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付与術士の再世界  作者: 二一京日
一章 王立学院入学
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なんちゃってカタストロフ

 三組は教師に連れられ、グラウンドへと連れていかれた。

 グラウンドからは教室内にいる生徒たちが良く見えるので、そちら側からもグラウンドは良く見えるだろう。


 グラウンドの中央で立ち止まると、教師はにたりと笑ってジルファを手招きする。


 ジルファは嫌な感じはしつつも、素直に従っておく。


「ジルファ・クウェール、だったな。貴様のジョブは《付与術士》。つまり、この中で一番下ということだ。そこで、貴様には誰と戦うのか一番最初に決めさせてやる。だが、《使徒》であるアミスと《神官》であるユリナは今回の模擬戦には参加しないから、そのつもりでいろ」


 《使徒》は力の差がありすぎること、《神官》は純粋な戦闘ジョブではないことが参加しない理由だろう。

 それを言えば、ジルファの《付与術士》も純粋な戦闘ジョブとは言い難いが、それを言ったところで、別にジルファを言い包めることを言うに決まっている。


 ただ、ジルファはこれを好機だと思った。


(入学までに取り戻した感覚、どこまで行けるのかやってみるか。それに、この時代の上級クラスの実力も見ておきたいし)


 ジルファは一度後方の三組たちへ振り返ると、すぐに教師へと向き直る。そして、笑顔で言った。


「それでは、全員とやらせてください」


「は?」


「だから、僕一人対その他全員でやらせてください」


「おい、ふざけんなよ!」


「そうよ。三組に入れたからって調子に乗らないで頂戴!」


 三組の面々から文句が出るが、ジルファはそれらを無視した。

 ただ、アミス辺りが何か言ってくると予想していたジルファは、肩透かしを食らった気分だった。


(気配で相変わらずきつい視線を送ってるんだけどなぁ)


 そう思いながら、目の前の教師の顔を見ると、怒りで顔が真っ赤になっていた。

 それを見て、ジルファはやりすぎたか、と思ってしまった。しかし、このタイミングが実力を測るのにちょうどいいのは事実であるため、撤回するつもりはない。


 教師はわなわなと肩を震わせ、怒りの形相でジルファを睨みつける。前と後ろから睨まれている身であるジルファは、その状況を少しおかしく思った。


「貴様、調子に乗りすぎているようだな。まさか、自分が特別だと思っているのか?」


「事実として、僕はこうして三組に入ることができています。特別、というのはあながち間違いではないのでは?」


 ジルファは当然のように返した。実際、千年も生きている人間が特別でない訳はないのだが、それは言わない。


「それは!貴様は陛下の恩情で入れてもらっているだけだ!勘違いするな!」


「陛下の恩情で入れてもらったのなら、なおさら特別ということでしょう?違いますか?」


「貴様!調子に乗るのも大概にしろ!」


「まぁ、良いではないですか、先生。せっかく本人がぼこぼこにされたいと申し出ているのですから、やらせてあげましょうよ」


 一人、進み出てきて教師に進言したのは男子生徒だ。いかにも自尊心の塊のような雰囲気を醸し出していて、ジルファへ向ける視線に嘲りがあるのが分かる。


「……そうだな。どうせ結果は見えているんだ。これ以上の問答は不要か」


「はい。で、だ。貴様、俺たち全員とやると言ったな?一対一でやったらどうだ?せめてもの恩情で今なら変更を受け付けてやる」


 男子生徒がそう言うと、その後ろの他の生徒たちも馬鹿にするようにくすくすと笑っている。笑っていないのは、アミスとユリナだけだ。


(ここまで来ると、逆にやりやすいな。こいつらが相手なら、ぼこぼこにしても良心は痛まない)


 ジルファは男子生徒に向き直る。


「そう?優しいね。ありがとう」


 そして、笑顔を作り、言い切った。


「じゃあ、一度に全員とやらせてもらおうかな」


「……貴様、余程叩きのめされたいらしいな」


「その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ」


「お前、後悔するなよ」


「その言葉も、そっくりそのまま返すよ」


「くそっ!」


 男子生徒は苛立たし気に教師の方へと向く。


「では、先生。模擬戦はこの下民対我々全員ということでお願いします」


「もちろんだ。とことんやってやれ」


 三組の面々はやる気に満ち溢れている表情をしていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 グラウンドに結界が張られ、教師とアミス、ユリナはその外から出た。

 貴族の決闘などではよく使われる代物のようで、教師が自慢していた。

 ジルファは受けた説明を思い出す。


(身体ダメージはかなり軽減され、怪我もしにくくなる。その分精神を削るから、一定以上のダメージを入れられれば気絶する、か。そして気絶したらアウト。千年前はなかった結界だな。こういう小道具みたいなものは進歩していたか。このおかげで以前よりも気軽に模擬戦が行われることになる、か。画期的だな)


