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付与術士の再世界  作者: 二一京日
一章 王立学院入学
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王都の路地裏

 ジルファが学院に入学してから一週間が過ぎた。

 模擬戦の様子は、あの時多くの人に見られており、今でも学院内では話題が上る。


 ただ、そのせいもあって、三組の上級ジョブたちは大したことがない、などと言われていたり、ジルファはどんな手を使ってでも勝とうとする卑怯者と言われていたりする。


 上級ジョブの人たちが一般的に大したことがないかどうかはジルファには分からないが、そう言われても仕方のない内容だった。

 上級ジョブが九人がかりで初級クラス一人に負けるというのは、傍から見れば恥以外の何物でもない。


 そしてジルファの方は、どんな手を使っても、という所は否定しづらかった。実際、《付与魔術》だけを使っていたわけではない。むしろ、ジルファは《言霊》が便利でよく使うので、誰もが使うような《付与魔術》を使う頻度は低い。


 卑怯かどうか、と言うことに関しては、千年生きている人に対して何を言っているのか、と言うのがジルファの感想だった。


 主に、三組の話題で学院内の空気は良くなかった。そして、それ以上に三組内の空気も悪い。そのため、教室内ではユリナは話しかけてこない。


 朝、学院の外で目が合った時は軽く会釈してくれるが、教室内では何もなし。それほどに居心地は悪い。


 担任の教師は最初以上にジルファのことを目の敵にしているし、その様子が他の教師にも伝播しているかのようにジルファへの扱いは悪い。


 三組の面々も、怒りがにじみ出ているようだ。一週間たって、少し弱まってきているが、それでも相変わらずだ。


 特にバークスは事あるごとに、ジルファに恥をかかせようとするが、それらを上手く回避してしまうため、ストレスが溜まっている様子だ。


 もっとも、三組の人たちは何か悪質ないたずらをせず、放課後どこかで特訓している様子があるため、教師たちに比べればよっぽどマシだ。


 そして、今日は学院の授業は休みで、ジルファは街へと出ていた。

 王都と言うだけあって、その賑わいには目を見張るものがある。下界に降りてから初めて訪れた街が王都で、まだそこから出ていないために比較対象がないが、それでも十分に賑わっているのだろう、とジルファは思う。


 ただ、王都と単純に一言で言っても広く、街の中心から端まではかなり離れている。学院は王都の中心寄りにあるため、その賑わいを感じやすいのだろう。


(ちょっと、全体を見てみようかな)


 ジルファは一度通りから外れて建物の陰に入った。


「《隠密》」


 そっと《言霊》を使って、自身に状態を付与する。

 今回の付与は簡単なもので、ジルファの存在が気付かれにくくするというものだ。とは言え、完全に姿を隠せるものではなく、精々道端に転がる石ころには興味を示さない、という程度のものでしかないが、今はそれで十分だ。


「《飛翔》」


 別の《言霊》を使うと、ジルファの体はふわりと浮き上がった。そのまま上空に上がっていき、王都を遠くまで眺めることができるところまで上がると、ジルファは下を確認する。


 人が浮いているという非常識な事態ではあるが、誰一人として気付かない。

 ただ、勘の良い人がいたら気付いてしまう可能性はあるため、ずっと留まっているわけにはいかない。


 すぐにジルファは王都のはずれの方にまで飛んでいくことにした。


 空を飛ぶ感覚は下界に降りてから初めてであるため、ジルファは少し楽しくなっていた。


(いつの時代でも、日常の中で飛行するのは気持ちいいな)


 急ぎではないため、ゆっくり飛行して視界を流れる景色を楽しんでいた。体に当たる風も心地よく感じる。


(あれ?あの二人は……)


 不意に視界の端に見知った人を見つけたので、ジルファは急停止して見下ろす。


 そこには燃えるような赤髪と、日の光を反射するように綺麗な金髪。

 そして、二人から微弱に漏れている魔力の感じから、アミスとユリナであることが分かった。


 二人は私服姿で、なにやら買い物か何かをしているようだ。楽しい休日の買い物、と言うことだろう。


 ジルファは、二人が楽しそうに笑顔で会話しているのを見て、少し驚いた。

 ユリナの方はともかく、いつも睨んでくるアミスの笑顔を見たのが初めてだったのと、そのアミスの笑顔が思いのほか綺麗だったからだ。


(元が美人だから予想できたはずだけど、睨んでくるのが普通だったからなぁ。地味に予想外だったかな)


 じっと見続けるのも悪いと思い、ジルファは顔を上げ、飛行を続けようとした。


 しかし、不意に感じた視線に体を止め、視線の方向を見下ろした。


 すると、アミスがジルファの方を睨みつけているのが見えた。その表情はこの一週間で何度も見た、ジルファを見ている顔だった。


(あぁ、これは完全に気づかれたな。まぁ、《隠密》は完璧じゃないから仕方ないけど……アミスは勘が良いのか。でも、ユリナは気付いていない様子。ここはとっとと去りますか)


 ジルファはアミスの視線を振り切るようにして、先ほどよりも速度を上げて飛び去って行った。


 こっそりとしていることがばれたことで、ジルファは少し早くなっている鼓動を感じ、苦笑いした。


 別に過信していたわけではなかったが、よりによってアミスに気付かれるとは思っていなかったのである。一番気付かれた時が面倒な相手だった。


(言いふらすタイプじゃないだろけど、次に会った時どうなるか。いや、何もないか?でも、もしかしたら……。全く予想できない)


