黒い馬車
とある馬車職人の親方は、注文に来た貴族を前に冷や汗を流している。
悪名高いスネークス伯爵。
気に入らない奴は貴族だろうが平民だろうが、使役する巨大な蛇の魔物の餌食とする、極悪貴族と噂だ。
それが目の前に居るのだ。
背中は汗でべっとり。椅子に座っているので足の震えはバレていない!と、思いたい!
(よりによってなんてぇ貴族が、ウチに来やがるんだ!)
と、心の中で叫ぶが、来てしまった貴族を追い返す訳にもいかない。
しかも注文してきたのが、悪名高き極悪魔物の運搬用の馬車ときた。
人食い蛇専用馬車⁉︎
そんな物作ったら、うちの店も極悪扱いされまいか⁉︎
だが逆らって蛇に食べられるのは勘弁願いたい。
渋々依頼を受けた。
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とある牧場主は、馬の牧場を営んでいた。
由緒ある牧場で、王家にも馬を献上する事を許されているくらいである。
見目麗しい馬、速い馬、色々揃えている。
が、今日の客は、
「力の強い馬を三頭!」
と言ってきた。
力の強い馬はもちろんいる。
商人の馬車など、荷物を目一杯載せるので、速さより力強い馬が好まれる。
だが、この注文をしたのは貴族である。
貴族ならば普通は、見目麗しい馬か速い馬を注文するものだ。
豪華な馬車を引くには見目麗しい馬が似合う。
戦の時は速い馬が有利である。
「力の強い馬ですか? 見た目は関係無く?」
牧場主は、確認の為に聞いた。
「ああ、ものすごく大きな馬車に重たい荷物を載せるのでな。出来れば三頭の仲が良い方が良い。三頭引きだからな」
とりあえず怖いと噂の貴族なので、牧場に居る大型の馬で、スピードは無いがパワーだけは有る馬を三頭売った。
大きさは普通の馬の倍ほどある種類である。
「また、御用が有れば宜しくお願いします」
金を受け取り、頭を下げた。
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巨大な漆黒の馬車。
豪華な装飾は無い。
ただ、赤い色でとある家紋が描かれている。
悪名高きスネークス伯爵家の家紋。
短剣に絡み付く、2匹の蛇。
その馬車を引くのは巨大な馬。
漆黒の馬が、三頭。
御者は新たに雇ったドワーフの老人。
その馬車の前後を王家の家紋の付いた馬車が挟み、馬に乗った近衛騎士が警護している。
馬車が向かうのは王都の外の森。
中に乗るのはパトリックとソーナリス。
それにそれぞれの付き人や侍女。
それと…
ぴーちゃん。
ぴーちゃんの食事を兼ねたピクニックである。
ぴーちゃんの体にもたれかかるパトリックとソーナリス。
リラックスムードである。
逆に付き人達は、顔が真っ青である。
人食い蛇と同じ馬車の中。
常人なら気絶ものである。
森の中ではぴーちゃんが魔物を一掃し、パトリックはBBQの準備をする。
「男の手料理です、お気に召しますかどうか」
と、言ったが、ソーナリスが食べたいと言ったので、炭(薪より高価で煙も少なくて、火力が高い)で鉄串に刺した肉を焼いていく。
味付けは醤油もどきである。
醤油もどきが焼ける匂いは最高である。
軽くウイスキーを飲みながら、焼けた肉を串から頬張るパトリックに、ソーナリスが葡萄水を飲みながら侍女が取り分けてくれた肉を綺麗に食べる。
周りの人達も適度に食べている。
警戒すべき魔物は、ぴーちゃんが殲滅してしまった後なので。
流石に酒は飲まないが。
初の野外デートは、こうして大成功だった。