には、1人の男が常駐している。
いや、常駐させられているのだ。
足を鍵付きの鉄の輪で高見台に固定され、下りる事が出来ない。
食事や水は他の兵に持って来てもらうし、排泄物も持って下りてもらう。寝るのも椅子に座ったままだ。もう2ヶ月この場所にいる。
「次に俺が来るまで、お前はここで見張りだ!」
そう言って薄ら笑いを浮かべた男の顔を思い出しては、自分の行動を後悔する。
まさかあんな若造が中将とは、しかもあの死神とは!
スラムのボスとして君臨していた自分が、王都のスラム消滅のため、仕方なく仕事を求めて西に流れて来た。
体に自信があったため、西方面軍の兵士募集に応募したまでは良かった。
訓練を卒なくこなせて、自分はここでも強いと錯覚してしまった。
砦の中の上役にさえ気をつけていれば、ここでも自分の好きなように出来る、そう思ってしまった。
だが、そうではなかった。
視察に来た若造を揶揄ってやろうと、イチャモンを付けたら、逆にこてんぱんにされた。しかも素手の若造に。
騒ぎを聞きつけてやってきた上役が、顔面蒼白で、
「スネークス閣下! 何とぞお許しを!」
と、土下座したときに初めてこの若造が、王都でも噂を聞いていた死神だと知った。
「ほんと、ついてないぜ……」
そう呟いたら返事があった。
「おい、どうやら明日来るらしいぜ! やっと下りられるぜ?」
と、食事を持ってきてくれた同僚が言う。
「ほんとか⁉︎」
「ああ、さっき閣下の部下の方が先触れで来たってよ。パウター少将から全兵士に通達があった。問題起こすなってよ。お前の件を知ってるから、起こす訳無いがな」
「やっと、やっと地面に下りられる」
男はそう呟いて涙を流した。