ウェインの結婚式
パトリックは正装して馬車に乗り込む。
赤い車体に黒い家紋の入った、とにかく目立つ馬車に。
その馬車を見る王都の人達は、
「おい、あの馬車って…」
「しっ! 声が大きいぞ、見れば分かるだろ! あんな馬車が他にあるわけないだろ。悪名高きパトリック辺境伯の馬車だよ!」
などと言われ、その馬車の前を塞ぐモノは何も無い。人々はすぐに避けるし、向かって来る馬車などは、慌てて横に避けて止まる有様だ。
その赤い馬車が向かう先にあるのは、こちらも有名なサイモン侯爵邸。
この日、サイモン侯爵の長女、エミリア・サイモンと、キンブル子爵(先の動乱時の手柄により子爵に格上げされている)家の三男、ウェイン・サイモン(入籍は済んでいるので、家名が既に変わっている)の結婚式が教会で行われ、サイモン侯爵邸で、披露パーティーが開催されるからだ。
サイモン侯爵家は、王国の中でも古参の貴族であり、国軍でも重要なポスト(大将)なので、多くの貴族が集まってくる。
若い貴族の男などは、サイモン15姉妹の1人エミリアの正式な結婚により、残りの14姉妹の婚約も解禁になるのではないかと、砂糖に群がるアリのように集まってきている。
そう、サイモン侯爵家の娘達は、まだ全員嫁に行って無かったのだ。
理由?ただの娘可愛い親父のせいである。
流石に家の存亡がかかっていたので、長女の希望もあって、ウェインを婿に迎えたが、残り14人にしてみれば、ウザい父親だろう。
パーティーは侯爵家らしく派手では無いが上品、優雅で高級感のあふれる催しである。
まあ、パトリックには別の目的があるのだが。
「パット、話って何だ?」
と聞いてきたのは、デコース・カナーン。
父親のトローラが、近衛騎士団を正式に退役(王を守って片腕を失くした為、名誉の負傷による除隊)し、領地運営に専念する為、領地に戻ったのと交代して王都に赴き、近衛騎士団に戻ったのだ。
「デコース兄、確かもう30歳でしょ? 嫁のアテは?」
「まだ29だ! 嫁のアテなど無い!」
「そんな胸張って言う事じゃないでしょ。カナーン家も子爵になったのだし、ちゃんとした嫁を貰わないとダメでしょ? このパーティーでいい子見つけないと!」
「うっ。いや、しかしだな」
「しかしもカカシも、そろそろ女性と話出来ないっての直さないと! 身内と王家は平気なのに、他の貴族となると話せないとか、意味分からないから!」
デコースは、婚姻対象になり得る女性には、緊張して話が出来ないという欠点があった。
「そそそそそんな事言ってもだな…」
「その身体で緊張とか、似合わないし!」
「何を話したら良いのか分からんのだ…」
「名前言って見つめて美しいと褒めれば良いの! 出来れば話好きの女性の方が良いだろうけど、贅沢は言わない! デコース兄、好みの女性とか居ないの?」
「いない訳では無いが…」
「誰? どの子?」
「あ、あの…子」
小さく、消えるような声で言った視線の先に居たのは、
「マジで⁉︎」
パトリックの予想外の人物だった。