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付与術士の再世界  作者: 二一京日
一章 王立学院入学
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教会の地下

 ジルファは《隠密》を使ったまま、こっそりと教会の中に入る。


(随分と古い感じだけど、掃除は行き届いている気がする。じゃなきゃ、一気に廃墟にでもなってそう)


 教会の中は埃っぽい感じはせず、外観に比べて随分と綺麗だった。


「あれ、今誰かが……」


 不意に、そんな声が聞こえ、ジルファはそちらの方を向いた。

 そこには若いシスターがジルファのいる扉の方へ歩いてくるのが見えた。


 その様子から察するに、彼女にはジルファが見えていないようだが、このまま近付かれればバレる可能性があった。

 祭壇の方へ避けることで、扉から遠ざかると、シスターはそんなジルファには気付かずに扉を一度開けて外を見る。


「誰もいない。気のせいかな?」


 シスターはすぐに気にせずに、戻って行く。どうやら入り口の脇に部屋があったようだ。


(危なかった。あんまりバレずにいたいからなぁ)


 そっとため息を吐くと、ジルファは祭壇の奥に立てられている像を見上げる。それはセリーヌを信仰する聖律教会の教会ならどこにでもあるセリーヌの像だった。

 ジルファはその存在を知っていたが、実際に目にするのは初めてだった。


 千年前もセリーヌを信仰する宗教は存在したが、その時の像と今の像は少し違っている。

 それはおそら技術者たちの技術が向上し、より繊細にセリーヌの女神としてのイメージを表そうとした結果、神々しくなり過ぎたのだろう。


 実際のセリーヌの姿を知っているジルファからしたら、千年前の像の方がまだ似ていた。今の像は、顔だけ少し面影がある程度で、それ以外は誇張され過ぎていてほぼ別人だ。


(セリーヌの話じゃ、この千年の間はあまり下界との関わりは持ってこなかったって言ってたな。その間にいろいろと歪められたか)


 この千年の間も、聖律教会は何度もセリーヌのお告げだと言って、人々に言葉を伝えてきた。


 だが、セリーヌは基本的には放任主義の神だ。今回のジルファを送ったことや、夢のお告げでユリナに伝えたことは珍しい。


 セリーヌは人の問題は人が解決すべきと考えているため、過度な干渉はしない。ジルファを送り込んでいる時点で、もうすでに干渉しすぎているのだ。


(まぁ、お告げなんて、本人がそう言っていればそれっぽく聞こえるだけで、真実かどうかなんて本人にしか……いや、もしかしたら本人でも分からないかもしれない)


 もし本人がセリーヌの名前を騙って自分の考えを広めているなら、本人が偽物だと知っている。しかし、セリーヌではない誰かのお告げを、セリーヌの言葉だと勘違いして広めている場合は、本人ですら分からない。


(結局、信じるべきは自分自身ってことか。過度に神に期待するものじゃない)


 ジルファはセリーヌ像から視線を下ろし、台座を見る。


(これは……見ただけじゃ分からない、か)


 台座の前にしゃがみ、触って調べる。さらに《探知》も使い、魔力的におかしなところがないかを調べる。


(面白い反応はちょうどこの下辺りからあるんだけど……あぁ、これか)


 台座の裏にうっすらと魔術の術式が刻まれており、どうやらそれが鍵になっている。

 刻まれていると言っても、石に直接刻み込まれているわけではない。台座に魔力をしみこませてあり、その魔力が術式の形になっている。

 かなりの高等技術がなければ再現できない。そのくせ、メリットはあまりない。精々、削る必要がないことだが、実際に削った方が魔力を染み込ませるよりも速い。


 つまり、この技術はただのお遊びだ。魔力が完全に消えれば、もう何も残らない。


 この術式はかなり年月が経過していて、相当感知能力が高くなければ見つけることはできないだろう。

 実際、ジルファは《探知》を使っても、違和感と感じるだけで、すぐには見つけられなかった。


 薄くなった術式なら、完全に消えてはいないので、ジルファが魔力を注ぎ込めば起動することができるだろう。


 だが、その前に《真理眼》を使って罠がないかどうかを調べる。万が一あった場合、知らずに起動させれば面倒だ。


(教会に堂々と置いてあるものに、そうそう罠はないだろうけど……やっぱりない)


 ここで罠があったら、うっかり先ほどの子どもたちやシスターが起動させた場合、大変なことになっていただろう。そのことでジルファは内心ほっとしていた。


 念のために、ジルファはしばらく《真理眼》を発動させたままにしておくことにした。


「《遮音》」


 音対策をしてから、術式に魔力を流し込み、起動させる。


 すると、大きな音を立てながら、台座の脇に下へ続く階段が出現した。

 ジルファの周囲に結界を張っていなければ、先ほどのシスターにすぐに気づかれていたところだ。若干の揺れはあったが、このくらいなら音さえなければ気のせいということになるだろう。


