紅茶の味
スネークス辺境伯邸で働く者は多い。
屋敷の維持管理から、塀(と言い張る砦の防壁)の見張り、門番や吊り橋の見張り兵に敷地内の警備兵。
軍人だけでなく、文官も多い。
パトリックの決裁が必要なもの以外は、文官が処理していく。
パトリックの案内でソーナリスが屋敷内を移動していく。
使用人達は、ソーナリスの顔を目に焼き付ける。
奥方に失礼な事などしたら、自分の運命の火が消えるのだから。決して見間違えてはならない。
一通り回ってから、ソーナリスの事をミルコとアメリアに任せ、執務室に向かうパトリック。
執務室の椅子に座ったパトリックはサンティノに、
「決裁の必要な書類を。それと何か報告などは有るか?」
と聞いた。領地に戻った時に必ずサンティノに聞く言葉だ。
「お館様、決裁の書類はこちらに。それと、西方面軍から、次の視察はいつになるのかと、問い合わせがありました」
「工事の進捗状況の報告か? それとも何か不備でも出たのか?」
「いや、そう言うわけでも無さそうなのですが、少し前から頻繁に聞きにくるのです。いつ来るのかと」
「なんでそんなに知りたいのだろうな? ん? まてよ? この間視察に行った時に何かあったような?」
「視察から帰られた時に、お館様から預かった鍵と関係ありますかな?」
「あ! 思い出した! そりゃ聞きに来るわ! まあいい、明日行くと言っておけ」
「では、先触れを走らせます」
「ああ、頼む。それと俺のペットの餌の用意を頼む」
「あのバイパーとワイバーンの事ですな。馬車の中を見て驚きました」
「こっちに連れて来ることがなかったからな」
「どれほどの肉が必要でしょうか?」
「来る途中に散々食って来たから、鶏1羽づつでいい」
「承知しました」
そう言っているとメイド長のリーナが紅茶セットを持ってやって来る。
「お館様、奥様と一緒にお飲みになりますか?」
と聞くので、
「ああ、そうだな。今はどこにいる?」
「ミルコ殿とお付きの侍女と一緒に塀の上におられるはずです」
「んー、では降りてきたらまた飲むことにして、今は1人で飲むことにする」
「はい、ではすぐにお入れしますね」
「ああ頼む」
リーナの右手のポットからお湯が注がれ、茶葉が芳醇な香りを振りまく。
パトリックの前に置かれたカップを右手で持ち上げ、口元に近づけて香りを楽しんでから、口に含む。
「やはり紅茶はリーナが入れたものが1番しっくりくるな! 幼い頃からの馴染みの味ってやつだな!」
と、リーナを見ながらパトリックが言うと、
「ありがとうございます。奥様直伝ですからね」
「母上直伝か……あ、そうだ、王都に戻るときにソナを連れて墓に寄って帰ることにするか」
「奥様、喜ばれますよ。パトリック様のお嫁さんを見る事が出来るんですから」
微笑んだリーナの目に光るものがあった。