動乱の時〜レイブン侯爵領2〜
ようやく、温めていたこのシーンを書けた。
パトリックは1人で壁沿いに歩く、領都の奥にある農地を目指して。
パトリックならば、レイブン侯爵領兵に見つからないからだ。
壁沿いに歩き3時間ほどで、壁の外に広がる農耕地にたどり着く。
農民が出入りする門も閉ざされているが、いずれ収穫に出てくるだろう。街にどの程度の食料が有るか分からないが、野菜などはそんなに日持ちしないので、収穫にくるはず。チャンスはその時である。
待つこと2日。
(ようやくか)
領兵に警護されながら、農民が出てくる。
門はすぐに閉じてしまったが、パトリックの狙いは、入る時だ。
農民達に紛れて進入すれば良い。
3時間ほどで収穫が終わり、街に戻る農民と警護の兵にピッタリ寄り添って、進入に成功するパトリック。
街の中を堂々と歩き、領兵の詰所や、レイブン侯爵の屋敷を確認。
ふと、1人で乗り込んでもいけるのでは?と、頭に思い浮かぶが、取り押さえる人数と、捕縛した人を運ばなければならない事を思い出す。
(殺すだけなら、いけるんだが無理だな)
パトリックは事前の作戦どおり、とある門を目指し歩き出す。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
街の東側にある門。
そこは、薪などを運ぶために作られた、森へと向かう為の門。
その森の中に毒蛇部隊と8軍は潜んでいた。
8軍は迷彩柄の服に着替えており、発見されにくい。
毒蛇部隊は、元々緑色の軍服であるので、8軍には劣るものの、目立ち難い。
馬車隊は少し離れた所で待機している。
そして、壁の向こうで黒い煙を視認する。
「よし、中佐が到着されたぞ。もう少しだ、準備しろ!」
ヴァンペルト大尉が、部下に命令する。
「案外早かったですね。街に食料の備蓄は少なかったのかな?」
毒蛇部隊のエルビスが言う。
「急な籠城だからな」
ワイリー大尉が、小声で答えた。
壁の向こうで、喧騒が聞こえだす。
そして先程よりも多い煙が上がる。
「ありゃ火事ですかね?」
「だろうな。中佐だろうなぁ」
「そろそろだな」
ギィっと、音を立てて、門の横の通用口が開いた。
「よし! 突入だ!」
ワイリーが叫ぶ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
無事進入路を確保したパトリックは、通用口から8軍達を入れることに成功する。
「よし、レイブン侯爵の屋敷に向かうぞ! 領兵は蹴散らせ! 狙うはレイブン侯爵の家族! 行くぞ!」
突如現れた奇抜な服の軍隊に、領民は逃げ惑い、領兵は槍を構えて抵抗するが、まばらに配置されていた領兵など、パトリック達の相手では無く、8軍に斬り捨てられるのみであった。
その日の夕方には、レイブン侯爵の屋敷を取り囲む事に成功する。
「直ちに投降しろ。さもなくば突入する!」
8軍の勧告に、レイブン侯爵は、
「馬鹿な事を! こちらにはまだ500は兵がいるのだ! そちらより数は多い! 貴様らこそ死にたくなければ今すぐ街から出ていけ! 今なら見逃してやるぞ!」
確かに屋敷の庭には、兵が多数居る。500はあやしいが。
「交渉決裂だな。よくもこの状況であのセリフが言えるものだな、では行くか…ワイリー、ヴァンペルト、エルビス、用意は良いな?」
「「「勿論」」」
ふーっと、一息入れたパトリックは、
「突撃!」
と、命じた。
門が壊され、パトリック達が突入する。
そこかしこで戦闘が始まる。
そして、
♦︎♢♦︎♢
ゆうやーけこやけーの〜♪あーかとんぼ〜♪
下手な歌だ。
だが、この世界には無い歌だ。
歌っているのはパトリック。
歌いながら歩く後には、無数の屍。
レイブン侯爵領兵の屍。
パトリックの姿が赤く見えるのは、夕日に照らされただけではないだろう。
それは圧倒的な殺戮か。
適度な殺気を纏い、その殺気を感じても向かってくる者だけを斬って捨てる。
腰を抜かした兵など相手にしない。
部下が取り押さえるだろう。
両脇には、ワイリーとヴァンペルト。背後はエルビスが守る。
屋敷の門から玄関までが赤い絨毯のように染められ、オブジェと化した屍が、この空間を異空間の様に思わせる。
だが、それは現実。
玄関を蹴破り、屋敷内に入ってからも、歌は続く。
屋敷内の黄色い絨毯が、赤に染め上げられていく。
使用人達は既に殺気により失神していた。
「ここかな」
一際豪華な扉を蹴破る。
「くっ、くそ!」
狼狽える侯爵と、
「父上、もはや諦めたほうが」
両手を上げて、抵抗の意思が無い事を示す侯爵の息子。
「諦められるか! 死罪だぞ!」
「しかし、もうどうにもなりませぬ!」
「こやつらを倒せば!」
「あの人数を倒すほどの腕ですよ? 無理です…」
「ふむ、息子の方は状況を理解できたか? 抵抗しなければ斬りはしない。大人しくしておけ。でだ、そこの耄碌ジジイ。覚悟も無く叛乱に手を貸す老いぼれ! 今死ぬか、後で死ぬか選べ!」
「やかましい! ポッと出の癖に偉そうに! ようやく、ようやく我が孫が王位につける地位まできたのだ、それを支援して何が悪い! 王の祖父の家となれば、公爵になれるのだ! それを夢見ぬ貴族など居ない!」
「いや、夢見たことは無いな」
「だから貴様はポッと出なのだ! 由緒ある貴族とは違う」
「いや、父上、元々リグスビー家の…」
「お前はどっちの味方だ!」
「こうなっては、王家かな。スネークス伯爵、何でも喋りますので、どうか命だけは!」
「お、お前裏切るのかっ!」
「元々私は乗り気じゃ無かったでしょうに」
「まあ、リグスビー家など、ただの古い血だ。今は無い家だ。確かにポッと出だが、何かに怯えて暮らす日々が、怯えなくて済む日々に変わった。私にはそれで充分だ…それが何か?」
その言葉にパトリックは殺気を込めて言い放つ。
全身が血で染まった、赤い死神の殺気。
「後少しだったのに…」
項垂れたレイブン侯爵は、顔面蒼白だった。
その隣で、股間から黄色の液体が滴り落ちる侯爵の息子。