辺境伯領に向かって
王都のバケモノ屋敷と呼ばれる屋敷から、巨大な馬車が続いて出発する。
黒い大きな馬が三頭で引く黒い大きな馬車と、こちらも同じく黒い大きな馬が二頭で引く黒い大きな馬車。
そして、それに続く多くの馬車に、緑の軍服を着て馬に跨がる兵士達。胸には蛇の刺繍がある。毒蛇隊と呼ばれる兵士達だ。
ワイリーとヴァンペルトは先に自領に戻って、パトリックを迎える予定だ。
バケモノ屋敷などと言われる屋敷は、王国広しといえども、スネークス邸だけだろう。
向かうは王都からは西にあるスネークス辺境伯領。
いつもパトリックは少人数で行っているが、今回は異例な事がいくつか。
まず、妻であるソーナリスを連れている事。
辺境伯領の使用人達とは初顔合わせとなる予定だ。
次に、巨大な馬車が2台ある事。一台は言わずと知れたぴーちゃん用の馬車である。ではもう一台は?
「プー、ぺー、人が少なくなったら外に出してやるから、暫く我慢してろよ?」
「ギャウ!」「ギャー!」
「よしよし、良い子だ」
「会話が成立してるのが、未だに信じられませんな」
「なんだよミルコ、ぴーちゃんとも成立してんだから、するに決まってるだろ」
「まあ、そうなのですが、ワイバーンに知能があるとは思って無かったので」
「走竜だって、ある程度理解するんだから、知能くらいあるだろう。一緒だよ」
「そりゃそうですけど」
「細かい事を気にしてたらハゲるぞ?」
「うちは、両祖父と父親もハゲてましたから、いずれハゲます!」
「いや、そんな自信満々で言われても…」
パトリックが呟く。
「聞いた? ハゲるらしいけどいいの?」
「構いません! ハゲたらナデナデスリスリしますから!」
「まばらに残ってたら?」
「剃ります!」
「それはそれでどうかと思うけど」
ソナとお付きのアメリアの出発前の会話である。
さて、一行は順調に西と進む。途中の貴族領では熱烈な歓迎を受けたりした。そして1つ目の目的地であるワイリー男爵領に到着する。
ワイリーは、元カーリー男爵の館をそのまま使用しているのだが、そこに今日は一泊する予定だ。
ワイリーの使用人達から、
「辺境伯様、ようこそおいでくださいました」
と深々と頭を下げられ、館に入って領主であるワイリーと話し込む。
「で、状況はどうだ?」
と、ワイリーに尋ねると、
「今のところ順調なのでしょうか? 私にはイマイチわかりませんが、部下達の話ですと、ソバのほうは問題無いとのことです。鶏のほうですが、作業している者達からは、臭い、怖い、と苦情がきているようです。まあ、糞の臭いは仕方ないとして、怖いのほうですが、何せ鶏はデカイですから農民達だけでは危険なので、領兵に手伝わせておりますが、ここの領兵の力量では限界でしょうか」
とワイリーが答える。
「お前が鍛えりゃ良いじゃねーか。鍛え方は知ってるだろう? 俺と同じようにすれば良いだけだ」
「お館様と同じ事をしたら、領兵が逃げ出します!」
「いや、逃げないだろう? お前達だって逃げて無いんだから」
「お館様? 我らは逃げる所が無いだけですよ? 領兵なんて、別の領に逃げるとか、実家の農業手伝うとか手段はありますよ?」
「実家とか、お前達にだってあるじゃないか」
「我らは家から独立して国軍入隊です。領兵は実家から通う者がほとんどです」
「んん? でもスネークス領兵は逃げて無い気がするが?」
「それはお館様から逃げられる気がしないからでは?」
「そうなのか? まあいい、明日俺と一緒に養鶏場と領兵の訓練を見てまわろう」
「承知いたしました」