 ジルファは階段を下り、それから階段が見つかれないように細工をする。


「《障壁》、《隠密》」


 階段の上を《障壁》で覆うことで穴を塞ぎ、《隠密》で階段に気付きにくくした。


(これで大丈夫。少なくとも、一般人には気付かれることはないだろうし)


 ジルファは階段を下って行ってしばらくすると、だいぶ下の方にまで続いていることに気付いた。


 単純に教会の地下と言うならすぐに階段は終わるはずだが、もう五十メートルは下っている。


(台座の術式はもう大分起動された形跡はなかった。けど、それでも精々百年くらい前のはず。長くても、魔力はそれ以上は残らない。問題なのは、一体誰が何の目的で入ったかだけど……今現在、ただの好奇心で入ってる僕が他人のことは言えないか)


 ジルファは苦笑していると、不意に下に降りられなくなった。


(あぁ、やっとちゃんとした地面か。長かったな)


 上を見上げると、入ってきた穴が大分上にある。そのせいで下まで来る光はかなり弱く、先は真っ暗だ。《真理眼》で暗闇でも見えるが、見やすいわけではない。


「《歪曲》、《強化》」


 ジルファは上から漏れてくるわずかな光を曲げて中へ届かせると、その光を強化し、明るく照らした。真っ暗闇が、まるで昼間のように明るくなったことで、だいぶ進みやすくなった。


 中はどうやら洞窟のようになっていて、岩肌がごつごつとしている。足場もそこまで良くないため、あまり無茶はできない。


(地下がまさかこうなっているなんて……近くに来なかったら気が付かなかった。ここまで案内してくれた子には感謝、かな。まぁ、何があるかはまだ分からないから、手放しでは喜べないけど)


 洞窟は今の所ただの一本道だ。所々で曲がりはしているが、迷いはしない。ジルファは少し面白くないと思っているが、事実として一本道なのだから仕方がない。


 そのまましばらく進んでいると、ジルファはだんだん空気が澄んできていることに気付いた。


(これは湿気?魔力も幾らかあるね。一体、この先はどうなっているんだろう?)


 ジルファは実際に自分の目で確かめてみたくなったため、《探知》と《真理眼》を解除して進む。分かりやすすぎるのは、時にワクワクドキドキをなくしてしまう。ジルファはまだそれを持っていたいのだ。


 それでも罠には気を付けつつ進んでいくと、一気に開けた場所に出た。そこには一つの湖があり、それ自体が光を放っている。青い光が洞窟内を照らしている。ジルファは魔術で強化していた光を少し抑えた。

 目の前の幻想的な光景にジルファは息を呑み、自然と笑みがこぼれた。


(こんな場所がどうして教会の地下から繋がっているのか。甚だ疑問だけど、何だか悪い気がしない)


 王都の中ではここまで澄んだ空気を吸うことはできないので、ジルファは気分が良かった。


(湖が発光しているわけは魔力だろうけど、これは残滓ってとこかな。ここにはその魔力の源となるものが存在しない)


 ただの残滓でここまで魔力が満ちているということは、相当にすごい何者かか何かがあったのだろう。

 ジルファは周囲を見渡して見ると、一つの台座を見つけた。それは簡素だが、魔力をうっすらと纏っている。


(明らかに、そこに何かがありましたって感じだね)


 台座に近づき調べてみると、そこには何か文字が刻まれていた。それはもう今では使われていない文字だったが、ジルファにとっては馴染み深い文字だ。

 今では古代文字と呼ばれる、千年前に使われていた文字だ。その文字にジルファは懐かしさを覚えた。


 学院の授業でも古代文字は出てくるのだが、それらの文字はなぜか味気がなかったのだ。しかし、台座の文字は、当時、直接何者かの手によって刻まれているのが分かるため、そこに懐かしさを感じることができた。


(えっと、どれどれ……『世界樹の乙女、ここに眠る。世界を守りし剣、資格ある者に託す』か。これって、まさか……)


 ジルファには世界樹の乙女という言葉に聞き覚えがあった。よく知っていると言ってもいい。

 もう少し調べてみようか、とジルファは一瞬考えたが、すぐにやめた。ここにはもう何もないということは、すでに何者かがここにあった物を持って行ったということだ。ここにはもう何もない。


(台座にかけられている魔術からして、選ばれた者しか抜けない、とかになっているみたいだね。なら、安心していいか)


 持って行った相手が選ばれたのだとしたら、ジルファは何も言うことはなかった。その者の元で使われているなら、それも本望だろうと考えた。


(千年前に捨てていった僕より、よっぽどマシだ)


 ジルファは懐かしいと同時に、感慨深いものを感じ、しばらくその場で澄んだ空気を吸っていることにした。


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