 そう考えていると、いつの間にか王都の端へとたどり着いていた。このまま考え事を続けていたら、王都から出てしまっていたところである。


 ジルファはちょうどいい建物の陰をすぐに見つけると、そこに降り、《隠密》を解除した。

 そして、自然に通りに出て歩く。


 中心の賑わいとはまた違うが、それでも人がかなりの数がいる。

 通りには屋台も並んでおり、良い匂いがしている。ジルファはひとまずそちらへ行ってみることにした。


(と、その前にお金の確認。ちゃんとあるかなっと)


 ジルファは下界に来るときに、セリーヌからかなりの金額を渡されていた。


 神の権限でこの世界のお金を作ったものを、ジルファは資金として渡されたのだ。ただ、その金額が多すぎて、そのほとんどは寮で保管している。魔術で厳重に鍵をかけているため、盗まれる心配はない。


 その中からほんの一部分だけ持って街に出ている。それでも一日遊べるくらいのお金はある。今は目先の屋台だ。


 そう思って、お金を入れていた袋の中を見ようと腰に手を伸ばすが、なぜかその手は空を切る。


(あれ?)


 ジルファは一度立ち止まって腰に目を下ろすと、そこに本来あるはずのお金を入れた袋がなくなっていた。


(落とした!?飛んでた時にでも落としたのか!?)


 ジルファはいったん通りから外れて、再び建物の陰に入る。


「《探知》」


 なくなった袋にはジルファが魔術を掛けて、中からお金が出ないようにロックをかけているので、その魔術を探せば見つけるのは難しくはない。


 ジルファは最初、飛んでいる時に落としたのだろう思い、捜索範囲をかなり広くしなければいけないと考え、嫌になった。


 しかし、徐々に広げていったところ、案外近くで反応を見つけた。その反応は先ほどの通りから少し離れた場所を移動している。どうやら、誰かが袋を持って移動しているようだ。


(これ、飛んだ時の落としたんじゃなくて、もしかして掏られた?)


 反応が移動している場所は、飛行していた場所とは全くの別方向だ。


(ま、直接行けば何か分かるかな)


 ジルファはまた、《隠密》と《飛行》を使い、反応の方へと向かう。その間も《探査》は切らさない。


 通りからだんだん離れていき、ジルファの目には簡素な小屋が数多く見えていた。


(路地裏、スラム街ってやつかな?千年前もあったけど……こういうのは残ってるのか)


 所々にやつれた大人や子どもが多くいて、王都の中心部とは雲泥の差だ。そんなスラム街の上空を真っ直ぐに飛び、ようやく反応の近くにまでたどり着く。そこを見下ろすと、子どもが一人歩いているのが見えた。

 ジルファは降りることはせず、子どもの歩くスピードに合わせて上空を進んで後を付ける。


 見た目はまだ十歳くらいの男の子。体は細く、あまり食べることができていないようだ。


(う~ん、どうなんだろう。スリか、それともただ落とし物を拾っただけか。このまま降りて行って取り返してもいいけど……)


 ジルファは少し子どもの様子が気になり、しばらくそのまま見守ることにした。


 ひとまず《隠密》を維持したまま、《探知》と《飛行》を解除して、地面に降りる。


「うっ……」


 上空にいたためあまり気付かなかったが、スラム街は匂いがひどく、ジルファは声が出てしまった。

 幸い気付かれることはなかったが、少し困ったことになった。

 匂いは慣れれば気にならなくなるだろうが、このまま通りに出たりすればジルファの体に着いた匂いで嫌な顔をされる。

 さすがにそんな目に遭うのはジルファは嫌だった。


「仕方ないか。《消臭》」


 ジルファは永続的に《消臭》をかけることで、自分に匂いが付かなくなるようにした。


 そして、袋を持った少年の後を追い始めた。


 周りは脆そうな小屋ばかりなので、それらに触れないように慎重に動くジルファ。《隠密》のおかげで誰にも不審な顔をされることはなく、順調に少年の後を追えていた。


 しばらくすると、だんだんと小屋が少なくなってきて、少年の進む先に薄汚れた細い屋根が見え始めた。


(あれは、教会かな?こんなところにあったんだ)


 少年はそのまま周囲の目を確認しながら教会へと向かうと、その協会の庭へと入って行く。

 ジルファもその後に続くと、ある場所に少年以外にも同じくらいの子どもたちが何人か集まっているのが見えた。


 そして、全員で力を合わせてそこにあった岩を退かすと、その下に小さな穴が見えた。そこには色々なものが入っていて、金目のものが多かった。


 子どもたちは袋の中身を確認しようとしているのか、袋に対していろいろとやっているが、そこにはジルファが念入りに魔術を掛けているのだ。刃物を使っても、袋を切ることはできないだろう。


 子どもたちは袋を開けるのは諦めたようだが、袋を振るとお金の音がするのは分かる。少年はその袋を庭の穴に入れ、また全員で岩を移動させて穴を塞いだ。


 そうしてから、子どもたちはぞろぞろと教会の中に入って行った。


 その一部始終を見ていたジルファは、少し考え込む。


(このまますぐに取り返してもいいけど……少し気になるからなぁ。もう少し様子を見るか。それに、何か不思議な力を感じるし)


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