湖での事
ヴァンペルト領を出て、スネークス領に入る。
広大な湖のほとりで昼食休憩を取ることにした一行は、食事の準備に入る。
が、パトリックとソナは別のことに夢中である。
「もはや何と言って良いのか分かりませんなぁ」
と、ボヤいたのはミルコ。
「もう、あの人達はそういう人達だと割り切ったほうが、精神衛生上良いと思います」
と答えたのはミルコの隣に寄り添うように立つアメリア。
2人の視線の先、いや、この場に居る皆の視線の先には、ワイバーンに革製の鞍のようなものを取り付け、その背に乗って空の散歩をする変人夫婦、もとい、スネークス辺境伯夫婦。
湖の上だから落ちても大丈夫だろうと、実験を兼ねた空の散歩は、2人にはとても楽しいものだったのだが、スネークス領とはいえワイバーンが2匹も飛んでいれば農家や漁師は大混乱。
慌ててミルコが部下達に、
「アレはお館様夫妻だと言って回って来い! それでだいたい納得するはずだ! 馬で走り回ってこい!」
と、慌てて命令し、兵士達が馬で走り回るハメになった。
その頃ぴーちゃんはというと、湖を泳ぎ回り(蛇は普通に泳ぎますし、潜ります)普段食べることが少ない魚や魔物を貪っていた。
魔物がほぼいないスネークス領だが、唯一の例外が水棲の魔物である。人は水の中では驚くほど弱い。
湖には湖特有の魔物が存在する。
ウナギのバケモノの様な魔物や、ナマズのデカイ様な魔物、言わば魚系魔物。
それに、水大蜥蜴のような魔物や、オオサンショウウオのような大型両生類系、身の丈2メートルを超えるカエルのバケモノなども。
漁師とは命懸けの仕事である。
その漁師が1番警戒する魔物は [水竜] と呼ばれる魔物である。
大きな口にビッシリ生えた鋭い歯に、頑丈な鎧の様な体、体の大きさの割に小さな四肢に、体より長いであろう尻尾。
噛みつく力は竜種の中では1番強いと言われている。
「デカいワニだな」
パトリックが言うと、
「うん、デカいワニね」
とソーナリスが言う。
「ワニというのが何か分かりませんが、体の鎧のような鱗がボロボロですな、この水竜」
とミルコが言うと、
「ぴーちゃんに締め付けられたんだろ」
と、パトリックが推察する。そう、ぴーちゃんが引きずってきた魔物だ。全長10メートルを超えるワニのような水竜。
「水竜も、ぴーちゃん様が相手では歯が立ちませんでしたか」
ミルコが呆れた声で言う。
「いくらデカくても、自分の体に噛みつけないだろうから体締め付けられたら、なす術がないんだろうな」
「このボロボロの革では使い道が無いですかな?」
「肉は食えるだろ。白身で淡白で美味いはずだ」
「それ、ワニの話よね?」
と、ソーナリスが突っ込む。
こうして水竜バーベキューが開かれ、領民にも水竜の肉が振る舞われた為、ワイバーンの混乱はまるで無かったかのように扱われた。さすがスネークス領民。
ちなみに領民の横でプーとペーも水竜の肉を食べている。
皆が出発の準備に取り掛かった頃、パトリックはぴーちゃんに呼ばれて湖のほとりにある場所に連れていかれた。
土が盛り上がった場所を、尻尾で器用に指差し(尻尾差し?)ている。
「ここを掘れって?」
パトリックがぴーちゃんに尋ねると、頭を縦に振るぴーちゃん。
パトリックは言われるがまま、土を掘る。
すると出てきたのは大量の卵。
「なんか嫌な予感がするんだけど? ぴーちゃん?」
そう言われたぴーちゃんの口元が微かに笑っている様に見えるのは気のせいであろうか。
「持って帰るんだよね?」
激しく頭を縦に振るぴーちゃんに、パトリックは諦めて部下に卵を回収させ、ぴーちゃん用の馬車に積み込むように命令するのだった。