お店
王都の貴族街に近い場所、そこに一軒の店がある。
カランカランとドアの上に取り付けた鈴が鳴り、1人の男が入店した。
「マスター、以前言ってた新しい酒って入ったかい?」
カウンターの席に腰掛け、そう言ったのは、初老の男。
上品な雰囲気を醸し出す、仕立ての良い服を着た紳士だ。
「はい、今日入荷したところですよ。お試しになります?」
マスターと呼ばれた30代の男が言うと、
「もちろん。楽しみにしてたんだ。」
とニコリと微笑む。
「お、あなたもマスターから聞いた新しい酒待ちでしたか。私も待っていてね。仕事そっちのけでここに来ましたよ」
と、隣の席に座っていた男が、初老の紳士に向かって語りかける。
「何せ新しい酒ですからな。私も大急ぎで仕事を片付けてきましたよ、と言うことはそのグラスの中は?」
初老の紳士が聞き返す。
「ええ、新しい酒です。味の感想は貴方が飲んでからにしましょう」
「お気遣いありがとう。そうして貰えると嬉しい」
店のマスターが小皿に1センチほどの炒り豆とナッツを乗せて出し、その横に小さなグラスをさし出す。
「先ずは何も手を加えて無いものをどうぞ」
「ふむ、色は透明か」
と言いながらグラスに鼻を近づける。
「む、臭いがかなり癖があるな」
グラスから顔を離して言う。
「では!」
そう言ってグラスに口をつけて、酒を少し口に含んだ。
「むむ、ふむふむ、ゴクン、ふう」
「どうです?」
飲み込んだのを確認してから、マスターが聞くと、
「臭いは癖があるのに、味にはそれほど癖はなく、だが弱いわけではなく強い。不思議な味だ、ほのかに芋の風味がする」
「流石です。では次はこちらをどうぞ」
と言って、氷が入ったグラスをだす。
「ふむ、氷で冷えるとまた変わるか。どれどれ」
と言って飲む。ゆっくり時間をかけて。
「ほう、ウイスキーの水割りとは全く違う趣向だな。徐々に薄くなって変化が楽しめる」
隣の男が、
「驚いたでしょう?」
「うむ! さすが新しい酒だ! 独特の風味も気に入った!これは流行るぞ」
「まだまだ次はお湯割りです。お楽しみください」
「ほう!癖を前面に押し出してきたか。香りが強烈だな」
マスターが微笑むと、
「まだ持ち帰りは出来んのか?」
初老の紳士が聞くと、
「はい、オーナーの許可がまだですので、ここで飲む分だけになります」
「暫く通うことになりそうだな」
「ですな!」
そうこうしてる間に客は増えて、満席となると、皆が幸せそうに酒を楽しむのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「モルダー、例の酒の評判はどうだ?」
パトリックは、1人の中年男性に聞くと、
「はい、上々です! 特にロックが人気です。まだ、お館様の言いつけ通り芋の方しか出してません。もう一つのほうは、梅を漬けたりして熟成中です。色々試して増やしていきます」
と答えた男。
「今は王都だけだが、そのうち色んな領に店を出すからな。従業員の募集や教育も任せるから、しっかり働けよ」
「はい! 平民に落ちて働き口の無い私を拾っていただいた恩は、しっかりとお返いたします」
「まあ、ある意味俺が平民に落とした訳だがな」
「いえ、アレは父の失態です。ヘンリーの口車なんかに乗るから…」
「まあ、人間、欲って出てくるもんだからな。仕方ないと割り切れ。王国中に店を出して、情報収集して、役立つようになれば、お前にも騎士爵やるから!」
「酒で口を滑らせ漏らした情報を集めるとは、お館様もよく考えてますね」
「男が失敗するのは欲と酒と女だろ?」
「名言ですね」
こうして、バース・ネークスという名の店がゆっくり確実に王国に広まっていくのだった。