 千年前は決闘となれば命がけだったことを思い出すと、だいぶ変わったことをジルファは実感する。


 ジルファは対戦相手たちが準備しているのを遠目に眺める。

 それぞれ杖を出したり、摸擬剣を出したり、ローブを着たり、鎧を着けたり。手抜きが一切見られない準備に、ジルファは嬉しく思った。これなら、準備が不十分だからと言い訳されることもないだろう。


 その一方で、ジルファの方に特に準備はない。防具も付けなければ武器も持たない。

 ジルファは近接戦闘に関しては、基本的に素手だ。魔術で強化すればきちんとダメージを与えられる拳になるので問題はない。

 さらに、防具は速さを優先するために着けない。それでも、魔術で強化すれば防御力は十分にある。少なくとも、相手の付けている鎧に劣らぬ防御能力は簡単に出せる。


 もっとも、ジルファは最初から相手の攻撃を受けるつもりなど全くないが。


 相手の準備が全て整ったようで、教師が確認を取る。


「それではこれより模擬戦を開始する。ジルファ・クウェール対バークス・セントゥ率いる八名」


(あぁ、さっき色々言ってきた彼、バークスって言うんだ。一応覚えておこう)


「決着は、相手が降参するか気絶するまで。使用する魔術に制限は付けない」


(制限つけないって、それでいいのか)


「それでは……はじめ!」


 その言葉の瞬間、ジルファに向かって《ファイアーボール》が襲ってきた。


 しかし、詠唱もしていない速攻だったが、ジルファは慌てず対処する。


「《風の刃》」


 《ファイアーボール》は途中で切り裂かれ、ジルファへと到達する前に爆発する。


(これは詠唱破棄かな。ただ、あらゆる魔術でそれができるのは神だけだから、制限は付くかな。数で押すことは可能だけど威力はそこまでじゃない)


 そう考えているうちに、相手側の他の術士たちが詠唱を終了し、次々と《ファイアーボール》が飛んでくる。


 彼らは本来ならもっと強い魔術を使える。しかし、今は初級の魔術しか使っていない。《ファイアーボール》をいくらくらっても、そう簡単に気絶することはないだろう。


(つまり、苦しめて苦しめて降参させるとか、そう言うえげつないことを考えているわけか。なるほどね。そっちがその気なら)


 ジルファは襲い来る《ファイアーボール》を全て視界に納める。


「《乱せ》」


 その瞬間、全ての《ファイアーボール》は揺らぎ、消滅してしまった。


 今のは《ファイアーボール》内の魔力を不規則に乱すことで、魔術が形を成すことができなくなったのだ。一定以上の魔力操作技術があれば問題はないのだが、彼らには無理だったようだ。


 突然の事態に術士たちは困惑し、対応が遅れている。本当ならここで術士たちに攻撃したいところではあるが、ジルファはそれをしない。


(先にこっちを優先)


 《ファイアーボール》の陰に隠れて迫って来ていた生徒が四人、ジルファへと襲い掛かる。

 一人は大きな剣、二人が剣と盾。この三人が男子で、最後の槍を持っている生徒は女子だ。


 四人は突然目の前の《ファイアーボール》が消えたことに驚いたようだが、術士ほどの困惑はなかった。自分が使っていた魔術でなかったことが理由だろう。


 そんな彼らが襲い掛かってくる様子をジルファはゆったりと待ち、そしてギリギリの瞬間でそれぞれの攻撃を躱していき、四人を通り過ぎる。


 すぐに立ち止まり、ジルファは振り返ると、四人はすぐにジルファへと襲い掛かってくる。


「そうこなくっちゃね。《強化》」


 《強化》はジルファが作った付与魔術と無属性魔法の合わせ技だ。付与魔術では身体能力を上げることはできても、防御力は服を強化するくらいしかない。


 そこで、無属性魔法で体の表面を圧縮した魔力で覆い、さらにそれを付与魔術で強化するのだ。

 無属性魔法は魔力そのものを操る魔法で、これを使って魔力を圧縮させると、魔力は実態を持つようになる。そのため、防御として機能するのだ。


 向かってくる四人も自身に付与魔術で強化をかけているようだが、上昇しているのは身体能力のみ。武器や防具には一切強化が入っていない。さらに、ジルファの目から見て、《付与術士》でないことを差し引いても、付与魔術の出来があまり良くない。魔力を無駄に使っていて、強化しきれていない。


(それじゃダメなんだよね)


 ジルファはまず突き出された槍を躱すと、その柄に手刀を叩きつける。すると、槍の柄はあっさりと砕け散る。


 自分の槍が砕けた様子を目の当たりにして呆ける女子は無視して、ジルファは両脇からくる剣を捌く。


 今度は躱されたとしても、相手はすぐに連続で攻撃してくる。


(この二人は《聖騎士》、かな。槍を持っていた娘は分かんないな。スキルを使ってこなかったし、武器からもわからない。で、最後の一人は《暗黒騎士》、と)


 ジルファは二人の剣の攻撃を捌きながら、後ろから振り下ろされた大剣を半身になって避ける。


 ジルファが一度包囲網から抜けると、今度は術士の方から先ほどよりも強力な攻撃が飛んできた。

 近接戦闘が行われている最中に、十分に詠唱できたようだ。


 今度は統一された魔術ではなかったが、強大な威力を持った魔術がジルファへと迫る。


 だが。


「この程度、あの魔剣どもに比べたらどうということはない。吹き飛ばせ、《テンペスト》」


 ジルファの巻き起こした巨大な竜巻が、向かってきていた魔術の全てを吹き飛ばし、かき消す。


 竜巻が出現したのは一瞬。すぐに消えてなくなったが、たったそれだけで全ての魔術が防がれた。


 それらは術士たちにとって自信のあるものだったようで、先ほどよりもショックは大きそうだ。


(波状攻撃とか考えておいた方が良いでしょ。本来なら一つでも一人を倒すためにはオーバーキルな威力なのに、全部無駄になった。僕を認めてるわけでもないのに、ただ実力差を知らしめたいがためにやったことが、こうして攻撃を途切れさせる。もう少し考えた方が良い)


 ジルファは術士たちの攻撃は取るに足らないと判断し、踵を返す。


 そこにはゆっくりと広がり、距離を取って警戒している四人。一人は柄の大半が砕けたためか、刃が付いていた柄を短剣のように構えていた。

 他の三人も諦めてはいない様子だった。


 ただ、四人はジルファを侮っている様子はない。先ほどまでの攻防でジルファが実力者だと理解したようだ。


 しかし、どの程度なのかはまだ測り切れていないようだ。


(その距離はすぐに潰せるんだよね)


 ジルファはゆったりと一歩を踏み出すと、一言。


「《アクセラレーター》」


 次の瞬間、ジルファがその場から消えると、四人は為す術もなくそれぞれ後方に吹き飛んでいき、意識を失った。

 最後、四人は一体どうなったのか全く理解できなかっただろう。


 《アクセラレーター》は、スピードに特化した付与魔術だ。ジルファの急激な加速を目で追いきることはできなかったのだ。


 四人の掃除を終えると、ジルファは術士たちに向き直る。


(さて、どうしよう。ただで終わらせるには、少し絶望が足りないな)


 ジルファはどうしたものかと悩む。


 一方、攻撃してこないジルファに対して、術士たちはここぞとばかりに魔術を連発して攻撃するが、その悉くが、ジルファの《乱せ》の一言で消え去る。


 そうして考えていると、ジルファはあることを思いついた。


(いつもなら戦いの中でこんな無駄な遊びはしないんだけど……今回はいいか。絶望を与えるっている目的にも合ってるし)


 ジルファは術士たちに聞こえないように、ぼそぼそと呟く。


「《なんちゃってカタストロフ》」


 まずは《テンペスト》と同じように竜巻を一つ作る。

 そして、次に付与魔術で竜巻に色を付ける。カタストロフの名にふさわしい黒色を。

 これで黒色の竜巻、《なんちゃってカタストロフ》の完成。


 普通ではありえない竜巻に、術士たちは恐怖し、感染している教師やユリナは驚いている様子だ。相変わらずアミスは睨みつけているが、内心では驚いていることだろう。


 こういう本来ならあり得ない現象に、人は特別な理由を付けたくなるものだ。破滅呼ぶ嵐だとか、あれに飲まれたら体が塵になるとか。


 その実態はただの黒いだけの竜巻だということに気付かずに、だ。


 とは言え、今の彼らにとっては特殊な効果が付いていようといまいと、竜巻一つで終わる。


「それじゃ、これで終了」


 そして、その場に固まっていた術士たちは竜巻に飲み込まれ、ある者は上空に舞い上がり、ある者は横に弾かれるなどして、各々が気絶していった。


 ジルファは、最後にバークスが吹き飛び、地面に叩きつけるところを確認すると、教師の方を笑顔で向く。


 九人が倒れ、ジルファ一人が立っているという、覆しようのない結果を見せつけ、言ってみせる。


「僕の勝ち、ですね」


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